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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
14/22

なんてね

 あの日を境に、毎日のように堅州に通った。帝都から堅州まで街鉄で片道四十五分掛かる道のりを、もうかれこれ半月は通い詰めた。

 その全てに眞宏は付いて来てくれた。廉翔はやはり部活動が忙しいようで堅州まで付いて来ることはなかったが、必要な資料の提供など私にたくさん協力してくれた。

 しかし、現実はそう上手くはいかないようで。


「今日も蠎さんと馨さんがいないんですか」


「まぁな。蠎の親分と馨さんはご多忙でいらっしゃる」


 すっかり慣れ親しんだタノジと、いつかの風呂場の二階でお茶を啜っている。

 茶菓子は眞宏のご贔屓にしている資成堂しせいどうパーラーのシウクリイムだ。カスタアドと生クリイムの二層なんとかで絶品だと眞宏が必死に説明していたけど、タノジも私もちゃんと聞いてなどいるはずがなかった。


「そんなに毎日どこに行ってんだよ。賭博かあ?」


 眞宏は三個目のシウクリイムを頬張った。


 私たちが堅州に通い始めて、二人に会えたのは最初の二三回だけで、あとはタノジに会いに来ているようなものだった。

 二人がいたとしても、ちらっと馨さんがまた来てたんですかと鼻で笑うのを見るくらいだ。


「愚かもんが! 親分も馨さんも賭博などしねえ、女遊びもしねえ、立派なお方だ」


 タノジは眞宏を睨み付けた。眞宏が余程失礼なことを言ってしまったらしく、タノジは顔を真っ赤にして怒っている。

 それでも血の上りやすいタノジが眞宏を殴らないのは、シウクリイムがお気に召したからだ。タノジは生まれて初めて食べたシウクリイムに感動して、変化へんげを解き尻尾を出してしまったくらいだ。

