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トワイライト酒場営業記   作者: 相會応
序 新米騎士のバイト面接
4/12

4

 ――あの店はどこかおかしい。

 夕日の下、シャスティは下町を歩きながら、そう確信していた。


「目の前であんなところを見せつけて来るなんて……っ。思わず飛び出しちゃったけど、あの最後の娘私と確実に目線を合わせてから抱き着いてた……」


 たった一つ上の青年オーナー。平然と遅刻してくる従業員。そして彼を取り巻く全ての環境。……よくよく考えれば、オーナーが全ての原因とまでも、思えてしまう。


「ううん。ここで諦めちゃダメ。はやく他のバイト探さないと……」


 シャスティは首を横に振る。

 綺麗に澄んだ川の水面に、夕日がゆらゆらと姿を見せる。夕食前の時間帯になると、下町はのどかな雰囲気だった。

 ――ここまでは。


「――いや、助けてっ!」

「ちっ! 紐を食いちぎったのか!?」

「声を出さすな!」


 時に、それは下町ならではの、野蛮な光景だった。


「今の声……!」


 突如聴こえた少女の悲鳴に、シャスティは咄嗟とっさに反応する。誇りある騎士候補生としての自覚か、否か。

 人気ひとけのない裏路地。

 声のした路地裏のほうまで走ると、お世辞にも善人そうには見えない薄汚れた風貌ふうぼうをした二人組の男に、女の子が連れ去られそうになっていた。

 最近被害が後を絶たない、人攫いだ。その名の通り人を攫い、奴隷として売り出す。王国も対応に頭を悩ませている、卑劣な犯罪だ。

 シャスティは腰の剣に手を添えて、男たちの前に立ち塞がった。


「待ちなさい! 女の子を離して!」


 声量は上々。


「オリエンソール王国騎士の命です!」


 連れ去られそうになっていた女の子が、助けに対し安心した様子でこちらを見上げて来る。その少女のすぐ横では、ひもに猿ぐつわを回された母親と思わしき人物が倒れている。付近に散乱しているのは紙袋と、そこから出ている食料品の数々。

 男たちはシャスティに気付き、並んで身構えた。


「騎士だと?」

「まだ子供だな……騎士候補生か」

「下劣な……っ!」


 シャスティは抜刀し、両手で剣を構え、訓練で習った構えを見せる。 


「おいおい。こいつも中々の上玉じゃないか。売れば金になりそうだな……」


 やはり、奴隷売買の犯罪だ。 

 負けられない、とシャスティは、剣を握った手に力を込める。剣の才能はからっきしだが、それでも対人戦闘の訓練は伊達にやって来たわけじゃない。

 

