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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
8/22

花は根之堅州國へ

ねのかたすくに【根之堅州國】

 根之堅州國ねのかたすくには、大和国やまとのくにの富の証なので御座います。


 根之堅州國は生命や富の根源の地であり、明るい場所で有ります。

 其れと同時に、全てが生まれ帰って行く根源の国ともされて居ります。古来は幸いや禍いも其処から客人まろうどとして来て帰って行くとされました。 根之堅州國が全ての始まりとされて居るのは其う云う事なのです。


 其れが何処に在るのかと云えば、山中だったり、海の彼方だったり、様々でせう。

 誠に神秘的な、此の世と隔たってはゐるが行き来は可能な国。其れが根之堅州國で御座います。


 現在では、其の大部分が帝都とされて居りますが、太古於り、黄泉比良坂よもつひらさか葦原あしはらと繋がってゐるとされて居ります。

 此の様に、葦原は富の象徴たる根之堅州國を持つ事に於り、大きな成長を遂げて居るのです。



あやかし【妖】

 高天原にに於ける妖怪や怪異の事で御座います。

 皆、潔癖で清廉を好み、穢れを嫌います。


 其の特徴として、何時迄も若々しく寿命も長いと云う事が挙げられます。

 又、不思議な力を使う者も居りますが、今では殆ど居らず、特に其の力の強い者は高天原でも貴重とされて居ります。



おに-お-ち〔をに-〕【鬼落ち】

 穢れを纏ったとされる妖の事です。


 正気を失って仕舞った事を穢れたと云う事とされて居りますが、正気を失って仕舞う切欠きっかけは不明です。

 最近では、犯罪を犯した妖の事も鬼落ちと呼ぶ様です。



(作者不明,三国史古事記より抜粋)



 三限目の授業を終えた私と眞宏は街鉄に乗り、堅州へと向かう。


 廉翔も付いて行くと言ってくれていたのだけど、やはり二日続けて部活動は休めなかったようである。部活動をしていない眞宏はにやりと笑って、俺に任せておきなと廉翔に向かって偉そうなことを言っていた。

