プロローグ
「ふん、つまらん。しょせんゴブリンなどこの程度か」
地に伏した俺に勇者が近付き、つまらなそうに吐き捨てた。
「グゲゲ……舐めるなよ、人間」
「む? 貴様、まだ」
勇者は片眉を上げ、驚いたように後ずさる。
うむ、いい表情だ。俺は顔を地に向け、少し高い声……コンピュータの人工音声のような声で言った。
「レアスキル、不屈の挑戦者が条件を満たしました。当個体は上位クラスに移行されます」
「なに!?」
驚きの声を漏らす勇者。
俺は吠える。立ち上がり、天に向かって咆哮する。
「うおおっ! このチカラ、沸き上がる、震えるっ! これぞまさしく、キングのチカラ!」
「貴様、まさか!」
「グゲッ、勇者よ……次に覚悟するのは貴様のようだな。今やオレは、単なるゴブリンではないっ!」
「……ゴブリンキングだとっ!」
お、その反応。勇者になりきってますな。
俺の悪友はさっきまで見てたアニメの台詞を、口調まで真似て演技している。
俺達は何故こんな寸劇をかましてるんだっけ?
アニメを見てた俺がつい「グゲゲッ」と、ゴブリンの台詞を真似たのがきっかけだった気がする。
そうか、それでゴブリン役になってしまい、今の状況があるわけだ。
はい、俺のせいでした!
「グゲゲッ! グゲゲーッ!」
「くっ、この威圧感! 貴様どれほどのパワーを……な、なんだこの光は!?」
「グゲッ?」
あ、あれ? なんで俺の体は光ってんの? どうなって……あ、足元から消えていくぞ!?
俺を見て悪友が慌てている。
「ちょ、お前体が光ってる! しかも消えていってるぞ!」
「ゲーーーッ!?」
体が半分まで消えた。
パニックになった俺は、混乱してゴブリン風に叫んでいた。体がさらに消えていく。
こ、これ、死ぬのか俺? パニックになりながらも必死に考える。もしこのまま死んだら……。
そうだ、死ぬ前に処理しないと、絶対に後悔する案件があった。俺は悪友に案件を托すべく声を振り絞るが、すでに首まで迫った光のせいで喉が麻痺し、片言になる。
「頼むッ! 絶対に……後悔……俺のパソコ……紳士フォルダッ!」
心からの叫びに、悪友は確かに頷いた。
「わかった! おまえのパソコンの紳士フォルダッ、絶対に公開だなッ!」
それは公開違いだと、もはや伝えるすべもなく。
ついに目の位置まできた光で周囲が見えなくなり、それと共に落下していくような浮遊感に包まれる。
そして唐突に光が収まると、辺りの景色が一変していた。
薄暗い石の壁に、天井、床。
どことも知れない広間の中に、扉がひとつ。
扉と反対側の奥の壁に、小さく光るものがあった。
光に近寄って観察してみると、緑色に発光する宝石のような物が岩に埋め込まれている。
その宝石の光が明滅し、それとともに頭の中に響くような声が聞こえてきた。
〈あなたはゴブリンキングですか?〉
「はっ?」
〈違いますか?〉
「おまえ誰だっ!?」
少女のような声だが、どこにいるのだろう。
とりあえず声の出所と思われる宝石に向かって話し掛けてみた。
〈私はダンジョンコアです。ゴブリンキングを召喚したはずなのですが……〉
ダンジョンコア? 召喚? えっ、俺召喚された?
ゴブリンキングだって? 俺がゴブリンキングの真似してたから、間違えて喚ばれちゃったとか?
いやいや、そんな馬鹿な……。
「俺は、平凡な一般人……つまり、ゴブリンではなく人間なので人違いです」
〈やはりそうですか〉
そ、そうですかって……。
〈…………〉
「あの、ダンジョンコアさん?」
〈なんでしょう〉
「そういうわけですので、俺を元いた場所に帰してくれますか?」
〈無理です〉
な……なんだと……。帰る方法はないという、最悪の召喚パターンか?
