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トワイライト酒場営業記   作者: 相會応
序 新米騎士のバイト面接
2/12

2

 学園の授業が終わる合図である、鐘の音が鳴り響く。合図とばかりに一斉に鳥が飛んでいく窓の外の景色は、綺麗な夕暮れ。黄色い太陽が、王国の象徴である城に影を作っている。

 その日、制服姿の女子――シャスティはオリエンソール王立騎士学園の廊下を歩いていた。黄昏時の空のような綺麗なだいだい色の髪が特徴的で、王国騎士を養成する学園では少し目立つ、可愛らしい容姿をした若い少女だ。


「うう……っ」


 シャスティは瞳に涙を浮かべ、口をきつく結びながら、学園の廊下をすたすたと歩いている。

 教室の名からは、そんなシャスティに向かって手を振る同級生少女が二人ほど。


「シャスティ……どうしちゃったの……?」


 まあ大体は想像つくケド、と言うような友達の目が、シャスティには余計に心に刺さった。


「しー。……また魔物に負けたらしいわよ……」

「わーお……」

「そこ、聴こえてるから!」


 シャスティは泣き顔のまま、友達二人に歩み寄っていた。


「入学したとこから断トツで戦闘訓練ペケだったもんねー」

「うああああああ聴こえないーっ!」

「雑魚魔物相手にズタボロだったし、はっきり言うと……」

「はっきり言うと……?」

「「騎士の才能なし」」

「うえ……うええ……」


 文字通りボロクソに言われ、シャスティは落ち込んでしまっていた。座学が特に秀でていると言うわけではなく、身体を動かすは得意であるが。


「魔物を斬れないんじゃ、騎士なんて夢のまた夢なのは分かるけど……」


 シャスティは呆然と、ため息を一つする。

 明確な弱点と言うべきか、一六歳のシャスティには魔物を倒すことが出来ないでいた。戦闘訓練用に用意されたどんなに弱い魔物も、こちらに怯えるその姿を一目見てしまえば、シャスティは同情してしまって剣を振り下ろすことが出来なくなるのが。教官にはそれで何度も怒られている。

 ――そしてさらに。シャスティは現在、絶体絶命の状態におちいっていた。


「このままじゃ本当に仕送りが止められる……。て言うかもう確定的……」


 うむむ、と悩ましげにシャスティは唸る。

 シャスティは王都の華やかさとは程遠いような、貧しい村出身だった。そこに住む両親から、決して安いとは言えない騎士学園の学費を出してもらっていたのだ。

 しかし今回のテストの出来次第では、両親からの仕送りが止められてしまう可能性があるのだ。それに対し、シャスティは自分が不甲斐ないのをただただ認めるしかないと言うのが、現状だった。

 

「魔物斬れないんじゃ、どうして騎士団に入ろうとしてるのさ?」


 シャスティと同じく腰に剣を携える女子生徒は、のほほんといてくる。


「給料良くて両親に楽させてあげられるのもあるけど……やっぱ、人助けかな」


 シャスティは少し恥ずかしそうにだが、胸を張って言い切る。

 シャスティには夢と目標があった。

 騎士となって大成し、貧しい家の両親を安心して暮らせるようにさせたいのだ。この世界では、騎士は立派な職業であった。なにも騎士は戦争の為に駆り出される軍隊だけではない。王国民の困りごとを聞いてやり、人々の為に奉仕するのも立派な騎士の務めのはずさ。


「どうすんのさシャスティ……」


 同級生女子が聞いてくる。

 だが現実、問題は深刻だ。今は遠い未来の事より、近い明日の事を優先して考えねばなるまい。


「えーっと……」


 手は、打っていた……一応……。

 夢を叶える為に、シャスティが考えたのはアルバイトだった。もちろん剣技の修練や、勉強も欠かさない。ただこのまま減らされた仕送りで、騎士学園から去らねばならない事態になることは、どうしても避けなくてはならない。ただし両親にこれ以上の苦労はかけたくない……。

 そんな末に下した決断が、バイトである。

 ただ……騎士がバイトするなど、聞いた事はない……。学園に許可は貰ってはおらず……どこか恥ずかしくて、シャスティは友人にバイトをするとは、言えなかった。


「じゃあ、私ちょっと行ってくる!」

「行って来るって、どこに?」

「内緒!」


 この事実は、友人には内緒にしておかなければ、ならない。

 遠くで訓練の為に容赦なく倒されていく魔物の悲鳴を聞きながら、シャスティは学園の敷地の外へ出る。


「やっぱ、市民街から下町に来るとなんか落ち着くんだよね……」


 シャスティは王都城下町から下町までやって来た。整備されたタイル床に、迷路のように広がる木造建築物の数々。明るい色合いの建物が多くあり、陰湿な雰囲気もない。

 王城付近の貴族街に住む上流階級の人は、下町を薄汚い呼ばわりして毛嫌いしているようだが、シャスティはむしろこの雰囲気が好きだった。人と人が手を取りあっている姿……住民同士の仲がとにかく良さそうなのだ。それは中心街の方で感じる、どこか忙しない空気とは違い、のんびりとした故郷を思い出させてくれる。


