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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
18/22

有明の空

 太陽が地平線より上に昇る。大気中の塵が光の散乱を手伝い空が明るくなり始め、薄明が山の彼方あなたを照らしている。うっすらと月が見えている有明の空は、きっと私たちを応援してくれているのだ。

 きっと、蠎さんを助けることが出来るはず。


「よし、行くか」


 眞宏は学ランを羽織った。相変わらず学ランの釦は全て外しており、その下に着ているカッターシャツの釦もふたつほど外して素肌を見せている。だらしがないと思うのだが、注意しても直さないのだから仕方がない。


 私は眞宏の言葉に頷いた。

 日色は昨日の場所ーー学院前の街鉄昇降口にいるはず。あの神秘的な雰囲気を纏いながら、殺風景な昇降口に彩りを添えているのだろう。

 私は想像していた。鴉の濡れ羽のような艶のある黒髪に紫色の瞳を持った神秘的な美青年を。


 地面をゆっくりと踏みしめて、私は少しずつ彼の元へと向かう。

 何も喋らずにいる私の隣で、眞宏は鼻歌を歌っていた。全く緊張していないようである。そんな彼の様子を見ていると私まで気持ちが軽くなって来るみたい。思わず微笑んでしまった。


「日色」


 眞宏の声に顔を上げると、そこに日色がいた。

 やはり彼は学院前の街鉄乗り場で一人佇んでいた。全ての釦をきちんと閉めた学ラン姿で、僅かに顔を上げて空を見ていた。

 眞宏と私に気がついた日色は、譫言うわごとのようにぽつりと呟く。


「私たち夜之食国は中原灯子に協力をする」


「本当ですか!」


「本当だ」


 日色に駆け寄る。彼はゆっくりと視線を下げて私と目を合わせた。全てを見透かすような迷いも曇もない瞳。やはり、ぞくりとする程に美しい。

 月みたいな瞳だ。私が心で胡蝶を飼っていると言うのなら、日色は瞳に月を住まわせているみたいだと思う。私たちを照らす美しき望月を、紫色した夜空に住まわせている。


「ありがとうございます!」


「私は君を助けるために協力するのではない。君に協力するが吉と夜見よみたから協力するだけだ。だから、礼など要らない」


「それでも、ありがとうございます」


 帰ろうして、私に背を向けた日色が足を止める。振り向くと思ったら、何も言わずにそのまま歩みを再開してしまった。

 日色の背中が朝靄に消えかけた頃、ずっと黙っていた眞宏が口を開いた。


「んだよ、あいつ。暗えの!」


「寡黙な方なのよ。多くを語らないけれど、とても思慮深くてお優しくて、真面目な人だよ」


 何故だか解らないけれど、私は日色に好感を持っていた。日色の持つ独特な雰囲気が好きなのかも知れない。あの神秘的で柔らかな、月光のような雰囲気が好きなのかも知れなかった。

 眞宏は納得していないようで、ふうんと不機嫌そうに言った。


「それより、早く高天原に行きましょう。本当は面会の予約をすべきだけど、時間がないから直接行こう」


「……はいよ」


 眞宏は拗ねているようだった。

 最近の眞宏は良く分からない。拗ねるようなことはなかったと思うのだけど。彼は何に拗ねているのだろう。


「眞宏?」


「灯子は日色に惚れたわけ」


「は?」


 あまりにも斜め上を行く問い掛けに私は呆れてしまった。

 まだ何回かしか喋ったことがないのに、好きになるも嫌いになるもない。


「だって最近、日色のことばっか褒めるじゃん!」


「褒めてるだけじゃない。好きとかじゃないわ」


 眞宏は唇を尖らせる。

 全く、何を言っているのだろう。今の私には色恋沙汰以外に考えるべきことがたくさんあるのだ。恋をするよりも愛を知るよりも、まず最初にするべきことは、中原を再建することなのだ。私はまだ見ぬ恋人よりも、家族のことのほうがずっとずっと大切なのだ。


「別に灯子が日色を好きでもいいけどさ。でも……」


 何かを言い掛けて、眞宏ははっとしたように口を噤んだ。そして、小さな声で何でもないと言った。私はそれ以上何も言えなくなって、ただ黙って眞宏を見つめる。

 彼は私に何を伝えたかったんだろう。ずっと一緒にいる彼なのに、本当の気持ちは何も分からない。そんな希薄なつきあいをしてきたつもりはないのに、何も分からないんだ。そう思うと切なくなった。


「眞宏が何を勘違いしてるか分からないけど、私は日色様に特別な感情はないよ。日色様よりも大切な人はたくさんいるもの。中原と久我の両親とか、葦原もそう。勿論、眞宏だって私の特別だよ」


 日色か眞宏かと問われれば、今の私の特別は眞宏だ。日色にはたくさん感謝してるけどずっと一緒にいた眞宏の方が大切に決まってる。そんなこと考えるよりも前に分かることだ。

 眞宏はぷっと大きく吹き出してから、けらけらと大きく笑い出した。目尻の涙を拭いながら眞宏が言う。


「ありがとう。それとごめんね。俺、色々焦ってた。ずっと大切にしてた妹をとられた気がして」


「何言ってるの。眞宏ってばお父さんみたい」


 私はくすくすと笑ってたけど、眞宏は眉尻を下げて微笑んでいた。


「本当に、そうだね」


 眞宏は、今、何を思っているんだろう。私のことを大切に思っているのは分かるけれど、いくら何でも過保護すぎる。


「んじゃ行こうか。いざ戦地、高天原へ」


 眞宏はおどけた様子で高天原の方を指す。

 そちらを見てもただ青々とした山が見えるばかりだ。でもそこにあるのだ。九尾の狐の妖、香我美が治める高天原。大和三国で最大の国力を持つ高天原。

 私は蠎を助けることが出来るのだろうか。夜見の神器も夜見の力もない私には、全く分からなかった。

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