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イヴェディア  作者: Rais
序章 弔詞 ~安らかなれ~
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プロローグ

 男が一人、やわらかな雪の粉を辺りに散らせながら倒れてきた。


 酒でも飲み過ぎたのだろうか。だが彼の胸に抱かれていたのは、酒瓶でもなく、酒樽でもなく、投擲用に切り詰められた一本の槍だった。男は槍に貫かれていたのだ。


 何故貫かれることになったのか。それは男の職業が軍人であることで説明が付くかもしれない。自分も同じ、軍属の身であるのだから、理解に難くないことだ。


 『この亡骸に意味は無い。これはただの、活動を止めてしまった肉塊なのだ』


 そんな淡白な所感が、ちょうど真上の寒空を往く渡り鳥のように、素早く脳裏を過った。五年前に抜け殻となった自分にしては、まだ人間らしい感情だったと思う。空っぽの木偶には似つかわしくない、静かな胎動。“希望”とも言えぬ小さな灯火は、ぐっと喉奥に抑え込んだ。


 すると、遠くで人々の雄たけびがこだました。手には武器を携え、捨てられぬ敵意を発露させながら、退廃した冬の荒野を駆け、迫ってくる。


 男は彼らに殺されたのだ。何か恨みがあったわけでもない。ただ、帰属する国家や、軍隊が違っただけ。“ただそれだけ”の理由で、目の前の男は死んだのだ。


 自分もまた、ただそれだけの事で誰かを殺めようとしている。外道のそしりは免れない。だが、既に人の道を外れた身としては、他人の生き死になどあまり重要な事ではなかった。


 腰の得物を抜き、姿勢は低く、眼光は鋭く遠くを見据える。一切の邪念を取り払い、外敵の排除のみに精神を注力させる。意志は石のように固く。この身には、あらゆるものを跳ね除ける強さが宿りつつあった。


――しかしふと、思い返してみる。今でこそ機械仕掛けになりつつある自分であったが、昔は人として自然な感情という代物が確かに備わっていたことを。


 いや、昔の自分は感情が存在するフリをしていただけなのかもしれない。どちらにせよ、今とは程遠い昔の自分が、思い出となって襲い掛かってきているのは事実なので、目前の外敵を排するよりも先に、これをどうにかしなくてはならなかった。


 だから思い出してみることにした。封じてしまった幼少の記憶。“こころ”が確かに存在していた、在りし日の子供のお話。


 今夜はもう、眠れないだろう。


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