 私としてもひとりで行くより誰か付いて来てくれた方が心強いから良いのだけど、眞宏はどうしていちいち廉翔に突っかかるのだろう。


「ど? ちょっとは堅州について分かった?」


「ちょっとはね。でもやっぱり直接見てみないと」


 日色に借りた本を膝に乗せ、表紙を撫でる。

 本の茶表紙には、三国史古事記と金字で書かれている。作者はどこにも書かれておらず、出版社の記載もない。自己出版なのかしれない。とても薄い図書である。


 この本によると、鬼落ちは正気を失った者か犯罪を犯した者であるとされているようだ。

 鬼落ちだって同じ大和三国の国民とはいえ、怖いものは怖い。


 緊張で指先が冷たくなっている。

 震える指先を見つめていると、不意にその私の手に眞宏の手が重なった。指を絡めるように眞宏が私の手を握りしめる。

 眞宏の手は大きくて骨ばっていて、温かい。胸が震えるほどに、温かい。


「眞宏と近衛くんに協力して貰ったんだもの。頑張るからね」


「頑張んなくていーよ」


 眞宏が私に身を寄せ、私の肩に頭を載せる。

 左側が温かくて、何だか泣きたくなった。


「頑張んなくていい。俺が守るよ。ずっと守るって約束するから、このままの、弱いままの灯子でいて」


 まるで、乞われるような、切ない声だった。

 眞宏、と唇だけで彼の名を呼ぶ。いつもと違う眞宏の様子に動揺してしまって声が出なかったのだ。


「なーんてにゃ! 応援するし協力してやっから一緒に頑張ろーぜえー」


 丁度、街鉄が堅州に到着した。

 だから私は、眞宏はどういう意図で私にあの言葉を投げかけたのかは分からないままだった。

 眞宏の顔を見上げると、あの人懐こい笑顔を浮かべている。まるでさっきまでのことがなかったみたい。

 だから、私も黙ったまま眉を寄せて微笑んだ。眞宏は少しだけ寂しそうに笑って、そして、私の手をぎゅっと強く握った。


「さ、堅州に殴り込みに行くか!」


「殴り込みじゃなくって、条約を結びに行くんでしょ」


 街鉄の昇降場は堅州には一ヶ所しかない。その昇降場は堅州と帝都の境目にある。

 そこから徒歩で三十分弱、昨日、面会の約束をした堅州の実質的頭目であるおろちの根城がある。


 たった三十分弱の道のりなのに、とても遠く感じる。それは何も見知らぬ場所を歩くということばかりが理由ではない。

 私たちを見つめる鬼落ちたちの視線が気になるからだ。突き刺さるような好奇の目。


 突き刺さるような好奇の目と、淀んだ空気。

 帝都からそう離れていないのに、帝都と景色が全然違う。ピンクネオンと薄汚れた看板が目に付く。

 また、道も狭い。居酒屋や賭博場、売春宿が所狭しとひしめいている。

 そして道行く人は、どう贔屓目に見ても素人ではなさそうだ。何よりヒトではなさそうだ。いつか見た、香我美帝のように獣耳が付いていたり、肌が鱗みたいだったり。まるでヒトと妖怪が混ざり合ったようなーーこれが妖というものなのだろうか。


「ちょっと待ちな、お嬢ちゃん」


 突然、私の前に柄の悪い大人の男の人が立ちはだかった。私たちを見て、にやにやと笑っている。

 丈の足りない着物を着ており、頭にはカンカン帽を被っている。ヤニで汚れているのか、歯が黄色くて何本か欠けているのが特徴的だ。


「狐ヶ崎組にようこそ、皇帝候補殿。親分に会う前に、こっち来て貰おうか」


 狐ヶ崎組。きつねがさきぐみ。

 名前だけは聞いたことがある。それは、大和三国で最大級の指定暴力団として。

 そういえば、狐ヶ崎組の総本山は堅州と言われていた。まさかこんな所で会うとは夢にも思っていなかったのだけれど。


 こういうのは無視するに限る。

 私は男の人を避けて道を急ぐ。しかし手首を掴まれて、引き留められてしまった。


「止めてください。私たちは急いでいるんです」


「だーかーらァ、蠎さんに会いたいんだろ。その前にこっち来て貰わないと。余所モンにもこっちの筋は通して貰わないとなぁ」


 眞宏が私と男の人の間に割って入り、私の手を掴んでいる男の人の手を叩き落とした。

 眞宏は無表情のまま男の人を睨んでいるが、男の人はやはりにやにやと笑っている。


「蠎って奴がどうして狐ヶ崎組と関係あんだよ?」


「なぁんも知らねえんだなぁ、坊主。蠎さんは狐ヶ崎組の親分なんだよォ」


「蠎さんが狐ヶ崎の親分なんですか」


 堅州の実質的頭目である蠎が、指定暴力団である狐ヶ崎組の親分。

 つまりこの男の人の言うことを信じるとすれば、堅州はやくざが自治組織を築いている地域だということなのか。それが悪いこととは言わないけれど、そうだとすれば、かなり私の分が悪い。


「そうさァ、分かったらとっとと付いて来な、お嬢ちゃん」


 言うことを聞いて付いて行くのが正しいのか。それとも、この人を無視して待ち合わせをした場所に直接会いに行く方が正しいのか。

 分からない。どっちが正しいのかなんて、分かるはずない。だって私はまだ十七歳の小娘なんだから。


「でっ、でも、蠎さんは」


「黙って付いて来な!」


 突然、怒鳴りつけられて、びくりと身を縮こまらせる。

 眞宏は私を見て、どうするのと一言だけ言った。私はただ男の人が怖くて、逆らう勇気も、逃げるか付いて行くかの判断をする勇気も持てなくて、曖昧に笑う。


「取り敢えず、付いてこう」


 頑張るって、皇帝になるって言ったのに、こんなことで躓いているなんて。


 最低だ、私なんか。


 そうは思っても、どうすることもしなかった。

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