サブクエストを受けました
御機嫌よう。
鰐である。
今回は初の長編を目指したいと思います。
慣れない作業故、読み苦しい場面も多々あるかと思いますが。
どうしてもやる事がなく、奇跡的に気が向いたら、是非々々御覧に
なってくださると、大変喜ばしいです。
小さい頃は、ブロック遊びに無垢な笑い声を上げる輪の外で、絵本を読んでるような子どもだった。
親は早くに離婚し、母親が一人で苦労を背負い、育ててくれた。有難い話だ。
他人と笑い合う光景が見られない為、心配をかけた事だろう。
やがて心配は苛立ちに変わり、情緒的に質疑を申し立てられる事があり、心地の良いものでは無かった。
親の不安定が感染すると、あまりの居心地の悪さに現実逃避したくなる。
すると一層架空にのめり込んでしまう。負の連鎖と言われても仕方が無い。
架空を負と断言すると批判を受けるも承知であるが、これは自分の場合に限る話だ。
自分にとって架空は人間性の成長を妨げてしまうからだ。
嫌なことがあればすぐ自分の世界に潜り込み、目を瞑り、耳を塞ぎ、口を紡ぎ、身体を隠し、陰を潜める。
そのまま改善される様子もなく、趣味趣向にのめり込むタイプとなった。
所謂オタクである。
心のオアシスである部屋には、ゲームや漫画が詰まれている。
流石に人の呼べる状態では無いが、自分にとっては心の安定を保てる場所なのだ。
カーテンを閉めれば目を瞑る必要は無い。
お気に入りのヘッドフォンを着用すれば、聴覚も外側から遮断できる。
キーボードを打てば口を紡いでも言いたい事が言える。
鍵を掛ければ、みっともない姿を見られる心配も無い。
此処は唯一自分が、堂々と出来る場所である。
たとえ真っ裸でも陰を潜める必要は無い。
学校では苦労した。
自分は人一倍陰が薄い。
多少の会話を交えるも、深い関係には成らず、いつも一人で過す事が多かった。
人間関係に対して無関心に見繕っているが、疎外感を感じずにはいられなかったのは事実だ。
同級生は自分に無関心というか、あまりの陰の薄さに存在自体を忘れられていたのだろう。
おかげで趣味趣向は深みを増した。
進路では苦労した。
特に将来について考えておらず、現状維持を望むような中身の無い選択をした。
それなりに勉強し、それなりに進学し、それなりに過した。
思い返せば返すほど味気の無い人生だ。
大学生となった今でもやりたい事が見つからない。
このまま自分はどうなってしまうのか見当が付かない。
目の前に靄が掛かってどの方角を歩いているのか判らない。
このまま無謀に彷徨えば、灯台の光を見つけられるだろうか。
それとも、運悪くクレバスに足を突っ込み、そのまま仄暗い穴で一生を費やすのだろうか。
願わくば前者を取りたいが、無気力の向かい風に負けてしまう。
存在意義はどのようにして手に入れるのだろうか。
どこの誰かがマニュアルを作ってくれていないだろうか。
それすら他人任せの事勿れ主義である。
暫くして、B研という極少数のメンバーで運営しているサークルに入る。
理由は、他人と趣味を分かち合う喜びを知ってみたいと思ったからだ。
ここまで言えば解るだろうが、要するにオタクサークルだ。
決して華のある集まりでは無かった。
同類と言えるような、明るさの欠片も無い男が3人程、部室でマニアックな会話を交わしている。
3人の先輩方は、快く自分を迎え入れてくれた。
大袈裟かもしれないが、初めて自分に居場所が出来たようで、頑なな現状維持根性にとっては猛烈な刺激だった。
サークルの主目的は、ブログの運営だった。
様々なゲームソフトを遊び、紹介、攻略法、個人的評価などを発信して行くのだ。
閲覧数は週に10人にも満たない程廃れたブログだった。
やがて4人の冴えない男達は、オタク的活動を主体に行動し、絆を深めた…と思う。
度々、自分の陰の薄さのせいで、その3人にすら気配を感じさせない事があったが、根深い性質故仕方がないだろう。
やがて先輩は一人、また一人と卒業し、気付けば一人になった。
これでは間違いなく廃部であるが、陰の者である自分の性が幸いしたのか、現在の段階では免れている。
感謝すべき先輩達の大切なブログを守るため、重い腰を上げた。
