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トワイライト酒場営業記   作者: 相會応
序 新米騎士のバイト面接
6/12

6

 王都オリエンソールは、大陸をまたぐ広大なベルン海に連なっている。朝や昼などは他国との交易の為に、王国の港からよく船が出港したりするものだ。

 先行したレオナルドとシャスティの後を追うと、ロ―ウェントとフウラは港の倉庫へとたどり着いていた。下町の隅の方だ、王国の治安の手が届かないのも当然であると言える。

 ロ―ウェントとフウラは共に物陰から、暗闇の中に建つ三つの倉庫を見つめていた。

 朝や昼は市場の喧騒やカモメの鳴き声などで賑やかな港も、夜にでもなればひっそりと静まり返っている。

 そしてなにより……怖い。


「港の倉庫……怪しい臭いがぷんぷんしますね!」

「ま、まあ、ありがちと言えばありがちだね……」

「足震えてますよロン……」

「だって、色々と出そうだよここ……」


 情けないですね……とでも言わんばかりにフウラに見られてしまっている。

 どうであれ女子にそんな目をされて、怖じ気づいたままだと言うヘタレではない! ……はず。

 ――ワオーンーッ!

 狼――レオナルドの遠吠えが、彼方から聞こえた。

 

「ここで間違いないみたいだ。あとはどうやってやるかだけ……」


 頭は賢くないが、作戦を考えるだけのまともな頭脳はあるつもりだ。

 あごに手を添えてプランを考えようとした、その矢先だった――。 


「え˝っ!?」


 ロ―ウェントが悲鳴を上げる。

 横のフウラも唖然あぜんとしていた。

 二人の目の前で、シャスティがどうどうと剣を構え、まさかの正面突入を敢行しようとしていたのだ。……と言うより、もうしてしまっていた。

 

「女の子を返してもらいます!」


 威勢の良い響きが闇夜の中で響いた。正義感の強い娘だが、それゆえの暴走か。

 ……と、ロ―ウェント(一つ上)は感慨深げに頷いていた。


「うん、若いね」

「冷静に分析してる場合ですかロン!?」

「あーそうだっ! 飛び出しちゃ駄目だシャスティ! ここは冷静になって作戦を考えないと!」


 そう叫んだロ―ウェントはシャスティのところまで飛び出した。


「ロ―ウェントさんっ!?」


 あんたこそ、とシャスティはロ―ウェントを凝視していた。


「え!? ロンも駄目ですよっ!?」


 フウラが慌てて声を出した。

 一切の戦闘能力を持たない酒場のオーナーが、敵陣の目の前に大声を出しながら出てしまったのでる。……そもそも酒場のオーナーの敵が幼女誘拐犯とはなんぞや、と言うツッコミはご法度である。


「外が騒がしいが……――っ!」


 倉庫から、いかにもな外見の、スキンヘッドの男が出て来た。身なりから見るには下町の盗賊団、と言ったところか。下町に住んでいると嫌でもよく見かけてしまう。

 そんな目を合わせたくは無いような人と今、運命を感じるかんたらな距離で、ロ―ウェントは目が合っていた。


「……ど、どうも」


 眉をピクつかせたロ―ウェントが軽く頭を下げる。


「こ、こんばん、は……」 


 シャスティは剣を持ったまま棒立ちで挨拶。

 男は、固まったままだった。そして、強張りに強張った口から、重たい言葉を言う。 


「分からない……。倉庫の扉を開けたら、若い酒場の坊主と制服の女子が立っていた……?」

「一応、マスターです……」

「一応、騎士です……」


 二人は即答する。


「そ、そうか……。まあ折角のご対面で悪いんだが、ここになんの用かなぁ?」


 一瞬にして、空気が変わったのが分かった。男の顔に影が差し、その手の物の獰猛どうもうさを見せつけて来る。堅気じゃないと、それが分かったのは……色々な種類かつ多くのお客さんを見ている内に、自然と身に付いた、スキルとも言うべきものだ。

