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「昨日はあまり考えずに突撃してごめんなさい……」
「いやいや、むしろ助かったよ。俺はあんまり頭良くないし、作戦って言っても上手いのは考えられないからね」
「その話なんですけど、昼の業務だけじゃなく、夜の業務も手伝わせて下さい」
「――それじゃあ、夜の自警団気取りな真似も一緒にやってくれるって事かい?」
「気取りって自分で言うんですか……。でもはい、お願いします」
凄まじい殺気を醸し出しているフウラをレオナルドに任せ、ロ―ウェントは二階でシャスティと二度目の面接を行っていた。
「頑張りたいと思います。一度はこちらから逃げたんですけど……」
「いやいや、光栄するよ。いやーホントまともな普通の人が来てくれて助かった~!」
バー・トワイライト。
そこにはロ―ウェントとエルミィ以外普通の人間がいない、世間一般で言う魔物や人外の従業員で構成されている酒場だった。そして、それぞれの特技(?)を生かし、夜間は王国の目に隠れて下町の依頼事を行っている。
ロ―ウェントはシャスティの気持ちに、素直に喜んでいた。
「むしろその自警団的なことを精一杯頑張りたいです!」
「いやあくまで酒場だから……通常業務の方も積極的に頼むよ……」
「あ、は、はい!」
このご時世珍しい、女性の熱血漢と言うやつだろうか。
「シャスティは、下町に偏見とかはないようだね」
貴族街や市民街に在住している者から下町の人の偏見と言うのは、どうしてもあるものだ。簡単に言えば、三段階にランク分けされている王国民と言って良い。無論、下町は一番下。
「私は、地方の村出身ですからね」
「――魔物、にもね」
そしてこの世のいわゆるランキング外。フウラやレオナルドなどの魔物の存在。
ロ―ウェントの言葉に、シャスティ微かに動揺した素振りを見せたが、
「傍から見れば、せ――同じ人間ですよね」
「性格に問題があるけど、と言おうとしたのは分かるよ……」
ともあれ、そんな理解の良い彼女はとても頼りになるものだ。年齢や見た目はまだあどけないけど、きっと大丈夫だろう。
「採用っ!」
「早っ!?」
一度言ってみたかった台詞を、ロ―ウェントは満を持して言えた。
「今更だけど、大丈夫かなぁ……」
喜びに浸るロ―ウェントの姿を、しかしシャスティは先行きが不安そうな目で見つめていた。
悪い予感、でもしているのだろうか。
――結局、悪い予感は的中した。
「いいですか!? この世は年功序列に長幼の序! フウラのことはフウラさんとお呼びなさい!」
「は、はい……。よろしくお願いします、フウラさん……」
ロ―ウェントが見守る中、ウエイトレス姿で、銀髪のエルフ美少女フウラが、さっそくシャスティに喰ってかかっていた。
まだお客さんの目の前でないから良かったものを、お客さんが見てたら確実にビビられる。
「さっきからうるさいぞ変態エルフ。俺はレオナルド、レオで良い」
レオナルドはやれやれと息を溢しながら、シャスティに向かって軽めの挨拶をする。
今はシャスティが入って来た事での、新人挨拶のようなものだ。
「よろしくお願いします、レオさん」
ぺこりと頭を下げるシャスティ。
「フウラの時と態度が違う!?」
「そりゃそうなるよ……」
雷にでも打たれたようにフウラが愕然としている後ろで、しばらくフウラと同じ時間帯のシフト避けた方がいいなと思う、ロ―ウェントだった。
「よし、一応挨拶も済んだところで俺から仕事の内容を説明したいと思う」
ロ―ウェントが一枚の紙を手に、こほんと咳払いをして告げる。
フウラとレオナルドには業務に戻ってもらい、現在はシャスティとカウンター後ろの休憩室と言うべき部屋で二人っきりだ。
「――けど、まずシャスティは酒場にどんなイメージを持ってる?」
ロ―ウェントの中でやってみたかったことその二。逆に質問、である。
シャスティはそんなロ―ウェントの野望が叶った事を露知らずに、極めて真面目に答えていた。
「ええっと。……やっぱり冒険者が冒険に行く為のパーティ集めですかね!?」
思いついた、と目を少し輝かせて言う。騎士と言うより、冒険者向きだよなこの娘……。
「その通り。一番多いお客さんは、やっぱり冒険者なんだ」
酒場で待ち合わせをしたり、その場で初対面同士でも話が合えばそこから冒険に行くような感じである。
「そこで俺たちが必要となってくるのが、情報なんだ」
「情報?」
「そ。例えばダンジョンの情報や、下町の施設や王国周辺の地理のこと。酒場にはよくそんな情報を求めたお客さんが来るからね。シャスティは地方出身でまだ若いし、これからいろいろと勉強しないとね」
