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イヴェディア  作者: Rais
第三章 転回 ~巡る力~
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魔の呼び声

「自分が他人と違うなんて感覚は、五歳くらいの時にはっきりしてきました。自分に見えている物が他人には見えていない……物事の捉え方、それも魔族に対する認識の相違など、これらが顕著になっていきました……それを父に明かしたとき、母方の家系が、代々魔族である事を教えてくれました」


 エリスの中には、弱々しい過去の姿が表れていたのだが、言葉を紡ぐ毎に、次第にそんな弱さは消え失せていた。


 彼女はまっさらな状態だった。秘めたるものが解け、自由になった今のエリスをフェリオットが見れば、別人と見間違うはずだろう。


「父親は魔族では無いのか?」


「はい、そうです。それと母は顔も知らないうちに死んでしまいました。なので、魔法の訓練……と言うのでしょうか? 魔族としての教育は受けていないので、魔法は扱えません。自分の属性も分からないままです」


「そして五年前。貴様はある提案を持ちかけられた」


「仲間になれ、と。そう、あの人は言いました」


「ゲオルグ・ウォルティヌス……脱走者の名簿を調べれば、名前があるかもしれん」


「ペティアが襲撃されたのが五年前。脱走事件も五年前ですか……」


「確証は無い。だが無関係とも思えん。事実として、我々は貴様の故郷が滅んだことも知らなかったし、最初に宣戦布告を受けたのは我々だ。それだけは言っておこう」


 クレイグは、やおら立ち上がった。思索する時は歩き回る癖があるのか、当ても無くふらふらと部屋の中を徘徊し始めた。


「ウォルティヌス……古代語の意味するところは“復讐”か」


 暫く沈黙が流れる。エリスは最早、過去を吐露するだけの残骸と成り果てていたので、これからの事を考察する余力など皆無だった。


「テナ・レンティウム。居るならば答えろ」


 エリスは驚いた。突拍子も無い言動はクレイグの持ち味なのだろうと彼女は心得ていたが、彼が言ったのは人の名である。この言葉は自分に向けられたものではない。


「はい。私はここに居ます」


 透き通った、可憐な、美しい少女の幼子声が、どこからか聞こえてきた。


 こういった声は、ラティエスも近い物を持ち合わせていたが、彼女のは透き通った声の中に穏やかさや気品が内包していた。対してこの声は、透き通った声の果てに……何も無かった。同時に声の主の姿も、何処にも見当たらない。


 すると、エリスは背中に気配を感じた。振り向くとそこには一人の幼い少女が、その身に不相応な長弓を背に抱えて佇んでいた。


 異能である。そしてそれは、彼女が魔族であることを意味していた。


 肌は浅黒い褐色。髪はエリスと同じくらいの長さで藍色をしている。ウェールやフォルティスに類を見ない、別の人種であることを伺わせた。


「追跡ご苦労だった。ゲオルグという名に心当たりはあるか?」


 ねぎらいは瞬く間に。単刀直入である。


「いいえ、ありません。しかし先の少年……面識はありませんが、彼の用いる弓術は我々“東の民”の物です。騒動の後追跡して確認しましたので、間違いありません。ですが不思議なことに、彼は東の民の特徴を持ち合わせていませんでした」


 テナと呼ばれた少女は、淡々と事務的に答えた。声だけの時とは違い、眼前には確かに少女の姿が現れていたのだが、それでもやはり、彼女の内面に根ざす空虚な情念を、エリスは鮮烈に感じ取っていた。


「エリス」と、クレイグは呼びかけ、視線を動かした。「あの少年。名前は分かるか?」


「あ、えっと。確か、アラクだったような……」


「アラク……」


 名を聞くと、テナが確かめるように反芻はんすうした。その時の彼女には、ほんの微かに血の通った感情が芽生えているように見えた。


「エリス。今日はもう帰ると良い。こちらで何か分かったらすぐに知らせる」


 エリスは何も言わず、部屋を去った。過去を吐露することで内面に劇的な衝動が奔った事は、彼女のみ知るところである。エリスはこれ以上外界と関わってしまうと、蠢き続ける衝動で心が砕けてしまいそうになっていた。


「貴様は気づいたか?」


「いえ。全く。彼女が魔族だなんて、未だに信じられません」


「同族でも分からぬ程に、自身の魔素を抑えつけているのか……単なる体質か?」


「監視しますか?」


「そうさせるつもりだった。それに、またアラクという少年が接触してくる可能性もある。彼女の事は任せたぞ、テナ」


「はい」


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