第6話 頭から色々
朝になった。毎度ながらダンジョンに昼も夜も無いんだが。
ベッドから起き上がり、洗面台で顔を洗ってタオルで拭く。
うん、さっぱりした。
朝食をとるためテーブルにつき、上に乗った宝箱を見る。
その材質は暗い色をした木材で、薄い鉄板で要所を補強されている。大きさは両手でなんとか抱えられるくらい。
「宝箱先生、食事をお願いします」
俺が言うと、ひとりでにパカッと蓋が開く。
中には皿に盛られた魚料理と、カップに入ったスープ、そして握りこぶしほどのパンが数個入っていた。
食事はいつもこの宝箱から出てくる。不思議だった。まさしくイリュージョン。
朝食を終え、食器を洗って良く拭きあげ、宝箱に戻してパタンと蓋をする。
「宝箱先生、ご馳走様でした」
食事の後は洗面台で歯を磨いてうがいをする。改めてよく見ると、部屋の中にはフロウに要求して出してもらった品が一杯だ。
コストについては良く知らないが、大丈夫なんだろうか?
言うなれば、家計を圧迫しているようなことになっていないだろうか?
部屋から出た俺は、その点をフロウに聞いてみた。
「フロウ、俺が頼んどいてなんだけど、コスト大丈夫なのか?」
〈問題ありません〉
「ダンジョン維持にもコストが掛かるんだろ? 本当に大丈夫か?」
俺はフロウからダンジョン施設や配下モンスターの維持にもコストが必要だと聞いていた。
どのくらい必要なのかは知らないが、足りなくなったら大変なことになる気がする。
〈ラントが心配することではありません。累計で見ても、ラントから得られるコストの方が多いのです〉
「俺からコスト?」
〈私も意外だったのですが、ラントは自律システムに侵入者と判断されていたのです〉
「はい!?」
〈通常の場合、召喚によって現れるのはモンスターに分類されるものだけで、人間が召喚されることはありません。何らかのトラブルで人間であるラントが喚ばれたわけですが、召喚された以上は私の配下であると認識していました。ですがダンジョンの自律システムは、ラントが人間であるため侵入者であると判断していたのです〉
ゴブリンキングを召喚しようとしたら俺が喚ばれたから、何かがバグっておかしなことになったのか。
「その自律システムというのはどういうものなんだ?」
〈私が直接には管理していないシステムです。例えば罠ですが、配下には作動せず侵入者にのみ作動します。これが自律システムです〉
俺が落とし穴に落ちたのはそのせいだったのか!
〈罠については私の直接管理に切り替えたので心配ありません。しかし侵入者を感知するシステムは中央コアの管理下です。中央コアに要請はしましたが、システム変更はされませんでした〉
「すると……俺は侵入者と認識されたまま?」
〈そうです。しかし中央コアはラントを私の配下としても認識しています〉
やはりバグか……。中央コアはかなり高度なシステムだと思ってたが、この融通の効かなさからするとそれほどでもない?
〈話が逸れましたね。コストについてですが、ダンジョンに侵入者があるとその状況に応じてコストを得ることができます。私の場合はコアフロアまで侵入された状況にあり、それが継続されているため一定時間ごとにコストを得られています〉
「その侵入者ってうのが……」
〈ええ、ラントのことです〉
なんというバグ。しかしこのダンジョン的には有利なんじゃないか。
どの程度のコストかは知らないが、俺がいるだけでコストが入るのならラッキーと考えるべきだ。
しかし人間に侵入されるとコストが得られる仕組みだと? ダンジョンの維持管理にはコストが必要で、コストを得るには人間に侵入される必要がある。それじゃまるで……。
「侵入した人間から得られる利益ってなんだ? コスト以外で」
〈コストだけです。他にはありません〉
やはりおかしい。コストなんて形の無いものを得て、それでどんな得がある?
