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イヴェディア  作者: Rais
第二章 闘争 ~生は遠く、死は近い~
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力の矛先

 街中で百人殺せば大罪人だが、戦場で百人殺せば英雄である。


 こういった矛盾は聞き慣れたもので陳腐ではあるが、聞き慣れ、陳腐なものであるが故に、この事実は普遍のことだった。


 フェリオットの部隊は撤退していく敵は追わず、一度陣を張り、態勢を立て直すことになった。


 命令を出したのは部隊長である大佐だった。その間に大佐は後方に伝令を出し、戦勝の旨を伝えて、次の指令を待つとのことだ。


 このまま進撃するのも、フェリオットや他の兵士達にとっては問題無かった。だが現実、この部隊は人数が少ない。先程の戦闘で、さらにその数も減ってしまった。


 独立した攻撃は、時として高い戦闘効率性を発揮することもあるが――


 突如、撤退した敵部隊。一見すれば奇妙なその行動は、追撃を思い留まらせるには十分過ぎる要因だった。


 フェリオットと他の兵士達は休息の為、装備を脱ぎ捨て、野営の準備を始めていた。


 後続の輜重隊から、食糧や軽い嗜好品、予備の軍靴や被服といった装備品を補給。またルメニア会からの提供で、簡易な医療器具や薬品も手に入れることが出来た。


 フェリオットは、先程の戦いで受けたのだろう軽い擦り傷や切り傷に、受け取った軟膏と包帯を使った。


 フェリオットは手負いであるので休む事が許された。その間、他の兵士達が荒地の中、見つけづらいであろう枝木や、燃料になりそうなあらゆる小さな塵をも集めてきた。


 どんよりとした雲々が未だに天を支配していたが、雄大な山脈の隙間から昇りかかった太陽で、周囲が少しだけ白んでいくのが分かった。


 夜明けだ。冬の冷たい空気を払いのけていくように、世界が暖かい光に満ち溢れていく。フェリオットは最初の夜を乗り越えたのだ。


 すると、フェリオットは傷こそは浅いものの、煩わしい痛みに襲われていたのだが、薬を塗ったからか、忽然と痛みが消えていた。


 フェリオットは医術に対しては懐疑的で、三年前エリスがルメニア会に出立する際に揉めたこともあるほどだった。


 どうやら間違っていたのは自分だったらしい、とフェリオットは自己を省み、今は遠い幼馴染の存在をどこかで感じて、心を和ませるのだった。


「おい! フェリオット!」


 そんな、一時の安らぎに浸っていたフェリオットに、優しげな青年の声が届いた。


 確かにそれは穏やかな調子だったのだが、心に平和を得ていた彼の精神をかき乱した。


「いやぁ見てたぞ? お前凄かったなぁ!」


 男の名はエルティス。髪は暗い藍色で、顔つきは柔らか、と典型的な優男といった風貌だが、本質はものぐさで、誠実さという感覚は全く無いわけではないものの、過半は倦怠感という堕落した思想が占めている、そんな男だった。


 フェリオットとは士官学校時代からの友人で、腐れ縁というべきか、偶然にも同じ部隊に配属された。


 エルティスはとある貴族の次男だった。


 貴族の次男とは、戦時となれば跡継ぎたる長男の代わりに軍役に駆り出さられるのが殆どで、エルティスもまた例外なく、兵士という義務を兄の代わりに両親から背負わされた。ものぐさなエルティスにとっては、軍役など枷以外の何物でもない。


 エルティスはフェリオットの傍まで駆け寄ると、何やら微笑みながら、身体を休める友の様子を眺めていた。


「けど駄目だ。あのヘキトスとかいう女に、勝つことが出来なかった」


「確かにありゃ驚いた。けど、上には上がいるもんだろ? お前のおかげで随分やる気が出てきたよ! それに……お前に触発されちまった奴は、俺だけじゃないみたいだぜ?」


 心にもない事を言うエルティスに促されて、フェリオットは周囲を見渡す。


 陣の設営はある程度済んだようであった。大佐の為に天幕が張られ、即席の物見櫓が四方に建立っている。


 傷病者は一ヶ所に集められ、医療の心得のある者が彼らの手当てをしていた。


 また、これも心得のある者が、兵士達の装備を点検、剣は研磨し、防具を補強していった。


 そして、他の余った者達は――彼らの殆どは設営に尽力していたが――どこから持ち出したのだろうか、練習用の模造剣で一対一の打ち合いをしていた。


 誰もが皆、無理な行軍の上、激しい戦闘によって疲れているはずであった。


 手当てや武具の整備をしている者たちは、必要に迫られているとはいえ、その他の訓練をしている人々は、何も訓練することを強いられてはいなかったにも関わらずだ。


 フェリオットは重たげな様子で体を持ち上げ、訓練を続ける兵士達の間を歩き始める。エルティスが、その後を追うように続いた。


「陣を張らなきゃならないってのに……大佐に怒鳴られるぞ?」


「いやぁ、こんなに大勢が率先してやっているんだ。流石の大佐殿もお手上げなんだろう」


 実際、訓練兵達の中には志願兵だけでなく、フェリオットやエルティスのような将官達も混ざっていた。


「年上連中はお前に嫉妬していて、後輩達は憧れてるみたいだな。同期の皆は、その半々ってところか」


 エルティスは、フェリオットが聞きもしないのに、今回の戦闘におけるフェリオットの評価を述べ始めた。


 フェリオットは耳に入ってきた情報の下らなさに、思わず呆れ顔になってしまった。


「ふん。ならお前はどうなんだ? 俺に嫉妬でも感じているのか?」


「当然。次の戦闘は前だけじゃなく、背中にも気を付けた方がいいぞ」


 エルティスは邪悪に笑い、フェリオットの傍で囁いた。


 その時、フェリオットの視界に一つの奇妙な光景が入り込んだ。


 出発前のように、辺りには焚火が灯されていて、その周りには例によって兵士達がひしめき合っていた。


 訓練を小休止する者、またフェリオットのように傷を負った者が、寒さを跳ね除ける熱気の恩恵を授かろうと、集まっていたのだ。


 兵士達の自主的な訓練は、その隙間を縫うように、狭苦しい場所で行われていた。


 その中で一人の少女が、自らより大きな男を相手に、しゃにむに挑みかかっていた。


 少女が必死に剣を振るう度、彼女のこげ茶色の髪が、快活そうに、美しく舞う。


 剣と剣がぶつかり合う音が、どこか虚しさを孕みながら響いた。


 そこには戦闘の時に、目の前で男が槍に貫かれた瞬間に目の当たりにし、ヘキトスや他の者達との戦いで実感した、あの緊迫とした生命のやり取りを感じられなかった。


 それも当然の事。これは訓練であって、実戦では無い。


 だが、この少女を除く他の兵士達の訓練は、何れも実戦に近いものを感じられるのだが、目の前の少女だけは、実戦に近いどころか子供の遊戯にも感じられてしまうほどに程度が低かった。


 少女は必死に男を打倒せんと打ち込んでいたのだったが、全く歯が立たなかった。


 男は、最初の頃こそ、可憐な少女の相手に多少の面白みや、幾ばくの癒しも感じていたのだったが、流石に自身の鍛錬の効果が薄いと思い、隙を見て本気の反撃をし、少女を突き飛ばしてしまった。


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