ああ、懐かしき丘の上
挿絵作成:陽一さま
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指定ジャンル・必須要素:特になし
ゆっくりとその建物が見えてくる。
丘の上にあるその場所は、一面、緑に覆われていた。
ただ一つ、茶色のベンチがその存在を主張している。
「懐かしいな、よくここに座って遊んでいた」
私はベンチの座る場所を少し手で払ってから、ゆったりと座った。
幼い頃の思い出が、目の前に浮かぶようだ。
瞳を閉じて、しばらくそのままでいたが、今日はそのために来たのではないことを思い出した。
ゆっくりと立ち上がり、緑の建物を見上げる。
誰の手がかかっていないその場所は、緑の蔓が覆っていた。
「そういえば、母がこういう植物が好きだって言ってたっけ」
瞳を細めて、ゆっくりと建物に近づいていく。
「一応、カギを持ってきたが……」
鍵を使う前に、その建物の扉は開いていた。いや、ドアが壊れて、取れかかっている。
「必要なかったようだね」
壊れかけた扉が音を立てて、開かれる。
柔らかい暖かい光が、天井から注がれていた。
廊下は埃でいっぱいだ。二階へと続く階段も埃で灰色に染まっている。
その埃を踏みしめながら、私は二階へと上がっていった。
ギシギシと軋む音が響いたが、幸いにもそれだけだった。
二階には、姉と私の部屋、それに屋根裏部屋があった。
もうそこには、なにもない。
がらんとした部屋に……妙な落書きがされていた。どうやらスプレー缶で色付けされており、少々不気味に見える。
「えっと……赤城、参上? もっと良い言葉はなかったのかい?」
思わず苦笑が浮かぶ。
屋根裏部屋に入ると、いろいろなものが置き去りにされていた。
いくつかなくなっているようにも思うが、どれも不要なものだった。
誰かが使うなら、役立ててもらえるのなら、何も問題ない。
次に私は1階に戻って来た。
錆びついたキッチンにバスルーム、トイレもそのままだ。
そして、一番気にいっていたリビング。
いや、リビングから眺める景色。
そこから見える海が、私は大好きだった。
家族と一緒に夜の海を眺めた時もあった。
そのときは、かがり火が見えて、とても綺麗だった。
あのときと変わらない場所に、私の家は残されていた。
今はもう、誰かが入り込める廃屋になっていたが。
恐らく肝試しの場所になっているのだろう。
でも、ここはかつて、私の家族が住んでいた、暖かい家だった。
「さてと、全て見てきたし、そろそろ帰るか」
振り返り、緑に埋もれそうな、あの茶色いベンチを見た。
「さようなら、また来るよ」
だから今は。
「いってきます」
何年後かにまた来ようと思っているが、いつ来れるかわからない。
だが、足腰が動くのならば、また。
再びここに来よう。
私の思い出がたくさん詰まった、この家に。