 横のシャスティはそれに少し怖気づいたようだが、こちらは未熟でも接客業担当の端くれ。


「夜にすみません」


 ニコッと笑って、ロ―ウェントが前に進み出る。


「俺たち、女の子を探してまして」


 ゛女の子゛と聞いた途端、男の眉がピクリと反応する。こちらが言葉尻を強調した所為せいも、少しはあるのだろうが。


「悪いけど知らないなぁ。ごめんよ」

「いや、そんな事は訊いていませんよ」


 ロ―ウェントは笑ったまま手を横に振る。

 それは少しだけ、相手を煽っているようだった。


「――単刀直入に言います」


 ……怖くないと言えば、嘘になる。実際、手足には尋常ではない量の汗をかき、震えている。なんで酒場のオーナーである父さんが、こんなことをやっていたのだろうと、疑問を感じた事も。

 だからよく子供の頃、「なんで父さんはこんな事やってるの?」と訊いた事がある。

 ――ここが下町になくてはならない店だから。と、まるでそれが当たり前の事のように、たまに家に帰って来る父さんは、いつもそう返してきた。ともすればそれは、あの人に人助けの理由なんか無かったのかもしれない。

 そんな父親に純粋に憧れ、そして゛騎士団の現実を知り゛――今。


「女の子を……ミントさんを返して下さい!」 


 ロ―ウェントは、地面を強く蹴りだしていた。向かった先は、暗い倉庫の中だ。


「ちょ!?」

「ロンっ!」


 シャスティとフウラの悲鳴が、背後から聴こえた。


「ワンッ!」


 影から突然現れたレオナルドも、倉庫に突入。

 人一倍慌てていたのは、男の方だった。


「クソっ! 馬鹿な餓鬼が一人入りやがった! ボートを出せ!」


 ボート。やはり、他国への奴隷売買か!


「聞いたかレオ!? さすが君の嗅覚だ!」

「ワンワン!」


 大量の木箱が積まれている倉庫の中。魚の生臭い臭いと、塩の臭いが少しする。そんな中でもレオナルドは少女の臭いを嗅ぎ分け、発見してくれていた。

   

「ミントさん!」

「おっと、ここまでだ」


 立ち塞がったのは、屈強な体躯たいくの男たち。奥には眠らされているミントがいた。

 レオナルドが「グルルッ!」と威嚇しているが、やはり相手も相手だった。


「犬じゃねー……魔物か?」

「人を襲うことしか出来ない能無しがわんわん吠えるな!」


 ――ズドン!

 白い閃光が、倉庫の中で輝いた。そして次には、レオナルドを嘲笑あざけわらった男たちが顔面蒼白の様相を見せていた。

 自分たちの目の前の床に、ごっそりと穴が空いてたのだから、当然か。

 

「許せません……」


 髪を逆立てたフウラが、静かな怒りの言葉を呟く。

 フウラが発動した魔術――それこそが、エルフが危険視されている証拠だった。


「こ、こいつ……。まさか、エルフ!?」

「フウラは……フウラです!」

  

 バリバリ、と空気が音を立て、フウラの怒りの魔術が発動する。魔物であり、人間を襲う。その言葉に何よりも反応してしまっていた。

 いや、あのままではその言葉通りになってしまう。

 そんな彼女の゛暴走゛を抑えるのは、いつも――、


「落ち着いてフウラ! 君は魔物なんかじゃない!」


 ロ―ウェントが声を掛ければ、フウラははっとなる。

 すぐに魔術の威力を調整し、光も小さなものになる。


「ロンっ! 大好き!」  


 魔術の発動は愛の告白と共に。

 男たちはいろいろとなす術もなく、フウラの放った閃光の魔術を真正面から喰らっていた。

 ――ただの目くらまし程度の、魔術だったが……。

 だが、チャンスは今だ。

 ロ―ウェントは男たちが気絶したのを見て、停泊しているボートに飛び込んだ。

 

「なっ!?」

「ガルウッ!」


 それを慌てて追いかけようとする男たちを、レオナルドがけん制する。


「よくできましたレオ! 今度なでなでしてあげます。狼モードの時だけですけどね!」


 狼の気迫に立ち止ったが最後、男たちの背中を、にやりと笑ったフウラの魔術が捉えていた――。


 ――一人乗りこんだロ―ウェントが、ボートの小さな個室を開けると、中にはミントがいた。


「ミントさん!」 

「そこまでだ」


 ……盗賊団のボスと思わしきごつい体格の男が、抱き寄せるようにミントの細い首に腕を回していた。


「ミントさんを離せ!」


 ロ―ウェントが叫ぶと、ミントは苦しそうに薄目を開ける。微かに見えた緑色の目には、涙が見える。華奢な身体が男の手によって無理やり持ち上げられ、息も出来ていないようだ。

 腰に剣も無ければ、なにかの能力もあるわけではない。

 けど……。

 怖い……けど、ミントさんは俺よりもっと怖い思いをしているんだ。まずは、男とミントさんを離さないと!


