月食:The Moon
【第63回フリーワンライ】
お題:
ブルームーン
切り傷
こうかい(変換可)=公開
貴方のそんな声は知らない
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
『――ご覧いただけるでしょうか――皆様――月が――もう間もなく――近付いています――』
カメラが夜空を捉えている。
不気味なほど暗い空だった。一つを除いて星が一つもない。
漆黒の中天に輝く月が大写しになっていた。あまりにも眩いそれが天体の光を邪魔してしまっているのだ。
『――月とは不思議なものです。その大質量で惑星上に物理的な影響を与える一方、生物の精神にも変調を来す要因ともなっています――』
月に向けられたカメラは徐々にズームしているようだった。じりじりと月の占める割合が増えていく。
『――例えば太陽系第三惑星由来の私のようなヒューマンはとても月に馴染みがあります。現地語で地球と呼称されるそこでは、月は無数の惑星が衝突した後に出来た瓦礫が寄り集まり、長い時間をかけて衛星になったものでした。勿論、衝突した無数の惑星はその地球となりました。
あるいは、非常にまれな事象ではありますが、この惑星の月がそうであるように――いくつかの小天体が宇宙を渡るうちに融合し、成長し、長い長い距離を経て、まるで運命の相手と出会うかの如く、惑星の重力にキャッチされて衛星化することもあります――』
恒星の光を反射するだけの月は、しかし、自ら発光しているかの如く青白い地表を晒している。
『――地球では月、特にこのような満月は精神に異常に働きかけると長く信じられていました。暗黒時代においてはその精神の変調を、肉体の変身の先触れであると考え、ヒューマンが怪物に“変身”すると恐れられたのです。暗黒時代の人々が既知宇宙の生命体を知れば、狼男など何ほどでもないと思うでしょう。
あ、いや、失敬。これは差別発言ではりません――』
その時、大写しになった月に変化があった。
青白い地表が少しずつ暗くなっていく。まるで巨大なナイフで切れ込みを入れたように、その傷は大きくなっていった。
『――皆さんご覧いただけますか。『月食』が始まりました――』
月の枠はますます大きく、そして暗い部分の浸食も迅速に進んでいく。
『――先程私は“変身”と申し上げました。これこそがこの月の“変身”です。今まさに、月はその組成を急速に組み替えて、“変身”しようとしています――』
とうとう月は上空の全てを覆った。あまりにも大きなそれは地平線の向こうへとその縁を追いやった。
カメラはズームアップなどしていなかった。月の方が大きくなっていたのだ。
『――ご覧いただけるでしょうか。皆様、もう間もなく、月が近付いてきます――
そうです、この月は単なる鉱物の塊ではありません。生きているのです。これこそ既知宇宙にありふれた神秘の一つ、超巨大な鉱物質の珪素生物なのです。
独自の進化を遂げたこの月は、ほぼ無限大の宇宙を旅しながら、惑星を捕食しているのです。捕食、つまりはこれが『月食』です、月が星の影に入って消えるのではありません。月が星を物理的に“食べる”のです。我々にも馴染みのあるダイソン殻、それを自然発生的に体得したのがこの珪素生物であると言えます。
太陽のような恒星を丸ごと覆う殻を形成し、そこから放射されるエネルギーを完全に利用するのがダイソン殻ですが、この月は『月食』に際して自身の体積を薄く薄く伸ばして、惑星全体を覆い、その後に吸収同化していくのです――』
空に広がる月はとうとう恒星の光を遮断し始めた。
惑星の地表に永遠の夜が訪れようとしている。
『――ご覧に――でしょうか――皆さん――ろそろこの中継も――わりに差しかかったようです――ダイソン殻と化した月が――遮断――
では皆さ――さような――
う、うわああぁぁぁぁひきぃ――!……』
暗転した映像に変わって、冷や汗を拭う男性が映し出される。背景にはどこかの惑星を映すスクリーンがある。どこかのスタジオのようだ。
『放送中、お聞き苦しい音声があったことをお詫びいたします。
中継には私のクローンが派遣されて、超空間感覚でリンクしてレポートをしていたのですが……いや、さすがに死に瀕すると変な声が出てしまいました。惑星ごと押しつぶされるのは初体験なもので。自分でも驚いています。
――えー、以上、惑星を捕食する月のレポートでした。明日の天体ショー・コーナーではケンタウロス腕辺境にある双子星の最接近をお伝えする予定です』
『月食:The Moon(既知宇宙生物図鑑より)』了
ネタが思い浮かばない時の切り札、既知宇宙生物図鑑シリーズ。
説明しよう、それはとにかくはちゃめちゃな設定の生物もどきを登場させて、銀河ヒッチハイクガイド風のノリで突き抜ける力技である。これが三作目に当たる。
設定先行しすぎて説明台詞多いのは反省。