表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イヴェディア  作者: Rais
第四章 罪禍 ~血潮に染まる~
44/58

暖かなる

朽ちた王の都オリヘンム。フォルティス南西部沿岸沿いに、その都市は存在する。


 彼の都市の起こりは、ウェールも、フォルティスでさえも存在しない、古の大王国エモワールの時代にまでさかのぼる。


 数十万人が居住できるとされる広大な街並み。居住性と景観を両立させた造りは、悠久の時を経て変わらず、当時の栄華がどれだけ極まっていたのかが伺える。


 海沿いの街ではあるが、海抜が高いので海運業は皆無である。代わりに守りは強く、陸側を警戒するだけでよいので、石造りの巨大な防壁が、幾年もの歳月、街を守ってきた。古くから何度も戦場となったが、この防壁が破られたことは一度もない。


 オリヘンムは他国に類を見ない、フォルティスの偉大な都市として、また象徴として、かつては知られていたのである。そう、かつては。


「なんて……不気味」


 防壁を抜け、居住区に差し掛かると、レイミアが顔をしかめて言った。


 前述したように、雄大な街並みは、市民の家一つとったとしても、壁には傷もなく、屋根が欠けていることなどもない。圧巻させるほど統一された建物群は、美しいと形容すべきだろう。


 だが、不気味だった。レイミアだけではない、フェリオットも他の兵士達も、同じ所感を得ている。


 不均衡で不気味。そう、不釣り合いなのだ。人気が全く皆無なこの都市に、風景の美しさなど。街に軍が進駐すれば、人々は物珍しさや労いから、大勢の顔を立ち並ばせるものである。


 敵国の軍ならばいざ知らず、自国の軍となれば、人影さえ見られないということはまずないだろう。それでも、人の姿は無い。当然である。この街にはそもそも人がいないのだ。


 何故そうなったのか。原因は単純明快で、且つ醜悪である。疫病と犯罪だ。


 十年程前の事。最初の病人が現れた。未知の病で、治療の見込みは薄い。首都はルメニア会の本拠地だったが、彼らにも治す事は出来ず、病人は隔離するしかなかった。


 隔離は人々の目に理不尽として映り、隔離施設は人々の不平等の象徴となった。秩序は力を失い、反動主義者達がついに牙を向く。施設が襲撃され、病人たちが解放されたのだ。そしてそれがどんな結果を産んだか。想像に易い。以来この都市に住まう者は病人か、犯罪者である。


 フェリオット達は居住区を抜け、軍の施設が立ち並ぶ軍管区に入った。居住区ほど広大ではないが、こちらの方が活気はある。


 傷病者達はこの区画の病院に入れられ、後続の荷馬車から行李が次々降ろされていく。荷解きを免除された他の兵士達は、指令があるまで自由が与えられた。激戦を耐え抜いた部隊である。その報酬は手厚いだろう。


 フェリオットにはまだ仕事が残されていた。王を城へ送らねばならない。


 ふと、目を向ける。兵達が荷運びに追われている中、レイミアの姿が見えた。どこかに向かっているようで、包帯が巻かれた左手に何やら白い紙きれを携えている。


 好奇心で後を追い、こっそりと見守る。すると彼女は軍が管理する郵便局に入った。


 遠い故郷の家族に手紙を送るのは、兵士達にとって重要なことであり、軍にとっては士気を維持する上で重要なことである。居住区の荒れ果てた有様に反して、行政機構は極めて円滑に動いていた。これも、歪と言える。


 局の中に入ると、手紙を出し終えたレイミアが驚いた様子で出迎えた。


「あっ……手紙、出すんですか?」


 息が詰まりそうになった。言葉が喉を這って離れようとしない。ややあって、フェリオットは質問に答えないことにした。


「家族は何人居るんだ?」


 局員たちの忙しない言葉のやり取りや、作業の雑音が聞こえる。レイミアは解を得られなかった事は気にしてないようだった。立ち入るべきではない個人の領域を、彼女は弁えていた。


「母が一人。父は昔……レッキルド戦争でしたか? 東部の大きな戦いで片腕を失くしましたが元気にやってます。弟は四人居まして、みな私よりずっと小さいです」


「会いに行けばいいじゃないか。近くなんだろ?」


 レイミアは黙った。ばつが悪そうな顔をして、無意味に髪を触っている。だが程なくして、彼女はぽつぽつと言葉を紡ぎだした。


「……私はあなたに、兵役に就いたのは家族の為、金の為だと、告げたかもしれません。ですが、あれは全くの嘘です」


 レイミアが言葉を切ると、フェリオットは五感で得られた全ての雑多なものが姿を消したように思われた。自分の視界には局員たち姿も、山積みにされた手紙の数々も映らず、耳には話し声も、紙の擦れ合う音も聞こえなくなった。


「本当の理由は――どうか笑わないでください――私はこの国、フォルティスを愛しているのです。愛国心だなんてものが虚偽に満ちた妄想であることは、重々承知しています。でも私は、真に祖国の為に尽くしたいと思っているし、そのために命を投げ捨てることになってもいいと、考えています」


 これまで彼女の無鉄砲で危険極まりない行動は、母国への愛故だった。彼女がヘキトスと対峙し、フェリオットを救ったのも、愛国心が彼女にそうさせたのだ。


「家族は、大事ではない?」


 この質問がどれだけ無意味で、レイミアではなく自分に向けたものであることは、言葉にしてから理解した。


「いえ、家族は大切ですよ。国と家族、どちらが大切かなんてのは、そもそも比べる意味が無いんだと思います。国を愛する私の心は、私自身の内から出たものですが、家族との繋がりは……これはきっと心の内ではなく、もっと外側に……血によって裏付けられた不条理なものなんだと思います」


「なら、家族を愛するのは血によるものだと」


「そうです。だからどれだけ憎くても、嫌いでも、家族は愛さなければならない。……家を出るとき、私は両親と口論しました。父は退役軍人なので、家族の内誰も戦争に行かなくとも、後ろ指をさされることもありませんでしたし、むしろ周りは私を止めるばかりでした。それでも、私はここに居ます。さっきの手紙は、私の無事と……謝罪、ですね。恥ずかしながら……」


 レイミアは朗らかに笑った。フェリオットには、それがとても眩しかった。自分を卑下した故ではない。彼女と自分を比べて、自己嫌悪に浸ったわけではない。今のレイミアの笑みは、真に美しく、輝かしいものだったのだ。


「俺も、行く」


「えっ?」


「お前の家族に会いに行くんだ。当然、お前も一緒にな」


「え、いや、でも……」


「俺は、その……お前に命を助けられたんだ。あの時お前がいなかったら、ヘキトスに殺されていただろう。両親に礼ぐらいはさせてくれ」


 レイミアの痛々しい左手を見る。あの時、槍に貫かれた手の平は、戦いが終わった後直ぐに治療したのだが、処置の間、彼女は痛いとも怖いとも言わなかったらしい。


「手紙と一緒に帰ってきたら笑われますかね」


 何度か見た彼女の笑顔。しかし今度の笑顔はどこか魅惑的で、フェリオットもまたつられて笑うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