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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
5/22

決意は固く留めて

 葦原の皇居を後にして、街鉄を乗り継ぎ帝都が国立帝都学院に戻る。葦原から帝都学院までは街鉄ーー帝都市街鉄道で、一時間弱ほど掛かる。

 その間、私たちは何も喋らなかった。ただ、黙って外の景色を眺める。


 今日一日の間で起こった数々の出来事。思い返してみればまるで夢のなかの出来事みたいだった。

 私が皇帝だなんて、やっぱり騙されているのだろうか。


「灯子、降りるよ」


「え、あ、うん!」


 眞宏に肩を叩かれて、慌てて席を立つ。

 ぼんやりとしている間に、いつの間にか帝都学院前に着いてしまっていたようだ。いけない。もっとちゃんとしなくちゃ。


「やっぱり、不安?」


 街鉄を降りて学院の門をくぐったとき、ようやく眞宏が本題に触れてきた。

 私がどう切り出したらいいのか分からなかったこと。だって私が今回のことを整理出来ていないのだもの。まず、どこから手を付けたらいいのかすら全く分からないのだ。


「不安……は、不安だよ。堅州って行ったことないし、鬼落ちはおろか妖もよく知らないし。条約の結び方もよく分からない……」


 うん、と眞宏は優しく相槌を打ってくれる。


「だから、とっても不安。分からないことばっかりで。もっとちゃんと、堅州とかのことを知っていれば、こんなに不安にならないのかも」


「知らないってことが、灯子は怖いんだね」


「そうかも。もっともっと、勉強しなくっちゃ」


 やれるやれないじゃなくて、最善を尽くす。その結果何にも出来なかったとしても、やれることを精一杯やれば良い方に転ぶはず。


 眞宏のお陰でやるべきことが見えてきた気がする。

 全部やらなくっちゃいけないわけじゃない。やれることから少しずつやっていくことが大切なんだ。そうやって積み重ねて行けば、いつか到着地点が見えてくるはず。


 今の私がまずやれること。それは分からないことを調べて学ぶことだ。

 敵を知らなくては、攻め方も見つからない。


「ありがとうね、眞宏。やれることから始めてみる。そうと決まればまずは図書館ね。まずは堅州と鬼落ちについて調べなくっちゃ」


「俺も図書館行くー!」


 元気よく手を挙げて主張してくる眞宏。

 こんな元気一杯な人を図書館に連れて行くだなんて不安だけど、彼はこう見えて学年でも上位の成績を修める優等生だから、一緒に勉強するのは効果的かも知れない。

 学ランの釦は全部外し着崩しているし、片手では足りないくらいたくさんの耳飾りを着けているので、見た目はとても優等生には見えないのだけれど。


「堅州とか条約の結び方についての資料とかってどこの図書館にあるのかな」


「まあ、第三くらいかな。条約については第二くらいになるかも」


 帝都学院の図書館は第一から第六まである。

 私は普段、第五図書館か第六図書館を利用している。しかし帝都学院の図書館は部屋番号があがるにつれて貴重な文献を貯蔵しているらしいので、堅州の歴史や条約につての資料を閲覧するためには、せめて第三図書館くらいにはいかなければならない。

 しかし、第三以上の図書館に入るためには、図書委員の許可が要るのだ。第一図書館に入るには、さらに教員の許可が要る。


「じゃあ、図書委員の許可を貰わなくちゃいけないのね」


「それはそうなんだけど……。うちの組の図書委員は廉翔なんだよねえ。女の図書委員は廉翔にベタボレだから、どっちにしても廉翔を陥落させねーとなんねーの」


「えっ?! 近衛くん?」


 近衛廉翔このえれんしょう。言わずもがな、葦原御三家のひとつ近衛家の長子であり、私のことが大嫌いな男である。

 ただ、私が第二と第三図書館を使わせてくださいと言っても、使わせてはくれないだろう。それどころか、庶民のくせにと罵倒されてしまうかも知れない。罵倒されても図書館を使わせてくれるなら構わないのだけれど、きっと、意地悪をされるに違いない。


「使わせてくれるかな……」


「使わせてくれるよ。あいつ、意地っ張りだけど底意地が悪いわけじゃねーし。ただ、素直になれないだけ」


「そう、かなあ……」


 普段から意地悪をされている私としては、眞宏の言葉を信じることが出来ない。

 確かに、廉翔は私じゃない他の人には優しくて親切という評価をされている。けれど廉翔は私のことを憎く思っている。どう考えても一筋縄では行かないだろう。


「俺が頼んでこようか?」


「ううん。私の問題だから、自分でお願いするよ」


 眞宏に頼ってばかりじゃ駄目だ。

 これから課題をこなしていく上で、こんな問題はたくさんやってくる。そのたびに眞宏に頼っていたらいけない。

 これは眞宏じゃなくて、私の課題なんだ。


 眞宏は私の言葉を聞いてがっかりしたようだ。私が眞宏の妹だからだと思うけど、眞宏はやたら私の面倒を見たがるくせがあるのだ。


「今日はもう遅いから、明日の放課後、近衛くんにお願いする」


 正直、廉翔と話をすることだって怖い。図書館を使わせてとお願いしたら、また怒鳴られるかも知れない。叩かれるかも知れない。

 それでも課題をこなすための第一歩として、廉翔に第二、第三図書館の使用許可を貰わなくてはならない。


「分かったよ。でも、廉翔に何かされたら俺に言って?」


「ありがとう、眞宏」


 眞宏は両目を見つめながら、私の頭を優しく撫でる。私は照れ臭くて下を向いた。これは何度されても慣れることが出来ない。

 眞宏と私は同い年だけど、彼は私にとって誰よりも何よりも最高のお兄ちゃんだ。


「今日は早く寝なよ。それとも俺が添い寝してやろーか」


「恥ずかしいから要らないよ!」


 とんでもないことを言う眞宏に、私は激しく首を左右に振って拒否を示す。茶化しているのは分かるけど、じゃあお願いしようかなあと言えるほど私は面白い人間じゃない。


「昔は一緒に寝てたじゃん。今更でしょー?」


「そんなの、初等科の時の話でしょ」


 私たちはもう十七歳なのだ。思春期なのだ。兄妹とはいえ、床をともにしているなんて知れたら堪らない。大体、女子寮に男子は入室禁止なのである。

 やたら食い下がってくる眞宏を宥め振り払って寮に戻った。


 その夜はなかなか眠りにつくことが出来なかった。喜びと興奮と、たくさんの不安が私の心をバネのように弾ませるのだ。

 学院の寮にあるベッドに横たわっても瞼を閉じても、鮮明に見える皆の怪訝そうな表情。私を責める声。


 怖い。堪らなく怖い。

 今思うと、よくぞあんなことを言えたと思う。皇帝を目指します、だなんて、大それたことを。


「弱気になってちゃ駄目なんだよね。眞宏も応援してくれてるし……」


 それに何よりも、中原家を立て直したい。

 久我の両親や眞宏と暮らすのはとても楽しい。けれど、やっぱり本当の両親と元々住んでいた帝都で仲良く暮らしたい。東街で慣れない農作をしながらその日暮らしをしている両親に楽をさせてあげたい。

 前みたいにお金がいっぱいなくても、豪邸に住まなくてもいい。ただ、毎日を楽しく暮らせたら、それだけで幸せなんだから。


「待ってて、お父さん、お母さん」


 そしてそのまま、私は気を失うように眠りに落ちた。

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