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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
6/22

花の三人組の結成

 その夜、私は夢を見た。


 暗闇の中に光が瞬いている。まるで心臓の鼓動のように、大きくなったり小さくなったりを繰り返している。手を伸ばしてもあと少しのところで届かない。

 その光が私に語りかけてくる。少しだけ低い少女のような声。たぶん、小さな男の子だと思う。



「太陽と月、昼と夜、上と下、火と水、光と闇。

この世界のそれぞれが対で在るように、君と僕も対なんだ。


そう。君と僕は対であって同じもの。


人は神の世界である幽世かくりよから生まれてきて、死ねばまた幽世に戻って神となり、そしてまた顕世うつしよに生まれ出てくる。

すなわち死んだあとの神議かむはかりで、君が僕になって僕が君として生まれ変わる。


君と僕は鶺鴒せきれいえにしで固く結ばれているのだから」



 声の主は光を放ちながら私の周りを飛び回り、闇に吸い込まれるように消えていった。



 朝、目が覚めると、いつもと同じ寮の天井が目に入る。


「変な夢……」


 鶺鴒の縁とか生まれ変わりとか、幽世とか顕世とか、神議とか難しい言葉ばかりで意味が分からない。

 ただひとつ分かったのは、声の主は私と声の主が対であって同一人物だと言いたいのだということだけ。声の主が私で、私が声の主。

 言っている意味は分かるけれど、意図が分からない。

 しかし夢とはいえ、何だか気になる内容だった。気になるから機会があったら調べてみようと思う。


 私の住む寮は一番古いから、木造の二階建てで歩くとぎしぎしと音が鳴る。そんな寮だから、天井は低くて所々にシミがあって、色があせているところもある。

 それでもここが気に入っているのは、窓から葦原の山々が見えるからだ。あそこに、お父さんとお母さんが住んでいると思うと、まだ学院で頑張れる気がするのだ。


「おっはよーん、とーうーこー! 起きてよー!」


 がんがん、と激しく扉を叩く音がする。この声は間違えようがない。眞宏である。

 まだ学校に行く時間には早いと思うのだけど、遅刻常連組の眞宏がどんな風の吹き回しなのだろうか。


「ちょっと待ってて、眞宏。まだ着替えてないの」


 別に寝間着姿でもいいのに、とか眞宏は言っていたけど無視をした。


 壁に吊していた学院の制服を着る。

 学院の制服は二種類ある。夏場は白地に黒い線の入ったセーラー服で、冬場は黒地に白い線の入ったセーラー服である。首もとには赤いスカーフを付ける決まりである。

 今は春先であるので、黒いセーラー服を着る。


「まだー? 寒いよー、灯子ぉ」


「もう入っていいよ」


 スカーフを結びながら返事を返すと、眞宏が扉を壊す勢いで部屋に飛び込んで来た。その勢いのまま私に抱き付いて来ようとしたのでさり気なく避ける。

 眞宏は唇を尖らせて拗ねていたが、自分よりも頭二つほど背の高い大男に飛び付かれて平気でいられるほど、私は屈強ではない。


 眞宏は既に制服姿であった。

 黒い学ランと、頭には学帽を被っていた。学ランの胸元にはたくさんの徽章が燦然と輝いている。もちろん、私のセーラー服には徽章などひとつも付いてはいない。


「朝早くからどうしたの。眞宏はいつも遅刻ぎりぎりに登校しているのに」


「んー、灯子と一緒に登校したくて」


「それは構わないけど。……変な眞宏」


 寮から学校まで五分も掛からない距離だし、いつも別々に通っていたのに、今更どうしたというのだろう。

 怪訝には思えるけど、眞宏のことは好きだし別にいいか。


「あれ? 女子寮は男子禁制なのに良く入れたね」


「寮母さんにお願いしたら割と簡単に入れてくれたあ」


 面構えが美しいということや権力があるということは全く以て羨ましいことである。

 心の中で毒づきながら学校に行く準備を整え鞄を持ち、眞宏の方に振り返る。眞宏は私のベッドに腰掛け、勝手に本を読みあさっていた。


「もう、勝手に部屋のものを触らないで。ねえ、朝ご飯はどうする?」


「学食に行こ。俺、シウクリイム食べるんだあ」


「朝ご飯にシウクリイム? 止めなよ、体壊すって」


 眞宏は甘いものが好きなのだ。

 お肉やお魚もこれでもかともりもり食べるが、その中でも一番食べるのは甘いもの。ケエキなんかはホールでぺろりと食べてしまうほど大好きなのだ。


 意気揚々と部屋を出ていく眞宏を追い掛けた。

 食堂にはもう既に幾人かの生徒の姿が見える。まだ七時前だというのに、皆、意外と早起きなんだ。もしかしたら、運動部の人なのかも知れない。

 窓際の四人掛け席に眞宏と私の二人で座る。


「朝の食堂って、私、初めて来た」


「そう? 朝の食堂もなかなかいいよ。昼のメニュウとちょっと違うんだよ」


 メニュウを手渡してくれた。

 今日の日替わり定食は肉じゃがらしい。意外と庶民的でほっとした。朝からフォアグラの何とかかんとか添えとかを出されたら眩暈を起こしてしまう。


