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第3話 フロウ


「おっぱ……」


 壁に向かって恥ずかしい言葉を連呼していた俺は、しばらくしてふと我に返った。


「…………あ、あれ?」

〈終わりですか?〉

「う、うん……こんなところで勘弁しておくか」

〈なにを勘弁するのです?〉

「強いて言うなら……揺れるふたつの悪……」


 いかん、なにを言ってるのか自分でも分からん。

 まだ頭がおかしい……少し落ち着かないと。


 すー、はー……。


 しばらく深呼吸して落ち着いてきた俺は、床に座り込んで自分に起きた異常について考える。

 直前にグラビティを連発していたことから考えるに、どうやら魔法の連発か、MPの使い過ぎが問題だったようだ。

 恐らくは著しい判断力の低下、集中力の欠如などといった症状が起きたのだろう。


 MPが少なくなりすぎたせい……ではないな。なにしろ元々はMP0のステータスだったわけだし。


〈先程から言動が理解できません。質問です。揺れるふたつの悪とは何のことですか?〉

「うっ……な、何のことかな……。俺、なんか言ってた? 頭が混乱して思い出せないな……」

〈そうですか……。その混乱は、慣れない魔法を連続で使用したのが原因だと思われます〉


 やはりそうか。察するに、魔法の連続使用で脳に負荷が掛かったわけだな。

 となると、魔法はクールタイム的なものを考えて使う必要があるということか。


 それにしても、恥ずかしいところを見られてしまった……。

 もし実在する女の子にあのような奇行を見られたら、俺の紳士な人生にレッドカードな事案である。


 見ていたのがダンジョンコアであろうと、イエローカードくらいは出たかも知れない。

 相手は人間ではないとはいえ、女の子の声で語りかけて来るのだ。俺の脳内イメージでは実在する少女と会話しているのとたいして変わらない。


 ダンジョンコアか……。この子と会話するのに毎回ダンジョンコアって呼ぶのも面倒だし、ここはひとつ提案してみよう。


「あのさ、ダンジョンコアっていうのは長くて呼びづらいから、他の呼び方でいい?」

〈会話の効率性の問題ですか? それならコアとでも呼びなさい〉

「そんな呼び方じゃあ何だか……物と話してるようで味気ないだろ?」

〈それのどこが問題なのか、理解しかねます〉


 こうした受け答えをする所は機械みたいだと思うけど、声だけ聞けば女の子だしなぁ。コアなんて呼ぶのは無機的な感じがして嫌なんだよ。


「君に名前をつけてもいいかな? そうすればきっと呼びやすくなるし」

〈それで問題が解決するなら、あなたの好きにしなさい〉


 了承してくれた。それなら是非、女の子らしい名前をつけてしまおう。

 綺麗な薄緑色に明滅するのを見て、ずっと思ってた。蛍みたいだって。

 蛍石、フローライト。それから取って……。


「じゃあ……フロウなんてどうかな?」 

〈…………〉


 あ、無言。もしや気に入らなかったとか。


〈――わかりました。これより私のことはフロウと呼びなさい〉


 うーん、気に入ったのか気に入らないのか、そもそも気にしていないのか……まったくわからない。

 しかしそれでも、これで俺的には実在の少女と会話しているという幻想に近づける。

 フロウは女の子、女の子。俺、寂しくなんかないぞ! 女の子と一緒!


「じゃあフロウって呼ばせてもらうよ。それで色々聞きたい事があるんだけど、フロウってどうやって生まれたんだ?」

〈中央コアから生まれました。すべてのダンジョンコアは中央コアより生まれます〉


 すべての? ダンジョンはここだけじゃないってことか……。


「ここみたいなダンジョンは結構多い?」

〈最も多いのが私と同じ浅い階層のダンジョンです。深い階層のダンジョンに成長するにつれ、その数は少なくなっていきます〉

「成長するのか……。浅い階層ってことは、もしかしてこのダンジョンは生まれたばかり?」

〈その認識で合ってます〉


 まずいな……。生まれたばかりのダンジョンなんて、見つかったらすぐに攻略されてしまいそうだ。

 ダンジョンを守るモンスターはゴブリンだけか? 奴らは普通に弱いザコってイメージしかないが……。


 いや、たとえザコでも俺より強いんだったな。

 ザコより弱いフロアガーディアンってどんだけ……。


「じゃあ、少し腕のたつ奴とか来たら危険じゃないか?」

〈ここは小さな村からも離れた森の中なので、その可能性は低いと言えます。新たなダンジョンは、いきなり大都市のような危険な場所には生まれません。あまり人の来ない場所で生まれ、静かに力を蓄えるのです〉