「金くらいまともに稼げーッ!」


 他人を不幸にする金稼ぎなんて、絶対に駄目だそんなの!

 ロ―ウェントは震える身体に力を込め、なりふり構わずに男に向かって、叫びながら走った。 


「説教!? ……いやそうじゃなくて! 丸腰か!?」


 男は驚いたようだが、すぐに冷静になる。ミントを壁に放るように手放し、走り寄ったこちらの腹部に、強い右ストレートを打ち込んできた。


「痛っ」


 気の遠くなるような痛みに、呼吸が止まる。焦点の定まらない視点でロ―ウェントが見たのは、男の靴底だった。

 ばちん、と何かが弾けたと感じた直後、ロ―ウェントの身体は床に転がっていた。


「ただの雑魚のクセに、いきがってんじゃねえッ!」


 男が罵り、床に倒れ込んだロ―ウェントを足で踏みつけるように何発何発も蹴る。

 肌がズタボロにされるような痛みと熱が、絶え間なく続いていた。


「ただの雑魚……。いや……しつこい雑魚の間違いじゃありませんか?」


 頭を抑えながらも、ロ―ウェントは男を馬鹿にするように笑いかける。

 自分より弱い立場の者からの嘲笑ほど、ムカつくものはないと、我ながら思っていた。

 

「――野郎ッ! 死ね!」


 案の定、激昂した男はとどめと言わんばかりに、ロ―ウェントの腹に大きく振り切った蹴りを、お見舞いした。

 あまりの衝撃に、身体の半分が、どこかへ吹き飛んだようだった。

 

「かは……っ。時間は……稼いだ……よ」


 消えかけそうになる意識を奮い立たせ、酒場のオーナーは呟く。

 ああ――眼鏡にヒビが入ってる。新しいの、買わないと……。店の貯金が……。


「ワン!」

「ロン!? ……よくも!」


 一人と一匹の足音と影が、目の前まで来てくれていた。


「頼むよ。給料は、弾むから……」


 稼いだ時間分、である。


             ※


「今回は結構派手にやってくれたな……」


 まばゆい光が、点いたり消えたり。繁栄の時を刻む王都オリエンソールの街並みを背に、暗闇の中でそれは良く見える。

 まるでパーティーでもやっているのではないかと、ベルン港の倉庫を上側から見つめながら、バー・トワイライトの常連、゛通称゛ブラウンは呟いた。

 朝方店に姿を見せた下町の装いではなく、白銀の豪勢な装飾あしらった、騎士の姿。その胸元には、【王国騎士団総長】の証である、紋章があった。


「隠蔽工作は中々苦労しそうだぞ、こりゃ」

 

 騎士のトップに立つ者らしからぬ発言を、ブラウンはしていた。


「まあまたあの店の酒飲むためにゃ、やるしかないけどな」


 少しだけ面倒くさそうにため息をこぼしたブラウンの背後に、部下である騎士の男が近づく。 


「総長、何か仰いましたか?」


 おおっと。

 あの店に顔を出しているのは秘密だったと、ブラウンは思い出す。

 だから背後に控える数名の騎士に、ブラウンは笑いかけた。


「騎士団の伝統は守らないとならんからなぁ」

「何か捻くれた嫌味に聞こえますよ、総長」

「まさか。古き良き格式に従って、悪人を捕えるぞ」

「はっ」


 王国の国旗を夜の風にはためかせ、騎士たちは後始末へと向かう。


「よし。゛これより我々騎士団は、パトロール中に偶然見つけた騒動に偶然遭遇し゛、捜査する! 対象はベルン海倉庫!」


 ブラウンの言葉に、正義の心を持つ騎士たちは苦笑していた。

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