「へえ。眞宏のお勧めは……」


「よお、皇帝サマ」


 ばん、と思い切り机を叩かれて、私はびくりと肩を震わせる。誰が叩いたのかと顔を上げれば、案の定というか何というかーー近衛廉翔であった。


 たぶん、端正な顔立ちなのだろう。唐紅色をした勝ち気なつり目とすっと通った鼻筋、やや面長であるが全ての部品が整っている。

 しかし、大きな赤い瞳の奥には私に対する憎しみが渦巻いているので台無しだ。私は怖いとは思っても、素敵とは思えない。


「近衛くん……」


 図書館のことをお願いしたいと思っていたけど、いざ彼を目の前にすると怖くて堪らない。

 まず、廉翔の目を見ることも出来ない。

 ちらりと目の前にいる眞宏に視線を送ると、にやにやと笑っているのが目に入る。それを見て私はぴんと来た。たぶん、眞宏は廉翔が朝に食堂へ来ることを知っていたのだろう。

 眞宏は悩むよりさっさと頼んじゃえということを言いたいんだろう。


「あのね、近衛くんにお願いがあるんだけど、ちょっと聞いてくれないかな」


「あ?」


 私からの突然の言葉に驚いたらしい。廉翔は唐紅色のびいどろみたいな瞳を一回り大きくした。

 取り敢えず、話は聞いてくれるみたい。


「第二、第三図書館を使いたいんだけど、使用許可をくれない?」


「なんで」


「調べたいことがあるの」


 廉翔がじっと私を見ている。視線を逸らしたらいけないような気がしたので、私も彼の鼻の辺りを見つめ返した。


「はぁ? てめえなんかに使用許可出すわけねえだろーが」


 やっぱり。

 廉翔が私に使用許可を出すわけないと思ったのだ。そう易々とことが進むとは勿論思っていなかった。

 心が折れそうだけど、ここはぐっと堪えて廉翔を見つめる。


「使用許可をくれないと困るの。どうして私に使用許可をくれないの?」


「んなのてめえが嫌いだからだよ。使用許可が欲しかったら俺に強請ねだれよ。ひざまづいて、お願いします廉翔さまって言えよ」


 そんなこと言えるわけがない。自尊心に掛けて言えない。言ってなるものか。


「言わない」


「ああ?」


 ドスの利いた声。普段なら怯えてしまうだろう。けれど今は怯えないし俯かない。屈しないし臆さない。

 私は皇帝を目指しているんだから。


「私は言わない。お願いはするけどお強請ねだりはしない。だって私と近衛くんは対等だもの。同じ学院で学んでる仲間だわ」


 私は廉翔に見下されるのが嫌で、席を立ち真っ直ぐに彼を見つめた。廉翔は私よりやや背が高い程度である。ほとんど私と同じくらいの背丈だ。


「てめえは学院の学費も払えねえ貧乏人だろーが。本来なら学院にも入れないはずだろ。何が対等だよ、反吐が出る」


「そんなのって差別だわ」


「てめえだって差別してんだろーがよ! 俺らのことを金持ちって権力者って、一線引いてんじゃねえか!」


 廉翔に怒鳴られて、私は呆然とした。


「え?」


「俺のこと、葦原御三家の近衛って先に言い出したんは誰だよ。何かするたびに金持ちだから、近衛家の長子だからつったんは誰だよ」


「あっ……」


 思い当たるところはたくさんあった。

 でも、差別しているつもりは、なかった。しかし言われてみれば、私は何かにつけて、金持ちはとか権力者はって差別をしていたかも知れない。

 同じ組の級友にも、私は無意識に距離を取っていたのかも知れない。


「そうかも……。全然気付かなかった。私、無意識に差別していたんだね。気付かせてくれてありがとう、近衛くん。あと、ごめんね」


「……っ、別にっ。俺にも悪いとこはあるし……」


 何故だか分からないけど、廉翔が顔を真っ赤にしている。

 顔真っ赤と指摘したら、廉翔は体の割に大きな手のひらで口元を隠した。しかし耳まで真っ赤なので隠し切れていない。


「廉翔こそ灯子に対等な仲間として扱って欲しかったんだよねえ。近衛じゃなくって廉翔として見て欲しかったんだよねえ。お友達になーー」


「黙れ、馬鹿!」


 眞宏はやはりにやにやと笑っている。


 もしも本当に、廉翔が私と友達になりたいと思っていたのなら、嬉しいと思ってしまう。私は嫌われてたわけじゃないんだ。


「近衛くんは私を嫌いなわけじゃなかったんだね」


「え? あ、ああ。それは別に……」


「よかったあ……」


 緊張がほどけてく。ほっとして泣きそうになってしまう。

 廉翔は私を嫌いなわけじゃなかったんだ。


 廉翔は私に手を差し伸べる。私は自然な動きでその手を取った。

 眞宏より大きな手だった。廉翔の背は眞宏よりずっと小さいのに、手は廉翔の方が大きいんだ。


「今までのこと、全部なかったことにしてくれなんて言えないけど、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。……仲直り、してくんね?」


「うん! 喜んで」


 こうして私と廉翔は誤解を解くことが出来た。

 そして無事に図書館の使用許可を手に入れて、問題解決の第一歩を踏み出したのだった。

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