 なるほど……そういうことならいきなり勇者みたいな奴らが来ることはないだろう。

 来るとしたら猟師とか、茸や山菜取りの村人あたりか。

 そのあたりが相手ならゴブリン先輩でも十分撃退できそうだ。


「さっき階層って言ってたけど、このダンジョンはどのくらいの階層があるんだ?」

〈地下2階層です〉


 2階か……。確かに浅いな。


「戦力は、やっぱりゴブリンとか?」

〈モンスターの配置については1階層にスライムが20匹、2階層にはスライム10匹とゴブリンが4匹配置されています〉


 まず1階層のスライムはザコ中のザコだろうな。

 ゴブリン4匹は……微妙。モンスター戦力はそれだけか……あとはダンジョンの広さと構造が気になるな。


「ひと通りダンジョンの中を見て回りたいんだが」

〈フロアガーディアンが守りの場を離れることは推奨されません〉

「この広間から出ちゃ駄目なのか? これから守ることになるダンジョンだから良く見ておきたいんだが」

「良い心がけです。コアフロアからの外出を許可します」


 おお、丸っきり融通がきかないわけでもないのか。

 フロウの許可が出たので、さっそく広間の外に出てみる。


 今度はじっくり観察する余裕があるから、まずは通路の壁から観察してみた。

 壁は岩のブロックを積み上げたような構造になっている。

 その岩に張り付いた苔が発光し、ダンジョンに明かりを与えていた。こんな光り方では薄暗くて本も読めないだろう。


 通路全体で薄暗く光っているため、ただ歩くぶんには支障はなさそうだ。

 苔をつついて観察していると、こちらに足音が近づいてくる。


「ゴブッ」


 足音の主は言わずと知れたゴブリンだった。

 ゴブリンはすぐ傍にまで来ると、下から覗きこむようにしてニヤニヤと俺の顔を見た。


 ……なんともイラつく顔だ。こんなのに纏わりつかれたら欝陶しくてたまらんな。

 俺はゴブリンを無視し、さっさと先に進んだ。

 ゴブリンは鼻を鳴らしただけで、しつこく絡んできたりはしなかった。だが視線を背中に感じて振り向くと、いまだにニヤニヤと俺を見ている。


 何だろう、こいつからは常にいやらしい悪意を感じる。

 相変わらずゴブリンはこちらを見ているが、気にしすぎるのも負けな気がする。あんな奴は無視だ、無視。

 そこで、ふと気づいたことがある。


「あれ……そういえばダンジョンって、罠が付き物だったような……」


 急に不安になってざっと辺りを見回したが、特にそれらしいものがある様子はない。

 いや、たとえ罠があったとして、ダンジョンのモンスター相手でも罠は作動するのだろうか。


 モンスターがいちいち罠を回避しているとは思えないし、回避するほどの知能がないモンスターだっているだろう。

 おそらく召喚モンスター扱いである俺には、罠があっても反応しないはずだ。


 そう考えていた矢先、足元が沈みこんだ。

 一瞬の浮遊感。続けてやってきた衝撃。





 ――気がつけば体中が痛かった。


 いつの間にか俺は、冷たい石の穴の底に横たわっている。

 ゆっくり立ち上がろうとして足の痛みに顔をしかめた。

 どうやらけこは四方を壁に囲まれた狭い穴の中のようだ。

 見上げれば四角い開口部が目に入った。


「ははは……」


 力無く笑ってみたが、こんなの笑い話にもならない。

 罠のことを考えながらそれでも罠に掛かるとか、我ながら酷い話だ。


 どれくらいの高さから落ちたのだろう?

 改めて上を見ると、深さはそれほどでもないようだ。開口部まではせいぜい4メートルといったところか。

 しかし不意の落下で足を痛め、ついでに頭を打って少しばかり気絶していたらしい。


 自力で上がるしかないか……でもこの痛みからすると、足にヒビでも入ってそうなんだよな……。

 そういえばゲートなんて魔法があったが、使えるか?


「ゲート!」


 穴の壁にゲートの魔法を使ってみる。すると石の壁に豆粒ほどの小さな円が刻まれた。

 これがゲート? 直径は……せいぜい8ミリくらいか。

 確かゲート間の空間はコネクトで繋ぐとあったな……もう一つゲートを作ってみるか。


「ゲート!」


 先にあった円の近くにもうひとつの円が刻まれた。続けてコネクトを使う。


「コネクト!」


 刻まれた円が淡く発光する。

 これでゲート間が接続されたはずだが……この大きさでは指も入らないやはりグラビティと同じく熟練度を増やさないと駄目なのだろう。

 魔力の無駄になるのでコネクトを切り、穴の底に横たわる。


 自分の守るべきダンジョンの落とし穴に落ち、身動きできなくなったフロアガーディアン。きっと最悪の絵づらだな……。

 どんよりと落ち込みながら穴の上を見上げていると、こちらをひょいと覗きこむ影があった。


「うわ、まじ最悪……」


 そいつはゴブリンだった。

 ゴブリンは穴の縁に身を屈め、俺の姿をじっくり見てからニヤリと笑う。こいつ馬鹿にしてるのか?


「ゴブッ」


 なっ、バカな!? ゴブリンが手を差しのべてきた……だと? 俺はゴブリンに差し出された手を呆然と見つめる。まさかこいつ、実はいい奴だったというのか?


「すまん……助かる」


 己を恥じた俺は、なんとか壁を少しよじ登り、ゴブリンの腕をつかんだ。ゴブリンも俺の腕をつかむ。

 そしてゴブリンは俺を引き上げようとして……途中で手を離した。


「ゴブリャリャリャ!」


 再度の落下で声もなく足の痛みを堪える俺を、ゴブリンは顔を歪めて笑っている。

 こ、この野郎! 俺は奴を睨みつけた。

 ゴブリンは頭をかきながら、悪かったよとばかりにゴブゴブ言って再び手を伸ばした。

 当然無視だ。誰が同じ失敗をする。ゴブリンはつまらなそうな顔をして鼻を鳴らし、去っていった。


 くそっ、いまいましい。しかし……まいったな……。

 うーん……。このまま戻らないとフロウは心配するだろうか。……心配するわけないよな。本格的に役立たたず認定されてしまうかも知れない。


 どうにもならないまま座り込んでいると、しばらくして再び穴を覗きこむ影が見えた。

 最初はまたゴブリンかよと思ったが、それにしては影が人間のように見える。


 人間……。


 まさか侵入者!?



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