 タノジは化け狸なのである。


「じゃあどこに行っているんです?」


「そりゃあ言えねえ」


「風俗行ってるから言えねえんだろ」


 こちらを睨むタノジを無視して、眞宏は四つ目のシウクリイムをかじった。


「部外者にゃ言えねえって言ってんだ」


 私がこのまま黙っていたら、眞宏とタノジが本当に喧嘩を始めてしまいそうだったので、間に入るべく口を開いた。


「止めなよ、眞宏。確かに私たちは部外者だし、タノジさんは口が堅い方だから言ってくれないよ」


 タノジさんはふふんと鼻で笑った。少しだけ機嫌がよくなったようだ。

 眞宏は唇を尖らせ、ぶーぶーと文句を言っている。それを無視してタノジさんに向かって微笑む。


「ごめんなさい。タノジさんにも言えないことはたくさんあるんですよね。眞宏も悪気はないんですけど、知りたがりな奴なので。まあ、食べてください」


 十個も買ってきたシウクリイムも残り三個となっていた。そのほとんどを眞宏が食べてしまっている。

 シウクリイムを勧めると、タノジはそれをひとつ手に取った。もふっとシウクリイムに噛みつくと、ぽんっと耳が狸に戻ってしまった。

 四十を回った男に狸耳が付いているのはなかなかシュールである。


「タノジさんはどんなお仕事をされているんですか?」


「俺ぁ、ここの副店長と親分の秘書をしとる」


「そうなんですか。そしたらさぞ信頼されているんでしょうね」


 ここまで来て、眞宏もようやく気が付いたようである。

 眞宏はにやりと笑って私に目配せした。私はにこりと笑って、タノジに向き直る。


「まあな。自惚れちゃいけねーが、親分にも馨さんにもご信頼いただいている」


「そうですよね。そしたらさぞ大切なお仕事も任されているのでしょうね」


 まあなと言ってタノジは誇らしげに笑った。

 勝手に急須を使って紅茶を淹れる。紅茶を淹れるにはポットというものを使うのだが、ここには急須しかない。湯飲みに紅茶を淹れてタノジに差し出した。


「最近はどんなお仕事を任されているんですか」


「最近では、高天原の香我美帝に嘆願書をーー」


 そこまで言って、しまったと言うように口を押さえた。


「嘆願書? 高天原の香我美帝に何をお願いするのです?」


「そりゃあ言えねえ。今の言葉だって本当は言っちゃあなんなかったんだ」


 タノジはお気に入りのシウクリイムも喉を通らないくらい青くなっている。

 しかし眞宏はしてやったりという顔になって、前のめりでタノジを責め立てた。


「教えてよ。タノジが教えてくんないなら、蠎と馨に聞いてこよっかなあ」


 眞宏はにたりと笑って腰を上げた。全く腹黒い男である。

 タノジは慌てて眞宏が着ている制服の裾を引っ張り、引き止めた。


「そりゃあ止めてくれ。話す。話すから」


 私は冷や汗をかいているタノジにハンケチを差し出す。タノジはありがとうと言ってハンケチを受け取り、汗を拭った。


「全部は言えねえが、つまりーー鬼落ちが妖の汚点、高天原の汚点であるのは知っているな?」


 眞宏も私も頷く。

 犯罪者だったり悪事に手を染めた妖である鬼落ちは、汚れを嫌い高潔であることを良しとする妖にとっては汚点そのものなのである。


「高天原の帝、香我美陛下は特に穢れを嫌い、鬼落ちを嫌っておる。そこで鬼落ちがのさばるのは堅州や狐ヶ崎組が鬼落ちの拠り所になるからだと仰って、堅州を、狐ヶ崎組を潰そうとなされている」


「香我美帝は鬼落ちを徹底的に潰そうとされているのですか」


 そうだとタノジは頷いた。


 香我美は鬼落ちを消すために、この根之堅州國を一掃しようとしている。そして堅州を一掃するために指定暴力団である狐ヶ崎組を潰そうとしている。

 蠎と馨はそれを止めさせるために、高天原の帝である香我美に嘆願しに行っているのか。


 妖の国は他の大和三国よりもはるかに、潔癖さや高潔さ、清廉さを大切にする。他国との必要以上の交流を嫌い、純血を尊いものと考えているのだ。

 それ故、汚れたとされる鬼落ちを高天原の恥と考えるのは筋が通る。

 しかしだからと言って、堅州に、狐ヶ崎組に身を寄せる鬼落ちたちもを潰しに掛かるというのはやり過ぎだと思う。


「それで、蠎さんと馨さんは高天原に……」


「高天原に行っているのは親分だけだ。馨さんは高天原を憎んでらっしゃるから、そこに入ることも嫌がるんだ」


 タノジはハンケチをポケットにしまった。


「だから馨さんは夜之食国や葦原、帝都の権力者に協力を仰ぎに行ってんだ。まあ、こちとら鬼落ちに協力してくれるような阿呆は一人もおらんがな。そもそも俺らあ皇居にも入れねえしよ」


「そう、……だったんですか」


 高天原の香我美帝か堅州の指定暴力団だったら、誰だって香我美に協力するに決まっている。そこに正義など関与する余地はない。どちらに協力するの方が利があるか。そんなの考えるまでもなく、香我美に決まっている。


「ほらな、聞いたってしゃーねえだろ。てめえらにはどうしようも出来ないことだ」


「そんなことないよ?」


 眞宏は頬に付いたカスタアドを指先で拭って、指に付いたそれをぺろりと舐めた。仕上げに紅茶を啜って、ぽんぽんとお腹を叩く。どうやら満腹のようだ。


「てめえらに何が出来るんだ」


「やれることはたくさんあるよん。三人より五人の方が可能性は広がるっしょ」


 眞宏は赤縁の眼鏡をくいと押し上げた。


「私もそう思います」


 眞宏も私も子供だけど、大和三国で名門といわれている帝都学院の生徒だ。しかも眞宏は現葦原帝の実弟であり、葦原御三家の養子である。私も一応、葦原御三家の養女だし、仮だけど皇帝候補である。

 この名前を使ってやれることはあるはずだ。


「困ってるとこ助けて条約結ぼうってんだろ? 下心が見え見えなんだよ」


「当たり前じゃないですか。下心満載ですよ」


 まさか私が肯定すると思わなかったのだろう。タノジは驚いた顔をした。


「言ったでしょう? 私は本気なんです。使える手は使います」


「てめえ、強くなったな」


 タノジが黄色い歯を見せ、にたりと笑う。


「お陰様で。……なんてね」


 私はシウクリイムを飲み込んだ。

 さすが資成堂のカスタアドと生クリイムの二層なんとか。程よい甘さでとても美味しい。


 シウクリイムを食べ終わったところで、五つ目のシウクリイムに手を伸ばそうとしていた眞宏の腕を引っ張って立ち上がらせる。


「行くよ、眞宏」


「ん? どこに?」


「まずは葦原の雨宮帝のとこ。次に日色様のところに行く。香我美帝だって二国から反発されたら諦めるでしょ」


 眞宏の徽章を以ても香我美に直接会うことは難しい。他国の帝に会うには他二国の帝の徽章が必要なのだ。

 それにそもそも私たちの言葉をあの香我美が聞いてくれるとは思えない。


 だからまずは自国の帝、その次は同じ学院に通っていて比較的会いやすい夜之食国の帝である日色に会いに行く。

 その二人とて私の言葉を聞いてくれるか分からないけど、それだってやってみなければ分からないことなんだから試す価値はあるはずだ。

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