中央コア……こいつが鍵か。フロウを問い詰めたところで無駄な気がする。
「要するに、俺は人間で侵入者扱いだから、常にコストを得られていると」
〈ラント。言いましたが、侵入者と認識しているのはシステムだけです〉
「分かってる。俺はフロウの配下なんだろ?」
いくらかの不安は残る。新たな疑問もある。
しかし最優先なのは、生き残るために努力することだ。今日も気合いを入れよう。
「よし! コストの心配も解消できたし、トレーニングだ!」
〈そのトレーニング方法ですが……そろそろ危険だと判断します〉
「危険? グラビティはそれほど威力が上がってないし、まだまだ自分に掛けていても大丈夫だよ。心配いらないと思うけどな」
〈ではラントの判断に任せます。ただし十分に注意してください〉
確かにグラビティの威力はどんどん上がってきている。でもさすがに潰れるほどじゃないし、余裕で耐えられる。
少しなら歩くことだってできるのだ。
俺は意識を集中し、高重力をイメージした。
「グラビティ!」
途端にのしかかるような重圧がやってくる。
威力が2Gを超えてからは、明らかな立ちくらみの症状が出るようになってきた。
しかし耐えられる。頭から血が引いて視界が暗くなるが、少し耐えていれば視界は元に戻る、はず……。
あれ? 暗く……。
気がつけば仰向けに寝ていた。なんだこれ? 頭が痛い。
うっ……マジで痛い。
〈眼を醒ましましたか。動いてはなりません〉
すぐ横に少女がいた。緑の髪に緑の瞳。
エメラルドの妖精みたいな、そんな少女がすぐ横で正座して、無表情な顔で俺を見ている。
「フロウ……なんで?」
俺はなぜこんな状態なのか、なぜフロウがこの姿なのか。記憶に連続性がないようで、なかなか思い出せない。
〈グラビティを自分に掛けていて倒れたのです〉
ああ……思い出した。
そうか、あれがブラックアウトというやつか……。
するとこの痛みは、倒れた拍子に頭でもぶつけたのか。
広間の床は石畳になっているから、そりゃ相当に痛いはずだ。
〈倒れた時、あなたの体重は3倍近くになっていました〉
げ……。そんな状態で倒れて石畳に頭をぶつけたら……。
「なあフロウ、結構頭が痛いんだけど、俺の頭どうなってるのかな」
頭が異様に痛くて起き上がるのが恐い。フロウのひざ元まで広がってる赤いのは、もしかして……。
〈ラントの頭ですか? 割れて白いのと、赤いのが出ました〉
ちょ……。
「そ、それは……今も?」
頭から赤いのはともかく、白いのが出ちゃまずい。確かめようと手を伸ばし……すぐ引っ込めた。
もし白いのに触ってしまったらえらいことだ。というか、触らなくても死ぬよな? え、俺死ぬの?
〈今も出てますね〉
「ぐはっ……」
〈ポーションをかけておきましたが、効きが悪いようです。念のためもう一度言っておきますが、動いてはなりません〉
「……な、なあフロウ。俺……どうせ死ぬなら頼みがあるんだけど」
〈拒否します〉
……ついに見離されたか。それも仕方ない。
痛いけど、それほど苦しまずに逝けるといいんだが。この少女に看取ってもらえるのなら、まだ幸せか……。
〈――ですが、聞いておきましょう。何が望みでした?〉
「あ……ひざ枕。ひざ枕をして欲しかったんだ……」
〈頭が割れているのにですか? 理解に苦しみます〉
そうだよな。なに言ってんだろ俺。
「ごめん。考えたら、フロウが血で汚れるな……。あ、最悪白いのまで付いちゃうか……」
〈そういう問題ではありません。少し黙っていなさい〉
フロウが立ち上がり、俺から離れていく。
あ、視界が暗くなってきた……いよいよ駄目か。
…………。
――あれ? 意識を失ってた?
すぐ目の前にフロウがいて、俺を見下ろしている。
〈どうやらハイポーションは効果があったようです〉
「フ、フロウ……」
〈どうしました?〉
「えっと……何してるんだ?」
〈ラントの頭を私のひざの上に乗せています。この状態がひざ枕だと認識していましたが、違いますか?〉
「い、いや、それで合ってるけど……フロウは拒否してたよな?」
〈ラントは、死ぬのならと言いました。更に、頭が割れている状態ではこのような行為は出来かねました〉
「えーと……」
どういうこと? ハイポーション……もしかして頭が治ったとか?
「俺の頭……もう割れてない? 白いの出てない?」
〈赤いのも白いのも出ていません〉
おお……!?
まさか治ったのか? ハイポーション恐るべし!
安心感から大きく息を吐き、フロウの膝の上から頭を動かそうとした。しかしフロウはそれを両手で押しとどめ、スッと眼を細めて言った。
〈少し話があります〉
「は、はい!」
なにこの既視感。
また怒られるんですね、そうなんですね、わかります。ああ情けない……。
フロウにひざ枕されながら説教され、俺は己の不甲斐なさを嘆く。だけど……フロウのひざ枕は気持ちがいい。だから思ってしまう。
もうしばらく説教してくれないかな、と。
主人公は段々強くなる予定です。肉体的には当分弱いままと思われますが。