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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
7/22

鶺鴒の縁

「どっから調べんだよ?」


「いや、なんで廉翔がいんの」


 全ての授業を真面目に受けて待ちに待った放課後。私と眞宏、そして何故か廉翔も一緒に第三図書館にやって来た。

 第三図書館は今まで使っていた第六図書館の三、四倍くらい広かった。その広い教室の大きな本棚に、高級そうな茶表紙の図書や貸し出し厳禁と書かれた図書がずらりと並んでいる。


「図書委員だからだよ。第三図書館の鍵を……その、開けなきゃなんねえだろーが」


「別に鍵は貸してくれればいいっしょ」


 眞宏は私の前に立ちはだかり、楽しそうな声音で畳み掛ける。廉翔は顔を真っ赤にして眞宏を睨んでいる。よほど腹を立てているようだ。

 これ以上言い争いをして喧嘩になってはならないと、私は目の前に立っている眞宏を避けて、廉翔の前に出る。


「人手は多い方が良いよ。それに近衛くんは部活動とかで忙しいのに手伝ってくれるんだし。眞宏もそんなに喧嘩腰にならないの」


 確か廉翔は庭球テニス部で、しかも凄く強くて有名だったはず。一年生の時から先輩を差し置いて公式戦に出ていたとか級友が言っていた。

 そんな部活動を休んでまで私たちの手伝いをしてくれるだなんて、感謝すれども文句を言う道理はない。


「だって、こいつが灯子をやらしー目で見てくるから、俺は兄として牽制してるだけだもん」


「はあ? 俺のどこが! こんなちんちくりんの豆狸を厭らしい目で見るわけねえだろーが!」


「ま、豆狸……」


 ちんちくりんの豆狸。

 そりゃあ見目が麗しいお二人からしてみれば、私は狸似だろうから何も言えないけど。それにしたって私は年頃の女の子なんだから、嘘でも可愛いって言うのが道理じゃないの。


 眞宏が灯子は可愛いよと必死に言ってくるけど、この人は大体どの女の子にも可愛いと言い回っているので信用ならない。

 そもそも私は眞宏や廉翔に可愛いと言われたくてこんなところに来たわけではないのだ。


「まあまあ、そんなことより早く調べようよ」


 こんな所で内輪もめしている場合じゃない。

 図書館の閉館時間は十八時。それまでにきちんと調べるべきことを調べて、明日、堅州に行く。丁度、明日は半日放課の日であるし、これは絶妙な機会である。


「何を調べんだよ」


 廉翔の問いに答えるべく、調べるべきことを書き記した手帳を開いた。


「ええと、堅州についてと妖、鬼落ち、あとは条約の結び方とか……」


「堅州? んなこと調べてどうすんだよ?」


「堅州の鬼落ちと葦原の平和条約を結ぶのが、今回の課題なの。でも私、あんまり堅州とか鬼落ちとかに詳しくなくて」


 詳しくないどころか、堅州には一度も行ったことがない。

 だから私が堅州について知っていることと言えば、場所と鬼落ちが住んでいるという事くらいである。


「ふーん。じゃあ、俺、条約の結び方についての資料探してくるわ。たぶん、第二図書館にあるはずだから」


「うん、ありがとう。じゃあ、私と眞宏は第三図書館で堅州と妖、鬼落ちについて調べよう」


 うんと大きく頷いて、満面の笑みで私に飛び付こうとする眞宏をやはりさり気なく避ける。

 捨て犬のような情けない顔で、私の顔を見つめてくるので、少しだけ可哀想になってしまう。しかし、まさか抱きしめてあげるわけにもいかないので、無視しておくことにする。


「ちょっと待てよ。眞宏は俺の方を手伝え」


 眞宏が着用している学ランの襟首を掴んだ廉翔が静かに告げた。


「やーだ。俺は灯子と一緒に調べるんだもん」


「野郎がだもんとか言うな。キモイんだよ」


 眞宏は酷いとか男のヤキモチは醜いとか喚いたけど、そのままずるずると廉翔に引きずられて行ってしまった。

 結果、私は第三図書館で一人になってしまった。


 それはそうと、眞宏と廉翔はいつの間にこんなに仲良しになっていたんだろう。やっぱり男の子同士だと仲良くなる速さも違うのかな。


「さてと……、まずは……」


 堅州のことから調べよう。たぶん郷土の歴史という本棚にあるはず。

 郷土の歴史と書いてあるのを確認して、根之堅州國の歴史について書いてある図書を探す。堅州について書いてある本はたくさんあるのだけど、文章が難しすぎて読み解くことが出来ない。何冊か気になる図書を引っ張り出し、机まで持ってきて読んでみたけど、私から出て来た感想は、つまりどういうことなのであった。


