再戦。身を投げうつ。
敵騎兵の一人が、フェリオットに気付いた。軍服の色で判断したらしい。騎兵用の短いサーベルを器用に振り回し、フェリオットに斬りかかる。
フェリオットは既に抜刀していた。馬を翻し、相手と入れ違うように二度、斬り結んだ。
戦い慣れている。フェリオットは敵兵の眼力や、佇まいから、練度の高さを悟った。たとえ下馬していたとしても、志願兵達では相手にならなかっただろう。
フェリオットは片手で手綱を操り、右半身を敵に向けた。対する相手は左半身。両者、利き腕は右である。フェリオットが優位に立った。
フランベルジュが牙を向く。敵騎兵は受け止めたが、それが仇となった。
波打つフランベルジュはサーベルの脆弱な刀身を絡めとり、防御を打ち砕く。フェリオットは躊躇うことなく、敵の喉元に切っ先を突き立てた。
鮮やかな血液を勢いよく噴出させながら、落馬する。真っ赤な噴水がフェリオットを染め上げた。
すると、噴水の背景で繰り広げられていた、とある光景が目に入った。
「だ、だめ……! これ以上は行かせません!」
レイミアだ。彼女は軍から支給される使い古しの剣を構え、二人の男を前に立ちはだかっていた。彼女の後ろには炊事兵や、治療兵が怯えた様子で座り込んでいる。
彼らは武器を持たないので殺す必要も無い。それはウェールの兵とて理解しているはずだった。
フェリオットは、男達の下賎で醜い顔つきから、彼らの目的が殺害以外にあることを容易に悟らせた。
「行けそうか?」
馬に語り掛ける。彼は無論だ、とでも言わんばかりに、凛々しく嘶いた。
「……潰せ!」
号令を上げ、馬腹を強く蹴り、レイミアの下へ駆け上がる。
片方の男が気付き、迎え撃とうと剣を掲げたが、馬の方が素早い。
馬は剣を前に臆することなく、打ち直された新しい蹄鉄を誇らしげに振り上げ、男の身体を小枝のように踏み潰した。
もう他方の男は怯えて逃げ出そうとしていた。フェリオットはまたもや躊躇うことなく、暴力を振るう。惨めな背中に剣をねじ込ませ、不出来で愚鈍な血まみれの人形を作り上げた。
レイミアにはその光景が、あまりにも一瞬で、刹那であったが故に、克明に、鮮烈に映った。彼女はしばらく呆けた様子で、フェリオットの有様を眺めていた。
「レイミア。逃げるんだ! 自分の命を、そう無下に投げ捨てるんじゃない!」
「い、いやです。私は、逃げたりなんかしません! 逃げる事は恐れる事です。私は、自分の意志で兵士になりました……戦いは兵士の責務です。自分の意志で成したことに、恐怖するのは愚かです!」
フェリオットは驚いた。身の丈に合わない行動が目立つレイミアだったが、今の彼女は、言うなればひどく“型にはまっていた”。小さな身体の全てに、兵士としての、また命を預かる者としての、そして人間としての、強く揺るがない意志の力が宿っていた。
すると、フェリオットはレイミアの言葉に、矢で射抜かれたかのような深い感銘を覚えた。
『俺は……恐れていたのか?』
己が成した罪悪。フェリオットは在りし日の記憶を辿り、そのつまびらかな情景を何度も心に思い描いた。
「フェリオットさん! 前!」
レイミアの叫びで、フェリオットは、自分が呆然としていたことを知った。
言われるがままに、視線を向ける。そこには、一騎の武人が佇んでいた。
フェリオットは馬を歩かせ、努めて落ち着きを払いながら、その女性と向き合う。
「ふふ。また会えて嬉しいわ。うちの将軍が誇る騎兵達にやられていないか、心配していたのよ?」
ヘキトスだ。彼女は装甲を身に着けた馬に跨り、初戦で剣を折られたためか、背丈の倍ほどもある長槍を軽々と構えていた。
また、彼女は体中を赤色に染めていた。返り血だろう。彼女の軍服に、金色の髪に、顔に、武器に、故も知れぬ生命の残り香が、おぞましくも塗りたくられていた。
ふと、彼女の足元に目が入る。死体があった、彼女が殺したのだろうか? 注視すると、それはフェリオット達の連隊長の形を模していた肉塊だった。後ろからレイミアの、はっと息を飲む声が聞こえた。
「大将を討ったから降伏を促してもいいんだけどね。それじゃあ面白くない……どうせ貴方も、この程度の事で降るつもりもないんでしょう?」
「一体何が……」面白いというのだ、とフェリオットは続けようとしたが、叶わない。
ヘキトスが拍車をかけ、吶喊する。両者の馬が激しくぶつかり合い、同時に、騎手もまた、苛烈に斬り結んだ。二人の猛者が、今まさに雌雄を決する時であった。
「へぇ。少しは腕を上げたんじゃない?」
何処にそんな余裕があるのか。ヘキトスは、巨大な槍を器用に振り回しながら、フェリオットに言った。
傍から見れば、フェリオットは不利に思われた。長槍とフランベルジュでは、射程範囲に大きな差がある。
だが武器に差異こそあれど、二人の間には決定的な違いがあった。
覚悟の違い……フェリオットの持る得る覚悟がどんなものなのか、ヘキトスには分からなかったが、彼女はそこに、初戦には無い力の差を感じた。
無論、ヘキトスとて覚悟を持たずに戦場を望んでなどいない。だがそれでも、長槍などという物質的な違いではなく、心の在り方による精神的な違いの敗北を、感じたのだった。
『だったら――』
ヘキトスは思考する。尋常な勝負で勝てぬなら、そもそも尋常さを捨て去ればいい。道筋がどうであれ、己の勝利という結果さえ残れば良い。
槍を翻らせ、フランベルジュを弾く。攻撃の起点は作った。このまま騎手を攻めれば、防がれるだけだろうが、馬を狙えばどうだろう?
槍を振り回すヘキトスに、フェリオットはたじろぐ。その隙、彼女の槍が、フェリオットの馬を貫いた。
痛みにもだえ苦しむような嘶きが響きわたる。フェリオットの馬は暴れだし、騎手は無残にも投げ落とされた。戦場の穢れた大地が、フェリオットの身体を強く打ちのめした。
フェリオットは戦慄する。馬は逃げ去ったので無事だろう。だが、馬を失ったことで、両者の形勢は一気に傾いた。
搦め手である。いかに兵士としての力を蓄えたフェリオットとて、不意打ちには敵わない。相手がヘキトスという実力者なら尚更だ。
思わず去来した死への恐怖から、彼は後ずさりをした。そしてそれこそが命取りだった。
人の足では馬から逃れらない。鋭い槍の一撃が、フェリオットの胸を捉える。
「はぁ!」
その時、訓練兵よろしく、さながら型の練習でもしているかのような、府抜けた掛け声が上がる。同時に、金属を金属で弾く、ひどく聞きなれてしまった音がフェリオットの耳に届いた。
「お前……」
「あら。怯えて突っ立ってるだけだと思ってたけど、見かけによらず度胸はあるみたいね?」
フェリオットの目前には、今や未熟さなど見る影もない、戦士の姿があった。




