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花のおとめ三国史  作者: 高梨いろは
葦原編
10/22

お誘いが下手

 絶体絶命。まさにそんな感じだ。


 眞宏は身じろぎ出来ないみたいだし、私も半裸である。眞宏は馬鹿力だけどそれ以上に馨の方が力が強いようだし、当然私は貧弱だ。

 皇帝候補だからといって特別頭がいいとか力があるとか、美人だとか、そういうことはないのだ。返す返すもなぜ私が選ばれたのか分からない。しかし、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。

 どうやって、この状態を変えるか。それが問題である。


「恋人ごっこは終わりました?」


 馨は感情のこもらない笑みを浮かべている。

 何か、言葉を返さなくちゃ。何か気を引くようなことを言わなければ、眞宏が非道い目に遭わされてしまうし、私も手込めにされるか殺されてしまうだろう。ちゃんと頭を働かせて、考えなくちゃ。

 そうだ。この会話をなんとか引き伸ばして、出来るだけ時間を作ろう。


 そういえば、眞宏たちの書き写して来てくれた用紙にも、まずは会話をすることって書いてあった気がする。言葉を話しているうちに次の手を考えるんだ。


「眞宏は恋人じゃありません。私の兄さんです」


「でも、義理でしょう?」


「義理でも私にとっては大切な兄さんには変わりありません。今もこうやって守ってくれてる」


 指先が震える。

 怖い。怖いよ、眞宏。


 恐怖心を出さないように柔らかに微笑んだ顔を作る。真っ直ぐに馨を見つめて、広角に笑みを乗せて、泣かない。

 馨はそんな私の気持ちに気付いているのか、変わらない笑みを浮かべて、あの濁った瞳で私を真っ直ぐに見つめ返している。その間も、彼は眞宏の腕を戒めている。

 ぎり、と骨の鳴るような音がする。眞宏が可哀想、痛そうだ。

 思わず、眞宏と彼の名を呼んでしまった。はっと気が付いて馨を見ると、にいと笑みを深くしていた。そしてますます眞宏への戒めを強くした。


 馨は私を揺さぶろうとしている。

 駄目だ。動かされてはいけない。踊らされてはいけない。

 真っ直ぐ、馨を見つめる。


「だから、私も眞宏を守りたい。ーー……いや、守るんじゃないな。私がしたことの落とし前は私がつける」


 ほう、と馨は声を漏らす。


「こいこいで負けたのは私です。だから、私が責任を取ります。眞宏を放して下さい」


「貴方に責任が取れるんですか。ここで私に抱かれるのが罰だ、と言われてもですか?」


 周りから下品な笑いが漏れる。馬鹿にされているみたいで悔しい。

 こんなところで好きでもない人に手込めにされる。そんなのは嫌だ。初めては好きな人としたいと思う。

 だけど、それで眞宏を守れるのなら、それでもいい。こんな私で、眞宏を守れるのなら。


「そ、それで……」


 声が震えてしまう。


「それで馨さんが満足すると言うのなら、私は構いません」


「灯子!」


 眞宏が声を荒げる。


「駄目だ、そんなの! 俺はそんな風に守って欲しくなんかない! 灯子! 灯子!」


 眞宏がじたばたと手足を動かして身じろぎするが、そんな彼を馨は余裕の表情で押さえつけている。


「ですって。どうするんです、灯子さん。本当にいいんですか。私は優しくありませんよ。痛いですよ。怖いですよ。恥ずかしいですよ」


 舐め回すような馨の視線。

 ほとんど裸みたいな私の体を、品定めするように見ている。小刻みに体が震える。

 もうこの時点で恥ずかしいし怖い。


「まっ、……負けたのは私です。試合前にちゃんと取引をしなかったのも私です。だから、……仕方ありません。私、久我灯子は馨さんに抱かれます。取引成立です」


 スカートを握りしめる。


 こんな人に手込めにされるくらいなら死んだ方が良かったかもしれない。何も分からなくなるくらい殴られた方が良かったかもしれない。

 だけど、私が決めたことなのだから、せめて賢そうに真っ直ぐ馨を見て。


「さあ、来いっ!」


 握り拳を作り、構える。


 その姿を見た馨は切れ長の瞳をひとふたまわり大きくする。その直後、目許を押さえて、くくくっと喉を鳴らすように笑い始めた。


「さあ来いって、何をするつもりなんです。上手に誘えとは言いませんけど、そんなお誘いだと流石に萎えます」


「萎えますか」


「萎えますね」


 とは言われても、何せこういうことをするのは初めてなのだ。

 いかがわしい本も眞宏が隠していたのを興味本位で見たくらいだ。その本も読んでいるうちに馬鹿馬鹿しくなって途中で読むのも止めてしまったし、上手な夜のお誘いが、男の人の求める夜のお誘いがどんなのかだなんて、私が知るはずがないのだ。


「私はどうすれば良いんです?」


 分からないことは聞けばいいのだ。

 鳥肌の立つ腕で自分の体を抱きしめた。


「そうですねえ。じゃあまずは」


「おいこら、馨」


 突然、扉を開けて、誰かが部屋に飛び込んできた。


 金の三白眼にニヒルな笑みを浮かべている、強面な男の人。威圧感を感じるほどの高身長であり、着物から見える胸元や二の腕は筋骨隆々である。例えるなら岩のような人。

 しかも着物からチラリと見える素肌には所狭しと棘のような刺青が彫られている。


「おや、蠎」


「おや、じゃねーよ。なァに餓鬼に手ェ出してンだよ。あんま暴れんじゃねえ。てめえの尻拭いは懲り懲りだ」


 この人が、蠎。

 堅州の頭目であり、狐ヶ崎組の親分である男。


「すみませんねえ。久しぶりに帝都のヒトを見かけたもので」


 飄々とした口調で喋りながら、馨は眞宏の手を放した。

 解放された眞宏は一目散に私に近づき、先ほどタノジに投げつけた学ランを私に掛けてくれた。ちらりと脱がされたセーラー服を見れば、引きちぎられておりぼろぼろになってしまっていた。

 こんなのを久我の両親に見せたらびっくりさせてしまう。二人ともとても優しい人だから、私が学校で苛められていると思ってしまうかも。

 それに、学院の制服はすごく高いのに、勿体無い。


「灯子、大丈夫? 怖かったよね」


「うん、大丈夫。眞宏も腕、平気?」


「灯子……?」


 蠎が私を見ている。

 会う約束を取り付けたときに名前は伝えてあったから、蠎は私の名に聞き覚えがあるのだろう。あるいは皇帝候補として私の名は大和三国で有名になりつつあるのかも知れない。


「はい、あのーー」


「おい、てめえ、馨! こいつが皇帝候補の灯子だって知っててからかったンか」


 やはり蠎の指示じゃなかったみたい。差し詰め、狐ヶ崎組の部下が独断でしでかしたことなのだろう。

 堅州の頭目が少なくとも馨よりは良い人そうで良かった。


「それはそうですよ。こんなとこで怖じ気づくような奴が皇帝じゃあ大和三国どころか、堅州ひとつも治められませんから」


 蠎は馨の言葉に呆れたようだ。


「あのなあ。相手はまだこんな乳臭ェ餓鬼なんだぞ」


「乳臭い餓鬼でも、皇帝候補です。だったら、どうするんです、蠎。貴方はこの久我灯子をどうするつもりなのです。この子は私たちと取引しに来たのですよ」


 蠎は黙ったまま、眉間にシワを寄せた。

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