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イヴェディア  作者: Rais
第三章 転回 ~巡る力~
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怒り

「今から取り出すわ。きちんと押さえて、絶対に動かさないでよ」


 部下たちは勿論エリスにも、拭い難い冷ややかな汗が流れる。


 小さめの攝子ピンセットを用い、鮮血に塗れた肉の壁を掻き分けていく。


 女性の悲鳴は止まらなかった。悲鳴が上がる度に、彼女は力を増して暴れた。


 だが部下達は優秀で、士官の青年も兵士だけあって押さえる力は強かった。彼らのおかげで、エリスへの影響は全く無かった。


 鉛に到達する。攝子の先端はざらついていて滑りにくいとはいえ、慢心は許されない。


 臓器や、他の組織を傷つかせぬように、ゆっくりと取り出していく。


 すると、エリスの意識は閉ざされた。意識を失ったという意味では無い。


 視界には患者の傷口、両手、銃弾しか映らない。五感も限定的になり、周りの音も、雑念も、全てが消え失せた。


「す、すごい……」


 エリスの部下が感嘆の声を上げる。無論、それが届くことは無いのだが。


 エリスの手さばきは滑らかだった。迷いが無く、困難な手術をするために自分が居るのだとでも言いたげな自信が、彼女の顔と動作に表れていた。


「縫合器具を、早く!」


「え? あ、はい!」


 気が付けば、エリスは既に銃弾を取り出していた。


 続いて縫合。エリスは渡された糸と針を攝子で器用に手繰り、瞬く間に傷口を塞いだ。


 縫合の瞬間、女性は安心したのか、すっかり落ち着いた様子で、呻き声は上げるものの、悲鳴を発することは無かった。


 処置が終わり、女性は病室に運ばれていった。病室には、清潔な寝具があり、ルメニア会士達が世話をしてくれる。


「ふぅー。はぁ……」


 エリスは瞬きや呼吸さえも押し殺していたらしい。手ごろな椅子にどっしりと乗り上げ、手ごろな水で乾いた瞳を洗い、確かめるように何度も深呼吸した。


「常人技とは思えないですよ。エリスさん」


 手術の片づけをしながら、後輩は何故だか恐る恐る言った。


「えーっと……そんなに凄い事したかな、私。銃弾が内臓を傷つけて居たらまず助からないだろうし。あんたが言ってたように、感染してたら元も子もないわ」


「それでもこんな状況――戦場で開腹なんていう大手術したんですから。院長が知ったら表彰ものですよ」


 院長とは、ルメニア会における医術分野を統括する人物である。首都の大病院も管理していることから、この呼称が用いられる。因みに信仰は総長という役職が束ね、院長より強い権威を有している。


「あー……そうなんだ。うん、まぁそうなっちゃうか……」


 エリスはうわ言のように、呆けた様子で言った。


 調子を崩された部下であったが、疲れているせいだろうと了解し、女性の容体を確認しようと病室に向かった。


「ところで貴方。聞きたいことがあるのだけれど」


 一瞬、眠ってしまったように座り込んでいたエリスであったが、おもむろに声を上げた。相手はあの青年士官である。


 彼は返事をしなかった。だが、無視をするつもりも無いようで、エリスの方を見つめた。


「あの傷の付き方、やっぱりおかしい。普通なら銃弾は人体を貫通するわ。まぁ、貫通してたら、失血死していたでしょうけど、何らかの要因で威力が落ちていることは自明よ。例えば……遠くから狙撃するとか」


 エリスの推測は正しく、また、青年が反論する様子も無かった。


「本当は何があったの?」


 核心を突く問い。エリスは青年が嘘をついていると看做していたのだ。


 すると、青年は懺悔するように膝を崩し、気鋭の若者のみが放つ、まばゆい瞳の輝きを失わせた。


「ほんの……ほんの出来心だったんだ。 まだ一人も殺していない事を仲間に馬鹿にされて……!」


 罪を告解し、青年はこらえるように顔をひきつらせた。


 エリスの修道服や、青年の跪く光景が相成って、ここは一種の教会堂を彷彿とさせた。


「野営地から離れた荒野で人影が見えて……誰にも見つからないだろうって……気が付けば俺は、槊杖カルカを手にしていて……」


「もういいわ。これ以上聞きたくない」


 懺悔は成されなかった。エリスは呆れと侮蔑を隠す事なく目の前の罪人に手向け、そのまま立ち去った。


 エリスは診療所を離れた。患者の世話は部下達だけ事足りるので、問題は無い。


 行き先は司令部であった建物だ。理由は不明だがクレイグの指定である。


 エリスは惨劇の舞台とも言えるあの建物に赴くことに、気重になった。


 如何に五年前の真実を知ることが出来るとはいえ、漠然とした恐怖が心にまとわりついて晴れなかった。


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