暗闇を往く
フェリオットの部隊が孤立して後、各所で行われていたあらゆる戦闘行動が止まった。
大陸中央を別つ、ロデス山脈を跨いだ東部戦線では、小規模だが凄惨な戦いが繰り広げられていた。だが、これも忽然と止んだ。
理由は明白である。王の所在が知れないのだ。
この報は瞬く間にフォルティス国内に知れ渡り、各都市ではここぞとばかりに反乱分子による暴動が相次いだ。
兵が戦争に駆り出されているので、人手が足りず、暴動の鎮圧は困難を極めた。
都市によっては、領主の屋敷が一時占領される事態となり、ついには三個師団が鎮圧のために動員された。
ウェールは戦わずして、フォルティスの戦力を大きく削いだのである。
だがフォルティスの精兵は未だ健在。ウェール側も手をこまねいているようだった。
戦争が始まって、早くも最初の静寂が訪れたのである。
そんな、誰しもが黙して機を伺っている最中に、一人慌ただしく馬を駆る青年が居た。
フェリオットである。彼は部隊長に無断で早馬を借用し、単身で野営地に向かっていた。
場合によっては処刑もあり得る軍規違反である。だが、フェリオットにはそのような懸念など、全く眼中に無かった。
『エリス……無事でいてくれ……』
彼の心内にはただその一点のみ。敵と遭遇する危険も、味方に謗られる不安も、全て心の外側にある、無意味な事だった。
正面から行くのは、危険どころが無謀であった。そこで遠回りであるが、背の高い針葉樹が生い茂っているロデス山脈沿いを通ることにした。
深い森林で馬を走らせるのは事故の可能性もあるが、敵に見つかってしまうよりはましである。
数時間ほど走らせていると、馬の息が上がってきた。
森林の地形は家畜化された軍馬にとっては負担が大きい。平地で飼育される彼らは過酷な自然の環境には不適となってしまうのだ。馬が潰れては元も子も無いので、フェリオットはやむなく休憩することにした。
近場に山から流れる小川が見つかったので、そこで休むことにした。清らかな小川であったが、何故だか馬は飲もうとしなかった。
無理矢理口に運んでも嫌がったので、フェリオットは持参の水を与えてやった。
鞍を外し、出来るだけ身を軽くさせ、体を撫でてやる。すると馬は嬉しそうに鳴き、ぶるぶると身を震わせるのだった。
しかしどうにも落ち着かない様子だった。フェリオットの傍を離れはしないものの、小川の上流に向かって走ってみては、また戻ってくる。これを繰り返していた。
「どうしたんだ? お前」
声をかけてみる。すると呼応するかのように、馬は足踏みをし始め、小さく嘶くのだった。
フェリオットは蹄に目を向けた。そこには、歪な形に欠け、曲がったままの蹄鉄があった。
「全く……無能な装蹄師め」
前述したように平地で飼育される軍馬達は、過酷な自然に“慣らされない”ため、蹄が非常に脆くなってしまうのだ。その為、蹄鉄によって防護するのだが、馬の骨格、筋肉、体型に適した蹄鉄を打たなければ、逆に馬に負担をかけてしまう。
最悪の場合、蹄が割れてしまう事や、足の病気を患ってしまう事もある。
月に一度は打ち直さねばならず、それを専門的とする装蹄師は重要な職業だ。
馬という生き物は、人間以上に丁重に扱ってやらねばならない。
「……外して欲しいのか?」
そう言うと、落ち着きを取り戻したのか、馬は足踏みを止め、フェリオットの目の前に行儀よく座った。
「言葉が通じてる!……わけないか」
この馬は言葉ではなく、人間の表情や身振りや気質といった精神的な部分で理解しているのだろう。自然に生きる動物ほど、流れる空気には敏感である。
――それは、視界に映らないものであっても、同じことだった。




