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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
15/22

君と二人で何処までも

 風呂屋の二階から降りようとしたときだった。突然、化け猫の娘が階段を駆け上ってきた。危うくぶつかりそうになったので、慌てて避ける。

 化け猫の娘はぜえはあと息を整え、タノジに向かって喋り始めた。


「タノジ、やばいよ! あの女狐に蠎の親分を捕られっちまった!」


「捕られっちまったってのはどういうことなんだい。要領よく話してくんねえと」


 今にも掴み掛からんばかりの猫の娘に、タノジは困ったように眉間にシワを寄せる。タノジは彼女を宥めようと、肩を叩く。


 どうも雲行きが怪しい。

 眞宏と私は顔を見合わせた。


「親分が香我美に監禁されたんだ。人質にされたんだよ! あの女、親分をダシにあたしらを誘き出すつもりなんだ!」


 そこまで喋った猫の娘はその場に崩れ落ちて、わっと泣き出してしまった。

 タノジは呆然としていた。そして眉にシワを寄せて額を押さえる。


 事態は私たちが思うより先に進んでいたようだ。

 この猫の娘の話を信じるのならば、蠎が高天原の香我美に監禁されているらしい。高天原の香我美はやると決めたらとことんやる女と聞くが、その噂に違わぬ豪傑さだ。


「私が、助けに行きます」


 泣いていた猫の娘も、呆然としていたタノジも一斉にこちらを見た。

 考えるよりも先に、口が動いていた。


「そんな簡単なことじゃないんだ! あんたごときに何が出来る!」


 猫の娘は噛みつかんばかりに怒鳴り、威嚇をする。

 一方の私は、やけに冷静だった。何とか出来るような不思議な自信に満ちていたのだ。

 私だってこの何日かで無駄に何度も大変な思いをしたわけじゃない。窮地に陥っただけ成長をしているのだ。

 よく考えれば幾つだって方法は見つかる。


「方法はありますよ」


「どうやるって言うんだい。無事に蠎の親分を助けられるのかい!」


「ええ、勿論」


 猫の娘は私を鋭く睨む。

 はったりでも何でも余裕を作って自信に満ち満ちて、少しでも賢そうに胸を張って、ゆっくりハキハキと言葉を紡ぐのだ。


「蠎さんを助けに行きます。もし無事に助けられたら、葦原に危害を加えることは止めて、平和条約を結ぶと誓ってくださいね」


 タノジに向かってにこりと微笑んだ。

 彼は私の目をじっと見つめ、しばらく何事か思案した。そしておもむろに懐に手を突っ込む。

 懐から手を出したと思うが早いか、顔の横を通り越し、頬ぎりぎりの壁にその手に握られたくないを刺した。

 顔のすごく近いところで、ドスッという音がして、私は息をのんだ。


「解った。その条件を呑む。しかし親分に万が一のことがあったら容赦はねえ」


 シウクリイムを頬張って狸耳を生やしているタノジなどではない。

 鋭い視線と険しい表情は、間違えようのないほど極道であった。大和三国で最大の指定暴力団ーー狐ヶ崎組の幹部の顔であった。


 蠎に万が一のことがあったなら、私は堅州の全精力を以て殺されるだろう。

 私は身動きせず、震えながらもタノジを見つめる。


「分かりました。きっと蠎さんを助けてみせます」


 正直、怖くないと言えば嘘になる。

 だけど、私は私の選んだ道を進むと決めたのだ。迷っても回り道しても、信念は曲げない。


 助けて見せます、という言葉は虚言として言ったつもりは一切ない。その強気の裏には、もちろん、確固たる理由があった。


 風呂屋を出た私は、眞宏を振り返った。

 眞宏はにやりと笑って言う。


「で、どーすんの。俺は何をしたらいい?」


「ことは一刻を争うわ。二手に分かれよう。私は学院に戻って日色様に会いに行くから、眞宏は葦原の雨宮帝に会いに行ってくれる?」


「解った。じゃあ……」


 私は瞳を閉じ、少しだけ思案したあと、もう一度、眞宏を見上げる。


「出来れば早く落ち合いたいのだけど……。終電までに学院で会える?」


 なるべく早く行動しなければいけないのだ。

 出来れば明日までに高天原に殴り込みに行きたい。


「じゃあ終電で帰るから、十二時に灯子の部屋で会おう」


「ありがとう。じゃあ、眞宏、どうにか雨宮帝に一筆して貰ってきて」


「りょーかい。じゃあ十二時にな」


 聡い眞宏は直ぐに私の作戦を分かってくれる。

 眞宏は葦原行きの街鉄に乗るべく乗降口に向かって行った。私は帝都学院前行きの街鉄乗降口に向かう。

 三歩ほど進んだとき、背後から私を呼び止める声が聞こえた。


「なあ、もし駄目だったらどーすんの」


 ざわりと風が鳴いた。

 ふわりとスカートが靡く。


「駄目だったら……」


 うん、と眞宏が頷く。

 私ははためくスカートを押さえて、眞宏のようににやりと笑う。


「一緒に逃げよう。ずーっとずーっと遠くに、逃げようか」


 眞宏はふっと吹き出して、大きな声を上げて笑った。


「だな。駄目だったら逃げよう。二人で、何処までも」


 眞宏は私に背を向けて歩き出した。


 他国の国民は他国の皇居には入れない。そのためには入りたい皇居のある国以外の他二国の免状が必要となる。しかしそんなものが簡単に手に入るはずがない。

 そうすれば、私は帝都学院で日色に会い、眞宏は葦原で雨宮に会うのが一番の近道だろう。


 葦原と夜之食国の帝に高天原の香我美に対して、蠎の解放と堅州の存続についての請願書を一筆して貰う。

 それが今回の目的である。


 不安な気持ちを抱えながら、私は街鉄に乗り込んだ。

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