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白い鍵盤

挿絵作成:陽一さま

http://10819.mitemin.net/


指定ジャンル・必須要素:特になし





 世界的にも有名なピアニストがいた。

 きっと将来、日本を出て、世界に羽ばたく素晴らしいピアニストとして、生きていく……はずだった。

 彼女の不運は、きっと、バイクが好きだったことに他ならない。

 しかも、一人でツーリングするのが趣味だったというから、目も当てられないだろう。

 彼女は将来を期待されながらも、若くして亡くなった。

 あっという間の事故だった。

 幸いなことは、外見的な部分は無事だったということだろうか。

 彼女を引き取りに来た家族がそろって、「眠っているようだ」と言っていたそうだ。

 そんな彼女に……私は若干、憎らしいと思うときがある。

 それは……。


挿絵(By みてみん)


「なんとか、なったよ」

「これって、何とかなったって部類に入るの?」

 私は彼にそう、ぶっきらぼうに答えた。

 ピアノのような鍵盤のステージにしてくれって言ってたのに、いざ、会場に来たら間に合わなかったから、白い鍵盤しかないし。

 スクリーンに映し出すっていうのに、機材がなくて、急遽、近くのスタジオから無理を言って借りてきたもの。だから、見栄えもあまり良くない。

 そうだというのに、映し出された彼女は、あの頃と同じ、輝きを持ったまま、インタビューに答えている。

 この映像は、生前、コンサート後に撮ったものである。

 だから、彼女はドレスを着ているし、コンサートの緊張が解れた後なので、若干、興奮気味な気がする。

 だからだろうか、余計に輝いて見えた。

 彼女の一言一言。

 手振り身振り。

 視線の変え方。

 そして、眩しいほどの微笑み。

 今日は彼女の命日だから、イベントをやろうということで、生前の映像を使って、こうして、幻想的なステージを作り上げた。

 いろいろと失敗してはいるが、客の評判はまんざら悪くはない様子。

 最後には大拍手のうちに終わる事さえもできた。


「綺麗だったね」

 彼と二人で機材を片付けていく。

「姉さんは綺麗だったよ」

 懐かしむようにそういう彼が、少し羨ましい。でもそれだけじゃない。

 ちくんと突き刺すような、胸の痛み。

 わかっている。

 体が弱っているから、不調を訴えている痛みじゃない。

 これは、心の、痛み。

「それにね、姉さんは白い鍵盤が好きだったんだ。何色にも染まらない白がいいって」

「……そうなんだ」

 白い鍵盤を模したステージに腰かけて、彼は微笑む。

「少し君にも似ているよ」

 その言葉にどきんと胸が弾み始める。

「ど、どこが?」

 ちょっと強い物言いになってしまったかもしれない。けれど、今さら変えられないまま。

「そのツンと意地を張るところ」

「それって、喜んで言い訳?」

 くつくつと笑う彼に、私は隣にいって小突いてく。

「そこは喜ばなくていいかな。でも」

 彼は瞳を細めて、私の頬に手を当てた。

「今日はありがとう。お蔭で助かったよ」

「どう、いたしまして……」

 ツンとしながらも、私がそう答えると。

「ああ、でもお礼はもう少し後でね。ほら、まだ撤収できてないし」

「そ、そうだったわね。急いで機材とか返さないと」

 ばたばたと私はプロジェクターを仕舞おうとして、間違ってスイッチを入れてしまった。

 再生されるのは、先ほど流したインタビュー映像。

『私のピアノで、ステージを満たしたいんです。だって、その方が素敵でしょう?』

 まるで、そこにいるかのように、彼女はしゃべり出す。

 この人はもう、いないのに。

 彼の傍には、いないのに。

「ごめんなさい、切る……」

 スイッチを切ろうとする手を、彼は体ごと引き寄せて止めた。

「ちょ、ちょっと……」

「ごめん、そのままにしてくれる? 姉さんに会うのは、久しぶりだからもう少し見ていたいんだ」

 どんな存在だったかわからないけれど。

 その彼の一言で、私は何も言えなくなってしまう。

 本当に彼女がいたら、私達のことを見て、何て言うだろうか?

『素敵ね』

 え? 思わず顔を上げた。

『弟のこと、頼んだわね』

 彼女は確かにそう告げると、ふっとスイッチが切れたかのように、消え去った。

 いや、消えたのはプロジェクターのスイッチが切れたからだ。丁度、インタビューの最後が流れていたから。たぶん、きっと。

「ごめん、僕のわがままでこんなに遅くまで残らせちゃったね」

「まあ、たまには付き合ってあげるわ。それに」

「それに?」

「……ううん、なんでもない。ほら、早く機材しまって、撤収するわよ!」

 私は彼を促して、さっさと撤収作業を進める。明日にはまた、新たなステージがここで展開されるのだ。その前にこの白い鍵盤をどかさなくてはならない。

 そう、彼女が楽しげに座っていた、この巨大な鍵盤ステージを。

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