「お偉い騎士様の卵がこんなところで一人でなにやってたのかは知らないが、下町の洗礼を浴びせてやるよ」


 二人の男は質素なナイフを懐から取り出し、襲い掛かって来た。


「やってたのは……変な店のバイトの面接よ!」

「は!?」


 シャスティは剣を振るい、男たちの接近を拒絶する。刃と刃が触れ、火花が夕暮れの街中で光る。

 やはり敵は荒削りだった。才能なしとは言え、こちらも候補生の端くれだ。

 まず、一人目のナイフをシャスティは叩くように強く斬り、男の一人を武装解除させた。シャスティは華麗に身をひるがえし、続いて二人目の男のナイフを斬りつける。

 重たい反動で、男は一歩二歩と後退した。


「ッチ!」 

「これで……っ!」


 シャスティが剣を構え直したその直後だった。


「そこまでだ! この女がどうなってもいいのか!」


 男の声が、シャスティの動きをピタリと止める。

 女の子の母親が、痛々しく髪を持って顔を持ち上げられ、喉元にナイフを突きつけられている。

 完全にこちらのミスだ。いくら切羽詰まっていたと言っても策も考えず、ただ力で制圧しようとした、こちらの――。

 それに気づいた頃には、もう遅かった。


「そんなっ! やめて!」


 シャスティは叫んだが、男は面白く笑っていた。


「ほら、剣を捨てろよ」

「……っ!」


 打つ手は、なにもなかった。

 シャスティは悔しく唇をかみしめながら、剣を足元に落とす。こうしないと、あの人たちが……。 

 床に落ちた剣の金属音が、静かな下町に響いていた。


「やったぜ!」

「ははは! 思わぬ収穫だ! 一緒に来い」

「い、いや……」


 シャスティは首を横に振って逃げようとするが、男の方から歩み寄って来る。

 奥の女の子が、まるで全てに絶望したように、視線を落としてしまっていた。

 こんなところで、悪人にも勝てずに、成す術もない自分の不甲斐なさ……。そして今も、恐怖で足がすくんでしまっていた。 

 男の手がシャスティに触れるその直前――。


「待て!」  


 背後から、何者かがけて来た。

 シャン、と腰から鋭い剣を抜刀し、シャスティの目の前まで迫って来ていた男の目の前を、居合切りする。


「ぬお!?」

 

 男は驚いて、尻餅をついた。

 シャスティの目の前に立った長身の男性は、なんとシャスティが通う騎士学園の教官だった。身体は充分に鍛えられていると、後姿でもわかる。


「人攫い……。そんなことをやってる暇があるんだったら、魔物を倒して金でも稼いだらどうだ」


 教官は剣を片手に、男たちに斬りかかる。

 凄い……。

 さすがは数多の生徒に剣術を教える教官だ。余裕そうに、教官は男二人を蹴散らす。その場にへたりと倒れこんでしまっていたシャスティは、騎士の教官がまるで雲の上の存在のように、見えてしまっていた。

 

「クッソ! こうなったら子供だけでも良い! 逃げるぞ!」


 教官の圧倒的な強さを前に、男たちは打って変わり、逃げ出そうとする。


「待て!」


 教官はすぐに後を追おうとしたが、男たちは煙幕をいていた。教官は顔を覆いながら後退して、悔しそうに白煙の先を見つめていた。

 やがて剣を腰の鞘に収めると、


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……。助かりました……」

「君は……騎士学園の生徒か?」


 シャスティの剣を広い上げ、教官はそれを手渡して来る。


「は、はい。シャスティ……です」


 シャスティは剣を受け取ってから、自分の脚で立ち上がった。あまり優等生ではないので、声を大きくできない……。

 そして、勇んで少女を救おうとしたが返り討ちにあってしまい、結局助けてもらい、情けない気持ちでいっぱいだ……。

 教官は続いて、娘さんを攫われてしまったお母さんの方へしゃがんでいた。縄をほどき、猿ぐつわも外す。


「ありがとう……ございます」

「いえ……申し訳ありません。娘さんを、取り戻せませんでした……」


 教官は深々と頭を下げていた。


「教官。すぐに男たちを追いましょう!」


 今ならまだ間に合うはず。

 シャスティが意気込んで言うが、教官は険しい表情だった。


「いや……駄目だ」


 重たく首を予期に振る、教官。


「え?」


 まさかの否定の言葉に、シャスティは思わず自分の耳を疑っていた。


「まずは城に行き、そこに犯罪者届を出す」

「でも、それじゃあ間に合わないですよ!」


 シャスティが足を一歩踏んで、訴える。

 だがそれでも、教官は首を横に振っていた。


「それがこの国のルールだ。俺だっておかしいとは思うが、国に忠誠を誓う騎士だ。守らなければならん」

「見捨てるんですか……」

「見捨てるわけじゃない……。ただ、優先して行わなければならないことがあるだけだ……。人攫いは今時珍しくはないし、貴族の方が件数は多い。そして、何より優先されるのは魔物の討伐だ」

「貴族優先……。魔物討伐……」

「わかってくれ。それがこの王国の現状だ……」


 国の事に関してまず優先されるのは、貴族街の住人、すなわち貴族である。下町で人が攫われたとしても、貴族街で魔物討伐の依頼が起こったら、そちらが優先されることだろう。

 そして、この世界コズモ・ミールでははるか昔から続いて来た終わりの無い、人外生物殲滅論じんがいせいぶつせんめつろん。それは人に害なし、人ならざる魔物をこの世界から根絶やしにする事である。


「今回のことは王城に私から伝えておく。ご苦労だった」


 ――ここで安易に引き下がるなんて出来ないっ!

