第5話 熟練度上げ
ここに来て何日かが過ぎた。ダンジョンには昼も夜もないので、日時の感覚が段々と麻痺していくようだ。
フロウとはトイレでの一件のあと、よーく話しあった。あのゲルスライムを利用したトイレは、俺の心に深いトラウマを刻み込んでいる。まさかあんな……。
もう思い出すのは止めよう。
そんなわけで、広間に隣接された俺の部屋には普通のトイレが設置されている。ベッドと照明もある。風呂まで追加された。
細かな生活必需品も要求し、最低限文化的な生活は確保されたと思う。
こうした設備はどこから来るのだろうか。
フロウに聞いたら、中央コアにオーダーすれば大概のものは手に入るそうだ。それも、オーダーしてからいくらも経たずに設置されている。
中央コア恐るべし。大手通販もびっくりの便利さだ。
銃とか手に入るだろうか? 銃があればかなりの戦力アップになるはずだ。
あまり期待せずフロウに提案したところ、簡単な武器以外はコストが高いから無理と言われた。やっぱり……。
まあそんなに都合よくはいかないだろうと予想はしていた。
それでも入手可能な品揃えに銃まであるのかよと突っ込みを入れたら、この世界には無いと言われた。銃を持った奴らと戦わなくてすむというのは朗報だ。
とはいえ魔法のある世界なので、どちらが厄介なのかは今のところ評価しがたい。
様々な設備や物資をフロウに頼んで揃えてもらったのだが、中央コアへのオーダーは無料ではない。
風呂やトイレの設置コストが気になったが、恐る恐る聞いてみたところ、そんなに高くはなかったそうだ。
うーむ……どんな基準なんだろう?
広間からの外出禁止についてだが、まだ解かれていない。
俺はここで日夜トレーニングに励んでいる。
魔法の熟練度を上げるには回数をこなす必要があるのだが、連発すれば良いというものではない。
連発していると熟練度の上がりが鈍くなる。
連発による負荷で思考力が大きく低下した状態だと、熟練度はほぼ上がらない。
効率的に熟練度を上げるには一発撃つごとに時間を空け、なるべく集中してイメージすればするほど良い。
ただ連発するだけでいいのならMPのある限り連発したのだが、それではダメなのだ。
フロウによれば魔法を使用することによる脳への負荷は、熟練度が上がるにつれ下がっていくという。
これは電流においての抵抗と同じようなものだと解釈している。抵抗が減れば減るほど回路への負荷が少なくなり、クールタイムが短くなっていく。
たぶん魔法を使うにつれ魔力回路の配線が太く成長するとか、そんな感じなのだろう。
ということで、今も俺はグラビティを使ってはクールタイムを置くという作業を繰り返している。
この広間にいる限り魔力回復速度は三倍になるそうで、ここは熟練度上げに最適な場所だ。
今のところは魔力が回復する速度よりクールタイムの方が長い……つまりMPが全回復しても、次の魔法までいくらか待つ必要がある。
しかしいずれは魔力回路が成長し、クールタイムの方が早く終わることになりそうだ。
さて、またクールタイムが終了した。再び十分に意識を集中してイメージを固める。
グラビティを使う場合、このイメージを固めるという部分が初期の頃と比べるとだいぶ楽になっている。
なにしろ高重力状態というのを実際に味わうのだから、イメージもしやすい。
「グラビティ!」
俺は自分を対象としてグラビティを発動した。
途端に高加速エレベーターに乗ったような体の重さに襲われる。重力を加速圧として感じているのだ。
グラビティは対象の重さを増やすとあったが、体感では体重が増えるというより見えない力で押さえ付けられていると感じる。
〈だいぶグラビティの効果が上がりましたね。重さが2倍近くになっています〉
「これでも2倍……まだそんなものなのか……」
重力2倍なら、良くある表記で2Gということだ。
体感している重力に比べ、数字にするとたいしたことないように思える。
〈初期からすれば飛躍的に向上しています。しかしこのままだと……〉
「ああ、この程度じゃまだ使えないな……。早く戦闘で使えるレベルにしないと」
〈いえ……グラビティを自分に掛けるという熟練度の上げ方は予想外でした。身体に掛かる負荷を懸念しています〉
予想外か……。確かに自分に掛けるなら回復とか強化の魔法が普通だと思うけど、イメージを掴むにはこれが最適だ。
さすがにファイヤーボールみたいのは、自分に掛けるわけにはいかないだろうけどな。
「まだ持続時間は短いし、このくらいの負荷なら問題ないよ」
持続はせいぜい30秒だ。重力が歩くのも困難なレベルに大きくなれば危険かもしれないが、その場合は座るか仰向けに寝た状態で使えばいい。
あ、グラビティが切れた。
「ふう……」
重圧感から解放され、体が浮かび上がるような感じがする。これが少し気持ちいい。
〈このままグラビティに絞って強化するのですか?〉
「当面はそのつもりだけど。クイックは10秒しか持たないし消費MPも多いから、使い勝手から見ればグラビティだろ?」
固有時間加速魔法クイック。時間の流れに干渉するこの魔法は、グラビティよりずっと成長が悪い。
たたでさえ消費MPが多いのに、クールタイムも長い時間が掛かるのだ。
〈そうですね。グラビティのほうは時間さえあれば十分な強化を期待できそうです〉
「ああ、確かに時間があれば……だな」
熟練度上げには自分でも手応えを感じている。
グラビティは戦闘で頼れる魔法に育つだろう……しかしそれも、育てる時間があればの話だ。
それまでに侵入者が来ないとは限らない。
「ここが見つからないように、短い間だけでもダンジョンの入口を塞いでおくとか出来ないのか?」
〈それは規定に反します。ダンジョンは最低ひとつの入口を、隠すことなく持たなくてはなりません〉
そんな所だろうと予想はしていたが、はっきり断言されてしまった。
「その理由は?」
〈ダンジョンは、侵入者を拒んではならないからです〉
やはりそうだ。中央コアより生まれる数多くのダンジョン。その内部には宝箱があるそうで、俺は見てないがこのダンジョンにも宝箱があるらしい。
その宝やダンジョンコアを求め、侵入者がやってくる。まるでわざと招き寄せているようだと思っていたのだ。
ダンジョンは何らかのルールに縛られている。
恐らくは、侵入者に対して有利になりすぎないように。
フェアというのもおかしな話だが、それによって侵入者を誘っているのだろう。
フロウもまた規定に縛られ、疑問に思うこともなく従っているのだろうか。
「フロウは……死ぬのが恐くないのか?」
〈その質問は前提が間違っています。私は生きているわけではなく、存在しているだけです〉
「言い方を変える。破壊されることは恐くないのか?」
〈残念には思いますが、恐いとは思いません〉
「なら、フロウが残念に思わなくて済むように頑張らないとな」
フロウとは、機械知性に近いものなのかもしれない。
人間らしい感情がほとんど見当たらないし、死の概念もデータでしかないのだろう。
でも声は女の子。少ししか見れなかったが、姿も女の子。
なら、紳士として当然守るべき存在である。
〈なら、私もあなたが……〉
ん? フロウが言いよどむのは珍しいな。
〈……そういえばまだ、名前を聞いていませんでした〉
「そうだっけ?」
思い返せば確かに名乗った記憶がない。
「じゃあ嵐兎、ラントって呼んでくれればいいよ」
〈分かりました。では私もラントが残念に思わなくて済むよう頑張りますね〉
…………。
〈どうしました?〉
いや、言えないだろう。少女の声でそんな事を言われ、ちょっと感動してしまったなんて……。