気乗りしない合コン
合コン当日、あたしは約束の時間のだいぶ前から、集合場所に到着していた。
集合は6時45分。
まず女子だけで渋谷の地下のドラッグストアーに集まり、それから7時に道玄坂にある沖縄料理店で男子と合流。
私はコスメ売り場で、サンプルを借りて『唇の色が一番キレイに見える』というリップグロスを塗り、『愛らしい天使のような』ベビーピンクのチークをポンポンと頬に叩いた。
そして『見つめられて胸キュン』のマスカラを、付けるか付けないか迷った時、スマホのバイブがブゥゥッと小さく不満そうな唸りを上げた。
ゆりえちゃんからのメールだ。
『アヒルー!もう着いてる?
悪いんだけど、靴下屋で
カバーソックス買っといてもらえる??
今日、座敷なんだって〜!
ペディキュアはげちゃっててさ〜!!
あとで払うから ごめん☆』
ゆりえちゃんは、あたしが専門学校にいた頃の同級生。
ていうか、元々レナちゃんとゆりえちゃんとあたしが、たまたま中野にある調理師の専門学校で同じクラスになって、たまたま近くの席に座っていて、なんとなく仲良くなった。
そのうちレナちゃんに、自分のバイトしてるコーヒーショップで人手が足りないから『あんたも一緒にバイトしない?』と誘われ、言われるままに面接を受けに行った。
でもってレナちゃんの紹介だから、即OKになったってわけ。
しかしながら、あたしはその頃、なぜかどーしても朝起きれなくって、学校には遅刻ばっかりしてしまい、授業には付いていけないし、実習にも全然集中できない。おまけに先生には嫌われるし、どんどん通うのがおっくうになって、授業もついつい休みがちに……。
んで結局、入学して1年経つ前に、あたしはあっさり学校を辞めてしまったのだ。
けど、昼にはちゃんと起きれたので、コーヒーショップのバイトだけは紹介してくれたレナちゃんの手前もあるし〜、別に辞める理由もなかったし〜。ってことで、まだズルズルと続けている。という実に情けない状況。
ゆりえちゃんとは、合コンの時以外に、個人的に連絡を取り合って遊ぶようなことは無い。
今日の合コンに参加する、あとの二人のことは何も知らないし、会ったことも無い。
エスカレーターで二階に移動し、3足1000円のカバーソックスを3つ選ぶ。
オールレースのもの、足首にリボンのついたもの、シンプルなニットのもの。
ゆりえちゃんがどんな格好で来たとしても、どれか似合うデザインはあると思う。
……つーか、何でそんでもってあたしが2足分、余計な買い物しなきゃなんないのよ!?
と、思いつつ、黙ってレジで会計を済ませ、店員さんにタグを全部はずしてもらう。
後ろの会計待ちの女子高生が、あたしの事をウザそうに舌打ちし、店員さんもいかにも面倒臭いといったふうに作業する。
おそらくゆりえちゃんは、
『あー悪ぃ悪ぃ〜!!
今、万札しか持ってなくてぇ。
飲み会の会計の時に精算するから〜!』
とか言って、そのまま酔っぱらって靴下のことなんか忘れて帰ってしまうに違いない。
あたしは飲み会の時は、必ず千円札たくさん持っていくけどね。
小さな手提げ袋に入れてもらった靴下を受け取って、あたしはそそくさと店を出た。
暗いため息ついて再びエスカレーターを下っていくと、レナちゃんと、私の知らない女の子が二人、すでに待ち合わせ場所に到着していた。
レナちゃんは短いデニムのシャツワンピに、黒の網タイツ&シルバーのウェッジソールのサンダル。綺麗に巻いた茶色の髪が、胸元で弾んでいる。
そして一人の子は、長い明るい色のフレアースカートに、皮の編み上げサンダル。そして胸の大きく開いたグレーのカットソー。金に近い茶髪は、ざっくりとアップにまとめて、背が高くてセクシーな感じ。
もう一人は、シフォンのベビーピンクのブラウスに、オリーブグリーンのフレアーショートパンツ。細いウェストには、同じオリーブグリーンのリボンベルトが付いている。髪は手入れの良く行きとどいたショートボブで、切りそろえられた前髪の下の大きな目が、小柄な体系と合わさって、とても幼く見える。
二人ともあたしに一瞥くれて、ホッと安堵の笑みを浮かべると、
「初めまして〜。今日はよろしくお願いしますぅ〜」
と、トーンの違う甘ったれた声を揃えて言った。
んで、あたしはどんな格好だったかっていうと。
裾にフリルの付いた、お尻が隠れるくらいの長さの白いコットンブラウス。 デニムのレギンスパンツ。 足元はインディゴブルーに、白の小花模様の入った、ぺたんこのエスパドリーユ。 そして麻のトートバッグ。
初夏の爽やかなイメージでまとめてみました!