若い、と言ったところで一瞬だけシャスティの目が細くなった気がするがなに、気にしないことにする。
「もっとも、ここに関して言えば冒険者以外にも多くのお客さんが来る、主婦の方々や、旅の商人さんとかだ。その人たちに合った情報も、色々と仕入れなくちゃいけない」
「わー……。結構大変そうですね」
「まあでもフウラでも出来たんだ。俺はきっとシャスティにも出来ると思う。お互い新米だし、そこは一緒に頑張ろうよ」
「あ、は、はい!」
「よし、良い返事だっ!」
「今のは言ってみたかっただけですね」
「ばれたか……」
微妙に察しは良いシャスティに、ロ―ウェントは黒髪をかいていた。
「じゃあさっそくウエイトレスの制服に着替えて貰うんだけど……。制服の着方は……」
ロ―ウェントはそこまで言うと、しまったと悩まし気に視線を落とす。
エルミィは今日はいないし、店にいる女性はフウラだけだ。
ローウェントの顔をじっと見たシャスティは、慌てて自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
「じ、自分で出来ます! 更衣室まで案内してください!」
「う、うん。けど間違ってると駄目だから一応フウラと一緒に頼む」
「うう……。なにかされそうなんですけど……」
「レオを外で見張らせるよ」
※
「私と同じくらい……。いや、まだ私が勝ってる。ロ―ウェントは大きい方が好き……!」
「ちょ、ちょっと早くしてくださいっ、フウラさん! そ、そんなとこっ!」
「……お前ら少し自重しろ。外まで丸聴こえだぞ」
更衣室の前の通路に壁を預け、腕を組むレオナルドは、ただただ気だるげだった。
なんで俺が人の女の着替えを見守っていなくちゃいけないんだ、と内心で愚痴を溢す。――無論、見守る、と言っても外からフウラの暴走に釘を刺す為だけに、壁一枚を隔て通路に立っているだけだが。
「まったくこれだから最近の若い生娘はっ!」
「き、決めつけないで下さい!」
「……まさかあるんですか?」
「な、無いっ、ですっ! あ、あなたこそどうなんですか!?」
「私のは全てロンのモノですから……! いやんっ!」
「へ、変態だ―っ! やっぱりこの娘変態です!」
「お前らなぁ……」
下品極まりない会話に、大きなため息をして、レオナルドは項垂れる。
ホント、どうでも良い……。
「ここの留め具はこうするのです」
中からフウラの声が聞こえる。
何だかんだフウラは、ロ―ウェントに言われた通り、ちゃんとシャスティにウエイトレスの制服の着方を教えているようだ。
「――不快に思ったらごめんなさい。し、失礼かもしれないですけど、本当に人間の女の子のようですね……」
先程とは打って変わり、真面目な口調のシャスティの声が聴こえた。おそらく、フウラの身体を見て言っているのだろう。
「私は貴女の事、本当の人間のようだと思います。……あれ、自分でもちょっと何を言ってるのか……」
シャスティの戸惑い声に、レオナルドは人間の耳を、少しだけぴんと立てていた。
「はい。でも王国は、エルフを魔物と認定しています。狼人間のレオも」
フウラの口調は、ほんの少しだけだが穏やかになっていた。
狼人間と言う種族だけで、レオナルドは迫害を受けて来た。
もし王国に自分の素性がばれたら、間違いなく殺されてしまうだろう。
――だからと言って、ここから逃げても結局は冒険者や通りすがりの騎士によって殺されるのはわかっている。実際にそういう光景を、何度も見て来た。
……だから俺は、アイツの元にいる。人間には決してなれないが、人間のように、この店で生きていく。
「そんなあなた方がやっている夜の業務……。いくら下町の人が優しいと言っても、ばれてしまう危険性があるんじゃ……」
その危惧に答えたのは、レオナルドだった。
「仮に調査に来ても、俺らが魔物だっていう証拠はないだろう。現にシャスの方こそ、騙されてたもんな。それに幸いなことか皮肉なことか、王国はそこまで下町のことに関心を持っちゃいない」
レオナルドは少しだけ微笑んで、上を向いていた。
「それに、ロンはあれでもちゃんと人を選んでいます。依頼は本当に信頼できる人のみなんだそうです!」
フウラが張りきり声で付け加える。
実際、ロ―ウェントの目利きは優れていると思う、レオナルドだった。
「ローウェントさんの事、本当に大好きなんですね、フウラちゃん。なんだか本当に女の子っぽいです!」
「……っ。も、もうっ! 良いですから早く下着をつけてください!」
「おいまだそこだったのか!?」
さすがにレオナルドがツッコんでいた。