宣誓。人の子よ。
「陛下が病気だと?」
明くる日、軍の再編中でありながらも、クレイグの指示でウェールの将軍達が招集された。その中にはグルシスの姿もあった。
「昨晩、突然お倒れになったようです。大事を取って首都にお帰りになるそうで。直轄軍はこのまま前線に残すようです」
ログナにおける軍議と同じように、皇帝の別邸に将軍達が詰めかけていて、グルシスはまた以前と同じ場所に座っていた。
「ふむ……そうか。それとヨルフ。そろそろ俺の指揮下に戻れ。前の戦で大勢死んだからな、戦没者の事務処理が貯まっているぞ」
グルシスは淡々と告げた。
暫くしてクレイグが到着した。彼は席にも着かず、挨拶もせぬまま将軍達に語り掛けた。
まず、敵の首都が魔族達の手に堕ちた事。彼らはフォルティスを滅ぼし、魔族だけの新秩序の樹立を宣言している事実を伝えた。国家の存在そのものを揺るがす大事件だが、将軍達は特に驚きもしなかった。
「では、今が攻め時ですな」
血気盛んなグルシスが息巻く。すると、クレイグはすかさずたしなめた。
「今回の戦。全て私に任せて欲しい。一兵余すところなく全てだ」
「何か妙案でもあるのですかね?」
グルシスは皮肉めいた表情を隠さず告げる。
「この絶好の機に及んで、我々から指揮権を奪おうとは、それはいささか欲張りというものではないですかな?」
年老いた将軍の一人が、グルシスを擁護した。
「相手は魔族だ。それに彼らは人間に対して憎悪を抱いている。生半可な戦いでは敗北するだろう」
「何にせよ、私には貴方に従う理由がどこにもありません。ヨルフ、兵達に出撃の支度をさせろ。すぐにだ」
ヨルフは戸惑い、クレイグの方を省みたが、目が合わなかったのでそのまま部屋を後にした。
「仕方ない」
そうクレイグは呟いた。何かを決心したようで、表情はどこか垢抜けていた。
「テナ、出てこい」
呼びかけと共に、クレイグの傍に少女が現れた。無から現れた有。将軍達は驚き、席を立って怒号を放つ者もいた。
「な、何故魔族がここに!」
中年の将軍が、嫌悪感を露わにして言った。だがクレイグは一顧だにしない。
「私に魔法を放て。手加減する必要はない」
テナは頷き、手をかざすと、何かを念じるように目をつぶった。
その刹那、彼女の手から光が放たれた。あまりの輝きに直視できない。暫くして光が収まると、クレイグ以外の物は全て真っ黒に焦げていた。“クレイグ以外は”である。
将軍達は呆然としたまま、クレイグは構わず語り続ける。
「私は人間ではない。同時に、魔族でもない……私は『ニエフ』。かの魔法戦役において魔族を滅ぼしたと伝えられる、フォルティスの宗教で言うところの救い主とやらだ」
「何を馬鹿なことを!」
グルシスはすかさず反駁する。
「そんな戯言、誰が信じるか! ならばお前は千年も生きてきたというのか?」
指揮系統を度外視した、無遠慮な言葉。誰もクレイグの言葉に聞く耳を持っていなかった。彼らの瞳や表情に、人類の生得的な敵はここにありと、むき出しになった敵意が表れていた。
「そうだ。私はあの地獄を目の当たりにした。人間と魔族が争えばどうなるかを実際に見たのだ。魔法が大量行使され、魔素を失った土地はニメリア平野のような不浄の地を作り出す。だから私はコンセンティアに魔族を集め、魔法の使用を禁じる代わりに安全を約束してきた。全ては憎しみの連鎖を断つため。如何な美辞麗句で取り繕うとも、争いの最大の根源とは憎悪に他ならない」
グルシスはなおも反駁しかけたが、聡明そうな将軍が遮った。
「今のクレイグ殿の有様は……当時を記した文献の記述と一致しています……ニエフは光り輝く鎧で魔法をことごとく防いだとか」
「しかしニエフなど! そんなものを信じる事は……」
喧々囂々に物言う将軍達。混乱と猜疑と疑念が、彼らを包み込んでいた。
「人間でない私がこんなことをいうのは、滑稽かもしれない」
クレイグの顔は暗く沈んでいた。今の彼は、誰も見たことがない、誰にも見せたことのない、深い諦観と悲観に打ちひしがれた表情をしている。
これが、彼の本質だった。彼がひた隠しにしてきた内面。悠久の時の中で培われたものは英知でもなく、力でもなく、空っぽの虚無だった。苦しいまでに肥大してしまった哀愁の念だった。
痛烈な内面に、人々は括目する他なかった。
「私は多くの時代を見てきた。どの時代にも戦争が起き、その為に大勢が死んだ。彼らは何の為に死んだのか? 全てを見てきた私には分かる。彼らはより良い未来の為に死んだのだ。今は苦しいかもしれないが未来こそは幸せにならんと――そして今、我々は彼らの屍の上に立っている。過去を知り、現在に紡ぐことができなければ未来は創れない。過去から未来への無私の精神だ。だから、選択してほしい。人間たちよ! 相手は魔族で、戦いは避けられない。大勢の犠牲が出るだろう。それでも、憎しみは捨てなければならない。互いの不幸を分かち合い。未来に繋げなくてはならないのだ」