初の試みであるが、部員の勧誘を促すため、チラシを作成してみた。
期待などしていなかったが、当然ながら廃部寸前で魅力の欠片も無いサークルに人など来る筈も無く。
貼ったチラシはいつの間にか、画鋲に刺さった切れ端を残して消えてしまった。
それでもブログの運営は続けた。
部室で1人黙々とゲームをしては、パソコンに向かっていた。
この作業が精神安定剤のように思えた。
何かに没頭して、周囲の情報を遮断すると、サークル存続の危機も、不透明な将来も頭の片隅へ追いやる事が出来る。
それは、自分を後に苦しめる事になるのは重々承知だ。
怠けて積み上げた課題は、いつの間にか身長を超えてしまい、いざ片付けようと最上部に手を伸ばしても、届かない程
取り返しの付かない事になってしまう。
けれどもなんとか片付けようと山を崩すと、今度はどこから手を付けて良いのか解らない。
とりあえず、適当に手に取った物から手を付けると、それは前編の応用だったり、続きだったりと訳が解らなくなって
放棄してしまう。
目に見えた未来は変えられるが、自分には根性に根が這っているのでなかなか抜け出す事が出来ないでいた。
部室で暫く自慢の同人誌に目を通し、終わった所でゲーム機の電源を入れた。
今、我がサークルが攻略に勤しんでいるゲームソフトは、音楽に合わせてボタンを押すゲーム、通称音ゲーである。
このゲームは非常に単純で、単純故に人気のジャンルなのだ。
ルールは簡単で、オブジェクトが判定ラインに入ったら、タイミング良くボタンを押すだけである。
難易度が上がると複雑なリズムや連打力などが要求されるので、それなりに実力が要るゲームなのだ。
バチバチとボタンを押す音が響く。
感覚がテレビの方に向いていると人が1人入ってきた所で気付かない物だ。
珍しく、ではなく初めてであるが、お客さんがいつの間にかテレビを覗き込んでいたのだ。
それに気付いたのは、お客さんの声によってだった。
「うまいですね、これゲーセンにあるやつですよね、気になってたんですよ。」
その時の自分は完全に面を食らっていた。
此処は相当な探検家でなければ見つけられない、仮に見つけたとしても気にも留めない場所。
言わば結界。
そこに封印されたるは陰の男、冴えない、暗い、華がない。
近づく物好きなど居ないと思っていたが、とんだ物好きが迷い込んできた。
こういう場合の対処など、一切考えていなかった。
考える必要がないと考えていたからだ。
こういう場合は可もなく不可もない社交的返事をするのに限る。
そして必死に絞り出した言葉は。
「よかったらやってみますか。」
その後、この秘境にたどり着きし冒険家は、暫くゲームに没頭していた。
このままサークルに誘ってみようかと思った。
廃部を免れるチャンスであるし、ましてや中々可愛い女の子だ、華があるに越したことは無い。
華さえあればメンバーが増えそうな気がする。
そんな下心を持って、内に留めたまま、日が暮れる。
そろそろ帰ろうかと提案を出すと、そうですねとゲームの電源を切った。
部室の電気を消し、鍵を掛けて、校舎を出るまで、彼女との会話は相槌を打つだけだった。
結局サークルに誘う事無く二手に別れ、それぞれの帰路に就いた。
惜しいことをした。
せっかくのチャンスを無駄にした。
ここでも根の張った根性が災いしてしまった。
過ぎた事は仕方が無いと、反省も碌にしない事にした。
こんなこともあるんだなぁ。
橙の空を仰ぐと不図、心配事に襲われた。
ゲーム機の電源は切ったか、電気は消したか、鍵は掛けたか。
様々な事が心配になってしまった為、このまま帰っても安心して眠れる気がしない。
電気も鍵も大丈夫だとは思うが、自分は、自分自身が一番信用できない。
こんな靄々した気持ちが続くくらいなら、もう一度確認しに行こう。
非常に面倒だが学校へ向かう。
橙の空は徐々に紺色へと変わる。
夜の校舎は静かだった。
ましてやB研の部室周辺なら尚更の事である。
外から見て部室は暗かったし、ドアノブに手を掛けるとちゃんと鍵が掛かっていた。
やはり、心配御無用だったようだ。
鍵の掛かった扉を開け、真っ暗な部屋を見渡し溜息を吐いた。
キレの悪い蛍光灯を点け、ゲーム機を確認したが、やはり電源など点いていなかった。
