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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
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第一の課題

「久しぶりだね、眞宏」


 眞宏と二人で応接間にて待っていると、雨宮帝がやってきた。雨宮帝と面会出来るなんて今の今まで思っても見なかった私は、弾かれるようにソファーから立ち上がった。


 応接間に入ってきた雨宮帝は、こんな風に言っても良いのか分からないのだけど、思ったより普通の人だった。

 高天原の香我美帝のように派手な感じでも、夜之食国の日色帝のように神秘的でもない。普通のお兄さんという様子だ。


 眞宏と同じ葦原帝の跡継ぎ候補だけが現れるという黄櫨染色の髪の毛を持っている。たれ目で優しそうな印象の好青年である。


「兄貴……」


 雨宮帝に聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で眞宏が呟く。

 表情が崩れたのは一瞬だけで、眞宏はすぐに帝と御三家の表情に戻した。


「突然の訪問、申し訳ありません。こちらは先の夜見の儀式により皇帝候補となった久我灯子。私の義妹いもうとです」


「初めまして! 久我灯子です」


 ぎこちない動作で勢いよく頭を下げる。

 雨宮帝はくすりと笑って、よろしくと返事をしてくれた。雨宮帝も眞宏と同じでとても親しみやすい方のようである。


「初めまして。私は葦原の帝、雨宮雅仁です。今回のこと、とても大変でしたね」


「ええ、私自身とても驚いております。ですが、好機であるとも思っております」


「おや、好機ですか」


 雨宮帝はわざとらしいほど驚いて見せる。


 こういうことは、第一印象が大切なのである。

 雨宮帝に初めて対峙してとても緊張している。いくら優しそうな人でも眞宏のお兄さんでも、やはり一国の帝なのである。

 しかし緊張しているからと言って、弱気な態度で出たらいけない。私はこの人に、私に賭けてくれと言いに来たのだ。ただ一介のなんの後ろ盾もない小娘が、皇帝になるから認めてくれと言いに来たのだ。

 いくら夜見の儀式の御神託と雖も、弱気な小娘になんか賭けられっこない。だからせめて堂々と、精一杯賢そうに、私の考えを伝えなくっちゃ。


「はい。私は皇帝になりたいのです」


「それは何故ですか?」


「私の可能性を試したいと思ったからです。私に少しでも可能性があるのなら、その可能性を使って中原をーー私の実家を復興させたいのです」


 雨宮帝は微笑みを浮かべたまま、私を真っ直ぐに見つめている。

 世間では、なかなか葦原を再建できない雨宮帝を“馬鹿殿ばかとの”なんて言って、馬鹿にしているようだけれど、こうやって対峙してみるとやはり帝なんだと思い知らされる。溢れ出る気品と高潔さに圧されてしまいそうだ。


「成る程、解りました」


「だったら……!」


「しかしそう簡単に貴方を皇帝と認めることは出来ません」


 思いの外、好感触な返事に協力してもらえるのかと色めき立つが、そう簡単にはいかないようである。


「どうしてですか! 灯子は三種の神器に選ばれたんですよ。なんであんたら帝はーー」


 段々と敬語を忘れていく眞宏の言葉を遮るように、雨宮帝も言葉を挟む。


「あのね、眞宏。私が灯子さんを認めることは簡単だよ。だけど香我美帝や日色帝はそう簡単に彼女を認めたりはしない。それに太刀打ちできるように、私は敢えて灯子さんに課題を与えたいと思うんだ」


 息を巻く眞宏とは違って、雨宮帝は落ち着いた口調だ。さすが大人である。ちゃんとした年齢は分からないけれど、確か眞宏よりも十歳以上年上だったと思う。


 雨宮帝の真意に気付いた眞宏は眉間に皺を寄せながらも身を引いた。

 その様子を確認した雨宮帝は、私に向き直って口を開く。


「葦原が帝、雨宮雅仁。皇帝候補、久我灯子に課題を言い渡す。根之堅州國ねのかたすくにに住まう鬼落ちと平和条約を結び賜え」


堅州かたす……ですか?」


 根之堅州國とは、通称堅州と呼ばれている鬼落ちの住む地域のことである。

 帝都にある繁華街でも特に賭博場や売春宿が密集する地区から葦原の一角に掛かった地域を堅州と呼ぶ。堅州には穢れを嫌う香我美帝から高天原を追い出された鬼落ちたちが住まう。

 鬼落ちとは、古来、正気を失ったあやかしのことを指すが、今では正気を失った妖ばかりではなく犯罪を犯した妖なんかも、そう呼ばれているようだ。


 高潔で媚びないことを良しとする妖。それが穢れを纏うとき、鬼落ちと呼ばれるようになるのだ。


 その鬼落ちと平和条約とは、いったいどういう事なのだろうか。


「ええ、堅州の鬼落ちと平和条約を結んで来てください。昨今、葦原に堅州の鬼落ちが蔓延り、葦原の民は大変迷惑をしております。ですから……」


「だから、平和条約を結ぶのですね。お互いが譲歩出来るところで、条約を結ぶ」


「その通りです。私どもも何度か堅州に出向いたのですが、なかなか上手く行かないのですよ。皇室の者だとか官僚だとか、そういった者を彼らは嫌いますからね」


 雨宮帝の言っていることは解る。

 堅州にいる妖は曲がりなりにも高天原の人間である。葦原が武力行使したとて適うはずがない。そもそも葦原の人は先の国内紛争ーー国崩くにくずしを体験して、争いは懲り懲りだって言うし。


 理屈は通っている。だけど、堅州との平和条約なんて大事なことを、私みたいな庶民の小娘に頼んじゃっていいものなのだろうか。


「分かりました。けど……」


「出来ませんか?」


「……ええと」


 軽々しく返事をしてもいいものなのだろうか。

 私だって皆に私のことを認めて貰いたい。けれどこの堅州の件は、一国、葦原の運命を動かすことなのである。そんな大層なことをここで決めてしまってもいいのだろうか。


「出来ないというのなら、今度のことは諦めてください」


「そんな……」


「皇帝や外交官になるということは、こんなことの連続ですよ。決断と責任との連続なのですよ。これしきのことを出来ないというのなら、皇帝になるのを諦めてください」


 雨宮帝の言うとおりだ。私の決めた道は易いものじゃない。こうやってたくさんの責任が伴うもの。

 それでも中原を復興させたいと思う。そのためになら、この課題を達成したいと思う。


 でも、私にやれるのかな……。


 ううん、そういう問題じゃないんだ。やれるやれないじゃなくて、最善を尽くしてやれることを精一杯やって、“やらなくちゃ”いけないんだ。不安でも。私の選んだ道だから。


「久我灯子。その課題、お受け致します」


 緊張を逃がすためにセーラー服のスカートを握り締めていた。手が震えて情けない。


 不安だけど、頑張ろう。

 私のやれることを、私の全身全霊を掛けて。


 私は震える手を無視して、前を見据えた。

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