とある日。とある朝。
「よぉし、かかったな!」
朝もやの残る、三月の晴れの日の空。少年が一人、一面に広がる海原に向かって息巻いていた。
名はフェリオット・ロイエ。暗い黒髪と、血のにじんだような赤い目をしており、十三の子供にしては背丈も大きい。
彼の風貌は、凡夫のそれとはいささか離れていた。それは、顔の良さや体の大きさといった肉体的なものというより、立ち振る舞いの剛胆さや、行動の向こう見ずさから表れる精神的なものだろう。強いカリスマ性を保持する彼は、近隣の子供達からは大将として仰ぎ評されていた。
「おい、セレア。網、準備しとけよ」
うなり声のような呼びかけが、虚しくこだまする。彼は釣りをしていた。
「……ん? おいセレア、返事は――」
釣り竿がきしみを上げ、少年が一人呟く。そう、少年は一人なのだ。
「……」
彼にはセレアという妹が居た。早起きと釣りを嫌う彼女を、フェリオットは無理やり連れ出し、後ろで網を持たせていたのだが、姿はどこにもなく、無造作に捨て置かれた網だけが、ぽつんと残されていた。
妹が、姿を消した。歳はフェリオットの一つ下だが、兄とは違い、落ち着いた性格をしている。心配には及ばないだろう。だが彼女には、一人で出歩かせてはいけない理由があった。
「……はぁ」
セレアを見つけなくてはならない。しかし、兄の口から洩れたのは、妹を想い焦がれる慟哭でもなく、焦燥でもなく、ただ憂鬱そうな、長い溜息だった。
フェリオットは竿が折れんばかりに力を込めた。魚影が暗い海に浮かび上がる。やむなく片手で竿を支え、網を拾い上げた。
ここにきて、魚の動きが烈しくなった。糸が張り詰められ、竿がうなだれるように下を向く。
誤った。と、フェリオットは心の中で何度も反芻した。まだ網を取るべきではなかった。竿がついに海面に接する。彼は意地になり、絶対に釣り竿を手離そうとはしなかった。
「あーもう、 セレアのやつめ!」
煮えたぎる怒りが彼の中に沸き起こった。全神経を、深い海の底に集中させる。機会は一度きり。網の届く範囲まで魚を引き上げ、一瞬の内にすくい上げる。
釣り上げた。水しぶきが上がり、明朝の太陽に反射して、きらきらと輝いている。すぐさま網に捕らえ、戦果を見る。胸で抱えるのがやっとなくらいの大きさだった。