「もう、難しいなあ」


「君」


 背後から声を掛けられ、振り返る。

 するとそこには、誰が予想しただろうか。想像を絶する人物ーー夜之食国の帝、日色がいた。

 いつの間に、ここに来たのだろう。全然気が付かなかった。

 日色からふわりと甘い香りが漂ってくる。果物とも花ともつかぬ、あまあいあまい香り。ずっと嗅いでいたら正気を失ってしまいそうなほど濃厚な香りである。猫におけるまたたびに似ている。


「それらの図書は君には難し過ぎる。これを読め」


「え、っと……、ありがとうございます……」


 日色から差し出されたのは、百頁程度のわりと薄めの図書であった。題名は、三国史古事記さんごくしふることぶみと言うらしい。

 目次を見れば、私の知りたかった堅州や妖と鬼落ちについてもしっかりと書かれているようである。


「礼には及ばない。皇帝になるためなのだろう」


 日色は私が皇帝になる手伝いをしてくれようとしているのだろうか。


「日色様は私が皇帝になることに賛成なんですか?」


「賛成も何もない。君が皇帝になることは千年よりも遠く前の神議で決められていたこと」


 どこか予言めいた言葉遣いである。

 高名な予言者を多く輩出している夜之食国の帝らしい。確か日色本人も高名な占い師である。

 しかしこの日色の話、今日の夢を思い出すような話だ。


「日色様、鶺鴒の縁という言葉をご存知ですか」


 自分でも何故、日色に鶺鴒の縁のことを尋ねたのか分からない。そういえばと思ったときには尋ねてしまっていたのだ。

 鶺鴒の縁と日色が繰り返した。


「ご存知ですか?」


「知っている」


「鶺鴒って、鳥ですよね。それの縁ってどういうことなんだろう」


 日色に借りた図書の上に手を乗せた。


「鶺鴒の縁とは、男女の間で結ばれた運命のことだ。前世、現世、来世と必ず巡り会い結ばれるという縁のこと」


 無表情のまま日色が告げる。

 深紫色の伏せ目が私を見つめている。私はこの瞳で見つめられると、反らすことが出来なくなるのだ。それは蛇に睨まれた蛙とも違う。どう言ったら良いのか分からないけれど、不思議と魅了されてしまうのだ。


「鶺鴒の縁は、どうやって見つけるのですか」


「それは当人同士にしか分からない。対の痣で見つけるものもいるし、雰囲気や癖に覚えがあったりもする。相手のどこかに惹かれる者も多いと聞く」


 あの声の少年は、私と彼は鶺鴒の縁であると言っていた。しかし私には覚えがない。

 かと言ってまるきり全てが夢とも思えない。私自身が知らない言葉が私の夢に出てきたりするだろうか。


「そう、ですか。ありがとうございました。勉強になりました」


 席を立ち、頭を下げて礼を述べる。


「構わない」


 日色はすたすたと去って行く。私は図書館を出て行くそんな彼の後ろ姿を見送った。


 日色はとても不思議な人だ。夜之食国の人全般に言えることだけど、彼は特に持っている雰囲気が不思議なのだ。きらきらと瞬く星や夜を照らす月の空気感にとても良く似ている。

 たくさん分からないことを教えて貰って助かったけど。


「日色様はどうして図書館にいたんだろう?」


 日色に勧められた図書を開く。

 まずは堅州についての項目。とても分かりやすく纏められていて、先程まで読んでいた図書と比べるとずっと理解がし易い。


 夢中になって読んでいると、背後から抱き付かれた。

 蛙の潰されたような声を上げて振り返ると、にまにまと笑う眞宏がいた。その後ろでは廉翔が苦々しい表情をしている。たぶん呆れているのだろう。


「いい本見つかったー?」


「うん。日色様がこの本を貸してくれたの」


「日色様がぁ?」


 うん、ともう一度頷いて見せる。

 眞宏は怪訝そうな顔を作った。


「あの鉄面皮がそんな親切すんの。俺、あいつの声すら聞いたことねえんだけどー」


 私の首に手を回したまま、眞宏は拗ねたような声を出す。


「私も今日初めてちゃんと話したけど、優しそうな人だったよ」


「ええー、俺より?」


「比べる土台が違うじゃない」


 変な拗ね方をする眞宏を必死に宥める。

 助けを求めようとちらりと廉翔を見ると、彼は苦笑いして眞宏の頭を割と強い力で叩いた。


「久我にじゃれんな、アホ眞宏」


「いいじゃーん、俺、頑張って調べものしてきたんだもん。貸し出し厳禁だったから必要なとこだけ書き写してきた」


 眞宏から手渡された十枚ほどの用紙。そこには二人のものらしき丁寧な字が書かれていた。

 眞宏は小さい頃から習字を習っており、見た目に似合わず字が上手いのだ。廉翔もわりと几帳面な字を書くらしい。この中で字が下手なのは私だけということか。


「ありがとう、眞宏、近衛くん」


 二人の応援と日色の強力に応えられるように、私ももっともっと頑張らなくちゃ。

 二人から貰った用紙を胸に強く強く抱き締めた。

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