やれやれである。
今度はちゃんと確認して帰ろうとした時、テーブルに見慣れない鍵が置いてあった。
なんとも可愛らしい少女趣味のある飾り物が付いていた。
これは間違い無く先の女の子の鍵だ。
家の鍵だろうか。
だとしたら大丈夫だろう。
家族が居れば問題無い。
次の日、鍵を探しにこの部室へ来るだろう。
適当に推理したが、家族と暮らしているなんて保証は無いと気付く。
大学生で1人暮らしなんて珍しくもなんとも無い。
むしろそっちの方が多いのでは無いか。
となると、大家が居る筈である、ならば鍵を開けて貰えるなんて造作も無い。
この場合も心配御無用である。
もし大家が留守であっても大丈夫だろう。
派手な服装と明るい性格、いかにも友人が沢山居そうな風貌をしていた。
友達に電話すれば泊めて貰う事だって可能だろう。
勝手に推理し安心したので、満足して帰る事にした。
これで抜かりは無い筈だ。
と思った矢先、静寂を切り裂く着信音が鳴り響く。
これには非常に驚いた。
電話などあるとは思ってないし、大音量に対する心の準備など皆無、無防備の状態だ。
今日はやけに驚かされる。
音の鳴る方へ近付くと、見慣れない携帯電話が椅子の下に落ちていた。
これも彼女の物だろうか。
色々と忘れ物の多い娘だ。
この電話には出ない方がいいだろうか。
あの娘に掛けた積りが変な男出たら、その相手が彼氏だったりしたら非常に面倒な事になりかねない。
念の為通知先を見てみた。
どうやら公衆電話からの着信らしい。
これは彼女が携帯電話の忘れ物に気付いて、公衆電話から掛けている、という筋が濃厚らしい。
一応出てみる事にした。
これで持ち物の在りかが分かり安心するだろう。
「もしもし。」
案の定相手は先程の娘だった。
安心した様子で、安堵の声を漏らしていた。
まさか出るとは思っていなかったと言っている。
一縷の望みが叶ったようで驚いているらしい。
これから部室に取りに来ると言う。
しかし断った。
鍵を掛け、電気を消してしまいたいからだ。そちらの方面で分かりやすい場所があったら落ち合おうと提案すると、
それは悪いからと申し訳無さそうにする。
帰路が逆なので察してくれたのだろう。
そういう問題では無いのだが、説明が面倒なので無理矢理自分の提案を押し切った。
さぁ、急ごうと彼女の電話と鍵を持ち、部室の点検をして校舎を出る。
いつもの帰路を逆に向かい急ぐ。
なんというお人好しだろうと自画自賛したが、考えてみれば大した事でも無かった。
いつも無駄に消費している時間をほんの一寸他人のお遣いに使うだけである。
むしろ有意義な一瞬と言える。
暫くすると、目的地のファミレスの看板が見えた。
彼女はそこに立ち尽くしていた。
彼女は自分の方を見ると、急ぎ足で近付き頭を下げた。
そんな大袈裟なお礼は望んでいなかったが、性格の整った娘だと悪い気はしなかった。
お礼にご飯を奢ると言われたが、あまりに過剰な礼だと思った。
ここでも社交的返事が必要なのだな。
絞り出した答えは。
また今度機会があったら、にした。
それにしても鍵など無くてもなんとかなるだろう、携帯電話くらい一日無くても問題無いだろうと、
ツッコミ所があったが、人には色々ある、深く考えても意味が無いだろう。
再び帰路に就く。
紺色の空は黒に変わっていた。
いつもは気にも留めない夜空を見上げてみた。
期待はしていなかったが、案の定星など見えない。
自分の心のように捻くれた靄がかかって、綺麗な部分を覆ってしまっているのだ。
今日は恐ろしい程の偶然を体験したものだ。
たまたま心配になって、再び部室に赴いたら、たまたまその時間に電話をかけて、いつもなら出ないであろう、
他人の電話にたまたま出て、持ち物を返す事が出来たのだから。
自分の運気をあの娘に吸い取られた気がする。
しかし、これも役目の無い自分が出来た人助けなのだ。
そう考えると悪い気もしない。
御機嫌よう。
鰐である。
これは言わば起承転結の起。
当然と言えば当然ですが、彼にとってはやっとの起なのです。
さぁ、いったい彼はどうなってしまうのか。
B研が執行委員に目を付けられるのも時間の問題。
廃部か生存か。
それは私も知らない。