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イヴェディア  作者: Rais
第四章 罪禍 ~血潮に染まる~
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疑心に暮れる

 翌日、膠着していた戦況に変化が生じた。血気盛んなフォルティスの東部軍が攻撃を開始したのだ。


 生者の血肉を求める亡者の如く、貪欲に、狡猾に、自滅も厭わない作戦行動。東部国境付近は沼沢地で足場が悪く、ウェール側も撤退できず、文字通り泥沼の戦いが再び巻き起こっていた。


 逆に西部戦線は打って変わって落ち着いていた。クレイグの分断攻撃により、数千人の兵士が孤立してしまった為か。東部のように、事は単純に行かない。


 フォルティスが手をこまねいている内に、クレイグが先手を打った。だが彼の決断は、フォルティスの将軍達の、またウェールの将軍達の、さらに皇帝軍兵士達の、予想を裏切るものだった。


 停戦協定。クレイグは西部戦線における限定的な戦闘行為の中止を求めたのだ。


 停戦とは、多くの場合、両国家が長引く戦争によって疲弊した軍や国内を立て直す為に締結される、妥協の策である。現況を鑑みるに、戦争は始まったばかりであり(ペティア襲撃を除いて)、後方を分断したクレイグの功でウェール軍は優勢。敵味方を問わず、誰もがウェールの快進撃を予期した。


 そんな折での停戦である。もしクレイグが他の将軍達に伺いを立てていたならば、たちまち否定され、停戦などという妄言は消え失せただろう。


 だがクレイグは総司令官で、最前線に居た。現場での決定は会議での鈍重な可決より強く、何より彼は軍の最高権力を有しているので、停戦の命令を止める者は存在しなかったのである。


 停戦協定を結ぶにあたって、フェリオットが使者に選ばれた。クレイグの指示である。この事はフレイヤを通して本人に伝えられ、彼は助けられた恩義から快諾した。


 クレイグが昨夜の内に書き留めた書状をフレイヤから受け取り、エリスに一度顔を見せてから、持ち出した早馬に乗り、夜明けと共に野営地を後にした。


 宿舎から近かったので、最初は東門から出発しようとしたが、皇帝軍兵士に止められた。異常な警備の数だった。フェリオットは訝しく思ったが、無理を押し通す理由も無かったので、北門から出発した。


 彼は最短の進路を取り、何も無い荒地の上をひたすら馬で駆けていた。


 森の中を通る気にはなれなかった。使者であるので敵の心配も無く、合理的な判断だが、それでもあの森に行く事に、彼は非合理な感情の制約を感じるのだった。


 フェリオットの目的は、エリスを救い出す事であったが、捕虜として捕らわれてしまった状態で、敵地から彼女を連れ出そうとは考えなかった。


 フェリオットも他の人々と同じように、突然の停戦要求に驚いた。また、使者として書状の閲覧が許されたので内容を把握していたのだが、停戦の締結に、何ら条件は設けられていなかった。フェリオットはこれを連隊長に渡し、サインを貰うだけで戦いは一旦終結するのである。


『こうも簡単なものなのか』


 これまでフェリオットは、幾度か戦いを重ねた中で、戦争の持つ、抗しがたい巨大な意志の流れのようなものを感じ取っていた。


 それは、絶対に打ち砕かれることの無い。巨大な意志の力を前には、如何なる力も無意味と成り果てる。


 だが、ウェールの総司令官。クレイグという男が一つ書状をしたため、相手に承認させるだけで、意志の力は暖炉に放り込んだ雪のように消え去っていく。フェリオットは、それが不可思議でたまらなかった。


 クレイグとは一体どんな人物なのか。何故総司令官に成り得たのか。この戦役に何を求めるのか。五年前について何か知っているのか。あれこれ考察している内、視界の果てに、フェリオットの部隊が駐留する野営地が見えてきた。


 エリスの居る場所も野営地だが、規模や設備の充実さが桁違いである。フェリオットの野営地は、あくまで休息する為に設けた、簡易な造りでしかない。


 すると、野営地の方から、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。


 大方、兵士達が喧嘩でも始めたのだろう。志願兵とは、その旺盛な士気を買われて編成されるが、本業では無い彼らにとって、慣れない戦場での暮らしは苦痛である。規律が緩んでしまうのも致し方ないことだった。


 だが、それらの認識は誤りであったことを知る。


 馬の嘶き。馬蹄の音。これらが鈍く、深い、重厚な音色を奏でていた。


 フェリオットは馬腹を蹴り、襲歩で一気に駆け上がらせた。馬が興奮したように鼻を震わせる。フェリオットは身を屈め、風の中で馬と一体になった。


 野営地に入ると、荘厳だった演奏は、混沌とした幼児の戯れと化した。


 戦いが繰り広げられている。相反した二つの軍服が、溶け合っていく様子に、フェリオットは初陣の記憶から発せられた既視感を覚えた。


 唯一の違いは、敵の殆どが馬に乗っていることである。フェリオットの部隊は彼等に轢き殺され、頭蓋を割られ、首を飛ばされ、一方的に虐殺されていた。


 騎馬隊は編成こそ難しいものの、戦場での威力は計り知れない。フェリオットのような訓練された兵士ならば抗する術はあったかもしれないが、練度の低い志願兵では全く歯が立たないだろう。


 ウェールの白い軍服。それらは返り血で真っ赤に染まり、フォルティスの赤い軍服の中に溶けかかっている。


 次の瞬間、フェリオットは夢中になって馬を走らせた。敵兵の何人かがフェリオットを見出したが、馬に乗っていたので味方と勘違いをしているらしい。直ぐには攻撃されなかった。


 劣勢である。兵力も半数以下だろう。死中に活を見出さなければ、生き残ることは出来ない。


 野営地の中心に辿り着く。ここには味方の兵士が多く見受けられた。が、それでも高さのある騎馬兵を前に攻めあぐねているようだった。


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