勇者としてならともかく、ゴブリンと間違えて召喚されたという痛恨のオーダーミス……! 本当に帰れないのかっ!?
「そこを何とか、もう一度考慮していただけると、大変有り難いのですが……」
〈考慮します……考慮しました。無理です〉
「考慮するの早っ!?」
いや待てよ……召喚されたといっても、ここが異世界とは限らないんじゃないか?
ここから外にでれば実は日本のどこかでした! みたいな展開だって、あってもおかしくない。
「あの、ダンジョンコアさん?」
〈なんでしょう〉
「ここから出てみたいのですが」
〈なぜです〉
「頭が混乱してるので、ちょっと外の風を浴びて頭を冷やしたいといいますか……」
〈その行動は認められません〉
くっ、そっちが認めなくてもこうなりゃ強行突破だ。
宝石から目を離し、反対側にある扉を見る。扉までそんなに離れていない。
俺はダッシュで扉に駆け寄り、勢いよく扉を開けた。
「うおっ!?」
扉を開けた向こうには、薄暗い通路が長く伸びていた。
異様な雰囲気だ。 ゲームに出て来るダンジョンのようにも見えるが……。何か言っているダンジョンコアを無視し、通路に足を踏み出す。
いやな感じだ……。
このひんやりと澱んだ空気。じめっとした匂い。こんな化け物でも出そうな場所に長くいたくない。早く外に出なければ……。
恐る恐る歩きだすと、通路の先に人影を見つけた。
ちょっと小柄な体格で、手に何か持っているが、薄暗くて分かりにくい。
そいつもこちらに気づいたようで、ゴブッとか言いながらゆっくり近寄ってくる。
え? ゴブッ?
俺は足を止めた。なんだろう、凄くやばい気がする。
「ゴブッ、ゴブッ!」
まるで獣のような唸り声です。人間ならあんな声は出しませんね。少々びびりながらも、俺はそいつに話し掛けることにした。なぜか普通に話し掛けるのがためらわれたので、相手の唸り声を真似てみる。
「ゴブッ、ゴブブッ?」
うん、いい感じに真似られた。
人影は立ち止まり、片手に持っていた何かを両手で持ち直した。何かとても嫌な予感が……。
俺は片手を上げて、じゃあって感じでゴブーッと言い、もと来た方へ戻り始める。背後の物音に耳を澄ませ、冷や汗をかきながら走り出さないように努力した。
「ゴブリャーーーッ!!」
やべっ! あいつ奇声を上げて追い掛けてきやがった!
腰が抜けそうな恐怖を感じながら、さっき出て来た扉まで全速力で辿り着く。
急いで中に飛び込み、叩きつけるように扉を閉める瞬間、間近まで迫っていた奴の姿を見てしまった。
シワの寄った硬そうな皮膚。小鬼のような形相。両手でこん棒を持ち、黄ばんだ眼で俺を見ていた。
はい、めっちゃゴブリンです、本当にありがとうございました!
力いっぱいに扉を閉め、両手で扉を抑えつける。そのすぐ向こう側では、ゴブリンの荒い鼻息が聞こえている。
すぐにも扉を開けようとする衝撃がくるのを覚悟していたが、予想に反して何も起こらなかった。
あれ……去っていった?
諦めたのだろうか? しかし油断は出来ない。去っていった振りをして、待ち構えているのかもしれない。そう警戒していると、また頭の中に声がした。
〈ゴブリンでしたら大丈夫です。あなたを襲ったりしません〉
いや、今ちゃんと見てた? 襲う気満々だったよ?
見れば明滅する小さな宝石。ダンジョンコア――。
〈あなたは先程逃亡を計ったと推測しますが、今回の特殊な事情を考慮してペナルティは与えません〉
「……これだけは隠さず教えてくれないか。ここは俺の住んでた世界とは違う世界なのか?」
〈私は隠したりしません。ここはあなたの知る世界とは違う世界です〉
不思議とその声に嘘はないと信じられ、俺は現実を認めるしかなかった。
ここは異世界で、もう帰ることは出来ないらしい、と。