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十分で読める【ファンタジー】  作者: 哀川秋生
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悪魔の所業

 おれには、もう、これしかない。

 地中深くの地下室で、男は――


 悪魔は、闇から滲み出るように現れた。

 山羊にも似た頭には、皮膚が無かった。白い骨と歯は、暗闇の中では目立つ。しかし、それ以上に異彩を放っていたのは、爛々と輝く赤い目であった。そしてその目を、目の前にいる男に向けた。

「貴様か。吾輩を召還したのは」

「ひっ……」

 男の膝は震えていた。無理もない、と悪魔は嗤う。

「吾輩は、悪魔」

 ゆっくりと、悪魔は男に近づいてゆく。

 こつ、こつ……蹄と床が擦れ合う音が響く。

 男は、恐怖のあまり動くことすらできない。

「悪魔とは、加虐的で、不条理で、理不尽な存在だ」

 そう語り、悪魔は男の周りをゆっくり歩き始めた。

「しかし、強大な力を持った存在でもある。悪魔と契約すれば、悪魔の力で願いを叶えることができる」

 男が息を飲む。目を見開き、悪魔を見た。悪魔の、赤い目を。

 再び、悪魔が嗤う。

「悪魔と契約するために、代償を必要とするのも知っているな。そう、契約の内容次第では」

 足を止め、悪魔は男の目の前に立った。長身をかがめ、囁く。

「命さえも代償になりえる」

 もし、悪魔に皮膚があれば、唇があれば、それは醜く口角を上げていたに違いない。

 悪魔は、この状況を楽しんでいた。

「……知っているとも」

 男が口を開く。その声は小さく、細かった。

「では、お前の望みを聞こうか。使いきれぬほどの金か、絶世の美女か、国を傾ける程の権力か」

「……どれも、違う」

 男は唇を舐め、深呼吸をした。目を瞑り、開く。そして、悪魔を見据え、言った。

「俺の、髪の毛をくれっ!」

「………………はぁ?」

 悪魔は間抜けな声を出した。髪の毛?

 改めて、悪魔は男を見た。歳は三十代後半くらいだろう。中肉中背の平凡な容姿だ。しかし、男には頭髪が無かった。ハゲていたのだ。

「聞こえなかったのか! 俺の望みは髪だ。髪の毛だ! 俺にふさふさの髪の毛をくれ!」

「え? は?」

 悪魔は首を振り、待て、とでも言うように両手を前に突き出した。

「吾輩は悪魔だぞ。加虐的で、不条理で、理不尽な存在だぞ。その程度のことを悪魔に願うのか?」

 想定より程度の低い仕事を振られ、悪魔はびっくりしていた。

「その程度だと?!」

 しかし、悪魔にとっては「程度の低い」ことでも、男にとっては「低い」問題ではなかった。

「生まれた時からハゲだった俺の気持ちが、悪魔に分かるか! 保育園の時代からあだ名は『木魚』! 『俺、この前の法事でお前見かけたよ』って何十回も言われ、就活の時には面接官に『スキンヘッドはちょっと……』と言われた気持ちが、お前に分かるのか!」

 男は慟哭した。

 ちょっとかわいそうだな、と思いつつ、悪魔は質問した。

「貴様、もし吾輩が契約の代償に命や魂を要求したらどうするつもりなのだ。クーリングオフは効かないのだぞ」

 律儀で真面目で現世慣れした悪魔である。振られた仕事を一応こなすつもりのようだ。

「構わない! 俺は! 死ぬ前に一目! ふさふさの髪の毛が俺の頭皮から生えている光景を見ることができたらそれでいい!」

 涙を流しながら男は答えた。本気で髪の毛と引き換えに命や魂を捧げる気満々であった。

 悪魔は渋った。悪魔にもプライドがある。久々に呼び出されて頼まれた仕事が「毛髪が欲しい」。先ほどは命云々と言ったが、毛根を刺激する程度では勿論命を取ることはできない。取れるとしたら精々……

 悪魔は、暗い眼孔の奥にある目を輝かせた。

「………………いいだろう。髪の毛を与えればいいのだな」 

「! できるのか!?」

 男が喜色を顔に浮かべる。

 悪魔の顔に皮膚があったなら、男と同じく、喜色を浮かべていたに違いない。

 骨しかない両手を広げ、悪魔は高らかに語る。

「吾輩にできないことなど無い」

 悪魔は、その両手を男の頭に乗せた。そして、

 ぼふっ。

 呆気ないほど簡単に、男の頭皮から髪の毛が生えた。  

「……! 髪だ! 髪だ! 俺の髪の毛だ!」

 男は、手鏡で髪を確認した。何度も、生えてきた髪を触る。

「やったぁ!」

 はしゃぐ男。しかし、彼を冷徹に見つめる者があった。

「契約を果たしたぞ」

 悪魔である。

「代償を、いただこうか」

 悪魔は、嗤った。それに反して、男は晴れやかな顔で頷いた。

「ああ。契約だもんな。で、何を取るんだ? 命か? 魂か? それとも両方か?」

「違う」

 悪魔は、男の頭に再び両手を置いた。

「吾輩が欲しいのは」

 ぶちっ。

「いっ、でえぇぇぇぇぇ!」

 数千の針で刺されても、これほどの痛みは無いだろう。

 男は地面にのたうち回る。悶絶し、傷んだ場所を確認しようとして、気付いた。

 ――髪の毛、が、無い。

 見上げると、両手に、男の毛髪「だった」ものを持つ悪魔の姿があった。

 悪魔は高らかに嗤い上げる。

「ふはははは! 貴様の髪の毛を、いただこう!」

「お、俺の髪の毛……! 何で?!」

 男は呆然と悪魔を、いや、悪魔の両手にある髪の毛を見た。

「言っただろう。悪魔とは、加虐的で、不条理で、理不尽な存在だと!」

「ふ、ふざけるな!」

「ふははは! さらばだ!」

 悪魔は、闇に吸い込まれるように消えていった。

 残されたものは、大量の髪の毛と、頭皮をハゲ散らかした男のみである。

 男は、腹から声を上げて叫んだ。

「こ、この、悪魔ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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