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イヴェディア  作者: Rais
第四章 罪禍 ~血潮に染まる~
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責務。情動。

 護衛が到着した頃に、会合が終わっていたことは言うまでもない。


 此度の会合の発端は、クレイグが連隊長との会合を望み、使者を送ったことに始まる。しかし、いざ指定した会合場所を訪れると、フェリオットが現れたのだ。これには、フレイヤも驚いた。


 会合の内容は至って単純だった。


 虐殺は事実か否か。そしてクレイグの総司令官としての決定を伝える。


 まず前者は事実であった。虐殺は事実。フレイヤは昨日のクレイグの言葉を理解できないわけでは無かったが、認めるわけにはいかなかった。虐殺にはフェリオットが噛んでいるらしい。フレイヤは、彼を助けたことを悔やんだ。殺すべきだったと、悔やみ続けた。


 クレイグの決定が何なのか分からない。ヨルフなど部屋に残った者達は知っているのだろうか。どちらにせよ、フレイヤにとってはどうでもよい事である。今は、彼女の中に根付いてしまった、暗い悲しみを晴らさない事には、収まりがつかなかった。


 橇馬車が野営地に戻ると、フレイヤは暇を許され自室へ。クレイグは司令部に向かった。


 司令部は無人だった。当然である。皇帝軍の頭脳はクレイグをおいて他に居ない。軍隊の作戦行動を、複数人があれこれ議論する必要は無いのだ。


 クレイグがいつもの部屋に戻ろうとすると、人の気配を感じ取った。彼の到来は、予期していた事である。臆することなく扉に手をかけ、中に入っていった。


 椅子に腰かけた男が一人。退屈なのか、はたまた何かを恐れているのか、身を守るようにきつく、腕を組んでいた。


「どうだった?」


 既知の口ぶり。よもや軍において最高権力を持つクレイグに対して、無礼な言葉を発する者があろうとは。


「王の所在は知られていた。奴め、使者として出た時に東側を通ったらしい。その時に勘づいたのだろう」


 クレイグは咎めない。何故なら部屋には、最高司令官であろうとも仰ぎ見るべき、皇帝の姿があったのだから。


 彼は近衛兵を除いた兵達に気付かれぬよう、密かに随行していた。従軍の経験を得る為とクレイグの指示であり、皇帝自身の希望であった。


「ラティエス王は東外れの食糧庫に隠してたしな。元々連中の施設だったんだ、勝手知ったる、というやつだろ」


 咎めるべきはクレイグの言葉だ。だが、二人は友である。それは職務を超越した、人と人との、かけがえのない繋がりだった。


「それで、どうするんだ? 連中にゃバレたんだ。何もして来ないはずはないんじゃないのか?」


「脅されたよ。襲撃の準備は出来ている、とな。全く頭が痛い……本来の目的はマスケットの実用性を試す事だった。たった三百丁配備しただけで二個連隊を撃滅。十分な結果は得られたと言えるだろう。留まる意味も無くなった。これ以上の事は望まん」


「本当に? お前は本当に、意味が無いと思うのか?」


 皇帝ベルムハルトは憤慨していた。口調こそ穏やかであれ、瞳や、顔や、言葉の裏側に、彼の秘められた感情が現れていた。


 それは、皇帝という役職に裏付けられた偽りではなく、彼個人の真なる感情だった。


 クレイグは驚いていた。ベルムハルトの対外的な性質はさておくとして、本質は意志薄弱で楽天家。およそ激情とはかけ離れた存在であるはずだった。


 だが、突然の情動を前に臆するクレイグではない。己が目的を阻む者が、たとい皇帝であれ、怖気付くつもりはなかった。


「無意味だ。いくらマスケットが強力とはいえ、弾薬には限りがある。それに、グルシスの騎兵隊を破った程の部隊が後方に配しているのだ。マスケットだけで相手にできるとは思えない。貴様も、わざわざ踏みとどまって壊滅、はたまた崩御、なんてことにはなりたくないだろう?」


 いつもの皮肉である。とはいえ、その言は正しい。そもそも、皇帝が不安定な最前線に赴いているということ自体異常なのだから、慎重になるのは当然である。


「情なんてもの、戦場ここじゃあ必要無いのだと悟ったよ」


 皇帝が、おもむろに切り出した。すると、怒りに満ちていた瞳が、次第に憂いを帯びていった。


「俺は皇帝だ。その皇帝の名のもとに、幾万のウェールの臣民が、兵士として、果ては市民として、命を捧げている。戦いに付き従う以上、命を捨て去る覚悟はできていただろう。……だがそれでも、彼らは死するべきだったのか? 故郷を離れ、家族を残し、意も知らぬ荒野で無残な死を遂げるべきだったのか?」


「悔いているのか? それは出過ぎた感情だ、皇帝ベルムハルト。貴様は由緒正しい血統故に祭り上げられた虚像に過ぎん。皇帝という偶像に流された血を、貴様個人で浴びるのは愚かだ」


「……確かにそうだな。王とは偶像に過ぎない。お前さんの言う通りだろう」


 皇帝は暗い顔をして俯き、黙してしまった。微かに見られた苛烈な君主の姿など、今では消え失せている。


「今回の事は、グルシスが勝手に攻撃したことに端を発する。だが敵には、私が騙し討ちをしたとしか映らないだろう。弁明が無意味である事は、奴らの行動から見て取れる」


「じゃあ、お前は……」


「捕虜を解放する。兵士、後方職種問わず全てだ。無論、王だろうとな。身の潔白は、捕虜達の命で示そう」


「それがお前の決定か」


 ベルムハルトが立ち上がる。彼の顔は暗く沈んでいたが、振る舞いは極めて落ち着いていた。そこには、消えてしまったはずの、誰もが知る皇帝の姿が表れていた。


「なぁクレイグ。俺は奴らが許せない。これは皇帝としてではなく、俺個人の感情だ。そして俺の心は、弔いの為の戦いを求めている。それは兵達も同じだろう。部下達の心を汲み取るのが、上に立つ者の役目じゃないのか?」


一度ひとたび感情で剣を振るえば、歯止めが利かなくなってしまう。本当の敵はフォルティスの兵士などではない、自分自身だ。目的を見失い、獣に成り果てる自分自身なのだ。人間は間違いを犯す。それは、寛容さをもって迎え入れねばならない」


「お前が“人間”を語るのか? 滑稽だな」


「……確かにそうだな。しかし私は貴様に軍の全権を委任されている。異論は聞かん。それに、捕虜解放は前にもやったではないか」


「東国の時はほとんどが一般人だっただろ。それに東国は国家とは呼べない共同体だ。尋常な戦争とは言えない。今回は状況が違う。将軍達も納得しないだろう」


「……戦争に、尋常も何もあるものか」


「とにかく、お前のエゴで戦争を進めるのなら、俺は皇帝として、お前に必要な措置を取らねばならん」


「貴様が役目を果たすというのなら、私に抗する術は無い」


 翌日。皇帝軍は北部への通行を条件に、捕虜を解放する旨をフェリオットの部隊に伝えた。フェリオットは、エリスを救い出せる事を喜び、快諾。皇帝軍はログナまで退き、王を含む全ての捕虜達はフェリオットの手中に帰した。


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