古き友へ
司令部が掌握されたので、捕虜となったフォルティスの人々は失意に陥り、抵抗を試みる者は殆ど見られなくなった
その為か、捕虜達は野営地での自由が認められた。監視の為にウェールの兵士達が巡回しているとはいえ、非常に寛容な措置だった。
……もっとも王が虜囚の身となった今、彼らにとっては全てが無意味であったのだが。
皇帝軍は小休止に利用する為か、先程の戦闘で半壊してしまった野営地の修繕に取り掛かかっていた。
倒れてしまった柵を立て直し、皇帝軍の攻撃によって傷つけられた家屋の壁を張り替え、天幕に立つ軍旗はウェールの物に置き換えられた。
忙しなく動き回る兵達の中に、一人不満げな様相で、彼らの指揮を執る女性が居た。
フレイヤである。彼女は例によって兵達を任され、これもまた例によって煩わしい忙しなさに振り回されていた。
『これじゃあまるで大工の頭じゃない』
そんな所感を覚えながら、フレイヤは満たされない心を胸中へ深く落とし込んだ。
……ほんの一時であった。
司令部を制圧する瞬間。近衛剣兵達を整列させ、一糸乱れぬ軍紀を確立し、突撃の指示を与える……あの一瞬にフレイヤは冷めやらぬ、煮えたぎるような感情を得ていた。
それは一種の幸福とも言えた。軍役に就き、自らの使命を、本分を果たしているのだから、たとい暴力という不幸の一端を担っていると言えども、幸福を感じるのは当然の事だった。
故に彼女は満たされなかった。クレイグの言動に振り回される事は学生時代に慣れた事だったが、それでもやはり、戦いに駆り出されない時間は息苦しいものだった。
ふと、足を止めて辺りを見回す。
視界の至る所に黄金色の軍服達が入り乱れている。彼らの声や動作が全て同じものに思われて、己が瞳で現実を捉えているという感覚を忘れてしまいそうになった。
『きっと疲れてるのね……』
沈みかけていた意識に鞭を打ち、次なる指示に向かおうとすると……
「随分やつれているな」
不意に入り込む、誰かの呼び声。
古くに聴いた声である。故に無数の兵達が入り乱れる中であれ、その青年を見出す事は容易だった。
「ヨルフ……」
「流石に士官学校で主席とはいえ、荒事には慣れないか? もっとも、副官勤務に荒事なんて皆無だろうが」
どっしりと構え、達観した皮肉な物言いは一体誰に似たのだろうか? そんな所感を過らせながら、フレイヤはいつかの学友を、苦笑しながら迎えた。
「出発の時から付いてきていたようね。じゃなきゃ、誰もロデス山脈を越えようなんて考えるはずもないし」
「いや、俺が来た時には既に出払っていたよ。けど、あの山を越えている事だろうと思っていた」
二人は立ち話を煩わしく思い、近くに置かれていた木箱を持ち出して座り、仕事の合間の一時の憩いを感じた。
「えっと、ならどうやって……まさか、校長の弁を信じたっていうの? あんな神話みたいな話を?」
「信じた。それと、今は校長じゃなくて総司令官だ」
「……その肩書きは嫌がっているみたいだけどね。はぁ。あの話を信じる馬鹿が居るとは。本当、頭が痛いわ」
「馬鹿で結構。実際、無事に山は越えられて、敵の虚を突いたんだろう? お前の代わりに総司令に言っといてやるよ。『あの時は申し訳ありませんでした』って」
ヨルフの言は正しかった。しかし、この男の物言いには必ずと言って良い程皮肉が付いて回るので、フレイヤは自身の間違いを素直に受け入れられなかった。
「ふん、謝るなんてまっぴらよ。それに、今回の勝利は奇襲によるものじゃ無い。私達の部隊はウェールの中では指折りの強さだけど、フォルティスの洗練された職業軍人達には遠く及ばないわ。今回は義勇兵が多かったからまだしも、精鋭が相手ならどうなったか……」
「確かにな。それにあの山脈を越えるとなると、この部隊は通常の連隊編成の半分以下だろう……それでもなお、数を大きく上回る敵を瞬時に潰走せしめた」
「私達は……恐ろしい物を手にしたのかもしれない」
「……敵を倒せるのなら何でも良いだろう。こっちにはこっちの戦う理由がある」
「当然よ。後悔するつもりは無いし、敵に同情するつもりも無い」
「なら、さっきの言葉と矛盾が――」
「ああもう黙って! 揚げ足を取られるのはうんざりしているのよ。はぁ、気分悪い。校長に用があるから来たんでしょ? ならさっさと行きなさいよ」
と、フレイヤは追い払うように手をひらひらと振り、ヨルフが離れるのを待たずにどこかへ行ってしまった。