……でもぉ。
コーディネートとしては完璧なんだけどぉ。
あたしが着るとねぇ……
って言いたいんでしょ、そこの3人!!
ふぅ……。でも、いいのいいの。
あたしだって、これでもプチ勝負してんだから。
この一見清楚な白のブラウス。
胸元が大きく開いているから、本当はこの中にキャミかなんかを着るのがお約束なんだけど、あたしは敢えてブラウスだけで着てきたのだ。
もちろん、あたしの唯一の自慢『形の良いオッパイ』をチラ見えさせるために! !
あ。ちなみに髪型は、飲み会の時は、もっちゃりとしたほっぺが目立たないように、 いつも顔の輪郭を覆うように、フロントに向かってブローしてまーす。
「さったん、ミーナ、この子がさっき話したアヒルね」
レナちゃんが意味深な笑みを浮かべて、あたしを二人に紹介する。
「あーアヒルちゃんだぁ。想像してたとおりぃ〜」
「ほんとだほんとだぁ〜。かわいぃ〜アヒルっぽいぃ〜」
そう言いながら『さったん』と『ミーナ』という子は、 同時にグーにした手を口元に持っていってクスクス笑った。
……いきなりアヒルっぽいとは、どういうコトよ??
と思いつつ、取りあえずその子達に合わせて、あたしもクスクス笑ってみた。
ちょうどその時、東急につながる通路から、ゆりえちゃんが小走りにやってきたので 、その子達からの自己紹介は無いまま、あたし達はドラックストアーを後にした。
あ、念のため、ゆりえちゃんの格好は…… 何と言って良いのか、表現の難しい柄と形のブラウスにカラーレギンスを穿いて、ヒールのとがった黒のスパンコール付きのパンプス。 大人っぽさをアピールしようとしてる感じだけど、一歩間違えるとオバサンぽくね?
「ねぇアヒル、靴下買っといてくれた?」
「あ、うん。3つ買っといたんだけどどれがいい?」
エスカレーターを昇りながら、あたしが袋から取り出したカバーソックス3つを素早くチェックすると、ゆりえちゃんはオールレースのタイプを手に取った。
「これにする」
言うが早いか、昇るエスカレーターで片足ずつパンプスを脱ぎ、ユラユラと危なっかしく体を揺らしてカバーソックスを穿くと、 地上に着く頃には何事もなかったように歩き始めた。
早ワザ……
そして私たちは金曜日の渋谷の街を、人をかき分けながら道玄坂を登って行った。
レナちゃんと、さったんとミーナという子が三人前を歩いていると、 次から次へ、居酒屋の客引きのお兄さんが声をかけ、 ティッシュ配りのお兄さんが、踊るような足取りでティッシュを差し出す。
それを全く無視しながら、三人は足早に坂を登り、あたしとゆりえちゃんは無言でその後を付いていく。
ヒールがゆらゆらして、ゆりえちゃんは歩きにくそう。 始まる前から不機嫌な顔をしている。
「あ、いたいた!松野くぅ〜ん!!」
突然、レナちゃんが大きな声をあげて、片手を高くあげた。
木の看板に『ゆがふ』と書かれた店の前に、男の子数人いて、 そのうちの一人がこっちに向かって手を振り返した。
レナちゃんがウェッジソールのサンダルで、ガコガコと走り寄る。
微妙な距離と逆光で、まだお互いがどんな感じなのかは確認できない。
緊張が一気に高まる。
これぞ合コンの醍醐味!?
さあ、いよいよ、ご対メ〜ン!!