「ええっと……。バー・トワイライト、か……」


 下町に軒を構える、小さな酒場。

 シャスティがこの店を選んだ理由は、まず下町にあったと言うこと。

 上記もあるが、何より騎士学園の顔見知りに知られたくはなかった。そこで酒が飲めるようになる二〇歳より未満が訪れないような、尚且つ下町にある酒場と言うことで、このトワイライトが白羽の矢に立った。ちなみに募集は皿洗いや掃除だろうか、未成年でも大丈夫とのこと。

 続いて、夜間の時給が異常に良いこと。

 学園の都合もあり、シャスティがバイトのシフトに入れそうなのは基本的に夜間だった。基本的に王都のどこのバイトも夜間の時給はよかったのだが、このトワイライトだけはずば抜けていた。ほぼ毎日入れば、学費がそれこそまかなえるはずだ。

 ――だが、やはりシャスティも年頃の女子。夜間の高時給と言うことで、最初は怪しんでいた。

 そこで前に変装して店に偵察ていさつしに行ったところ、店の中で見えたのは、シャスティをある意味ほっとさせるものだった。

 穏やかな雰囲気の中、カウンター内にてツインテールの可愛らしい女の子に怒鳴られ、ぺこぺこと頭を下げている、黒髪の気弱そうな゛男性アルバイトと思わしき人物゛。

 ……正直ちょっと状況はよくわからなかったけど、あの店の中で女性が強い、と言うことがわかった瞬間である。

 

「それにしても、偶然にしては出来過ぎてるかなぁ……。まあ、いいけど」


 なんにせよ、トワイライトのバイト募集はシャスティにとって思いがけない幸運であった。

 やがてシャスティは、王都内を至る所に流れる川沿いに建っている、トワイライト前までやって来た。

 外からの見た目はシンプルな二階建ての宿屋の様、と言ったらいいか、窓には緑の観葉植物が置かれており、外の下段にも雰囲気が良い明るい色の花が植えられている。

 初めての面接だけど落ち着いて……私。

 シャスティは、ドアの前にて一つ深呼吸をしてから、トワイライトに入店した。かららん、とドアベルが音と立てて鳴る。


「いらっしゃいませー」


 カウンターに立っていたのは、同い年と思わしき女の子が一人。可愛らしい風貌の、ツインテールの女子だ。

 シャスティはぺこりとお辞儀を返してから、店の内装を見渡す。――従業員の女の子は少し怪しげに首を傾げていた。

 内装は酒場、と言うよりはお洒落なカフェのようだった。中心街の酒場は、これより大きく常に物が散乱していると言った状態だが、この店はきっちりと掃除が行き届いている。

 シャスティはカウンターの女の子従業員の前まで歩いた。


「あの、バイトの応募をした、シャスティです……」

「あああなた? 上の事務室ですよ」


 年下のはずだが少し大人びた対応で、女性店員はカウンター横の階段を指し示す。


「は、はい」


 シャスティは軽く深呼吸をし、示された木製の階段を上って行く。


「……ふーん」


 手に持っていたぺんを口の横に添え、店員の少女が通り過ぎるシャスティの後姿を見送っている。

 木製の手すりに壁には絵が飾られてあり、やはりどこか落ち着きはした。

 階段を上りきると、すぐ事務室があった。更にその奥には、生活スペースらしき部屋が何個かあるようだが、シャスティは事務室の前で立ち止まり、もう一度深呼吸をする。

 ――確か第一印象は元気よく行けと、王都の本屋で買った雑誌に書かれていた。

 面接の時刻まで、十分前……。少し早いけど、印象はいいよね……。

 シャスティが決心を固めたまさにその直後、事務室の方からドアが勢いよく開けられた。


「えっ?」

「――とうとう来ないって完全に舐めてるな!? これ!」


 事務室の中から慌てた素振りで飛び出て来たのは、自分と同い年くらいの黒髪の少年バーマスターであった。


「す、すいません十分前に来てっ!」

「えっ!?」


 早く来たのに怒られたと思って顔を必死に下げるシャスティと、ドアを開けた目の前に立っていた少女に驚き顔を上げるローウェント。それが、王都オリエンソールの下町に佇むトワイライトでの二人の出会いであった。

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