 シャスティは立ち去ろうとする教官の前に立ち、訴えるように胸に手をあてて言う。


「お願いします教官! 今すぐ動けば間に合います!」


 教官の男性は微かに目を見開いたが、次には悔しそうに、顔の角度を落としていた。


「……王国は今さまざまな問題にひんしている。……今、下町の市民に気を使えるほどの余裕はない」

「だったら、ギルドに向かいます! そこから冒険者へ依頼を出す形なら!」

「止めはしない。だが、あまり期待はするな……」

「行ってきます!」


 教官の態度に少々苛立ちを覚えつつも、シャスティは王都にある冒険者ギルド本部へと向かって行く。

 教官は去りゆくシャスティの背を視線だけで追いかけつつ、呟いていた。


「昔、君によく似た生徒がいた気がするよ……」

 

                 ※


 夕日は、王国の巨大な門の先へと沈みかけている。

 ロ―ウェントの妹エルミィは、バー・トワイライトの二階の居住スペースにて、勉強していた。勉強机の上に開いている参考書の内容は、医学。

 下からは相変わらず、酒場の若きオーナーであり、兄のロ―ウェントが、二人の従業員と言い合っている声が聞こえる。おおかたフウラがロ―ウェントに抱き付いたり、レオナルドがさぼったりしているのだろう。


「こらフウラ! お客さんの前でハグをしようとするなっ!」

「フウラとロンの間の、愛情の再確認です!」

「しないでいいよ!? ……って、レオもちゃんと働いて!」

「あーすいません。ってかもう全体的にムカつくんで帰っていいッスか?」

「全体的!? なんで逆切れ!? 君たち遅刻したんだよ!? 小遅刻ならともかく大遅刻なんだよ!?」


 集中できない……。


「小遅刻と大遅刻ってなによ……」


 エルミィは微笑みながら大きく伸びをする。

 兄ローウェントは自分と違い、運動も勉強も得意なほうではなかった。いまいち冴えない顔に、少しマヌケなところも負の印象に拍車をかけてしまっている。

 だが――。

 

               ※


『――俺、騎士学園をやめるよ。やめて、父さんの店を継ぐ』

 

 父親が帰らぬ人となった数か月前、母親とロ―ウェントが対談しているのを、エルミィは聞いてしまった。


『何言ってるの……。――駄目よロ―ウェント! 学園はちゃんと卒業しなさい!』


 残された母親は安静が必要な病気で、今も病院のベッドの上で毎日を過ごしている。しかも、まだ有効な薬が発見出来ていない、王国では不治の病だ。


『ううん……。悔しいけど努力しても結局俺は勉強も運動も駄目だし、騎士にはなれそうにない。父さんの店を継いで、お金を稼いで、エルミィの夢を助けることにするよ。母さんの、いやこの街の人の為にも、まだ薬も発明されてない病気を治す医者って夢』


 エルミィは耳を疑っていた。

 ロ―ウェントの子供の頃からの夢は、騎士になることだったはずだ。それを、私の為に……?


『ロ―ウェント……。でもあなたの騎士になる夢は……』

『……俺は大丈夫だから。自信はあるわけじゃないけど、下町のみんなの為にも、絶対にあの店は潰させない。従業員の、為にも……』


 ――馬鹿……。

 エルミィは壁に寄りかかって、しばし呆然としていた。父親が亡くなって、喪失感が残る中、兄の決断は早かった。もちろん兄は父親が嫌いだったと言うわけでもなく、嫌いだったら父親の残した店など継がないだろう。

 こういうところの兄の決断力の強さと早さは、自分にはないところだとエルミィは思った。


               ※


「馬ー鹿。私も頑張らないと……」


 相変わらず下では、ロ―ウェントと今日シフトである二人の従業員のドタバタが続いている。もし何も知らない自分が一般客として来たら、引いて帰ってしまうことだろう。


「お客さんいないし、一緒に遊ぼーロンっ!」

「店のオーナーを前にして堂々と遊ぼうとしちゃダメだよ従業員!」


 ただ、エルミィの耳には、なぜかフウロとロ―ウェントとのやり取りのほうが、いつも強く耳に残るのだった……。


「いらっしゃいませ!」


 ロ―ウェントの元気な声が聞こえた。

 また店に、誰かお客さんが来たようだ。ロ―ウェントは相変わらず今日も、そのお客さんに真面目に業務を行うのだろう。

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