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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その十四、Do I need you?
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メイドの土産

 秋穂と別れた僕とカノン、レリーラは、学校へと向かった。

 夏休みの学校というものはひどく閑散としていた。所々から運動部ものと思われる掛け声が聞こえてくる。暑いのにご苦労なことである。

 クラブセンターにも人影は見当たらない。しかし、軽音楽部のやかましい音や人の話し声が聞こえてくるのだから、どこかで活動は行われているのだろう。

 汗だくになりながら階段を六階まで上りきり部室に入ると、クーラーの涼やかな風が身を包んでくれた。ちょっと寒かったが、汗が瞬間的に引いていくのを感じた。

 「遅いなぁ、俊助」

 相変わらず『高次元戦士バルダム』のプラモデルを弄っている夏姉がこちらに視線を向けることなく言った。

 「遅いって、まだ集合十分前ですよ」

 僕は部室にある時計を指差した。集合時間である十二時のちょうど十分前だ。非難される覚えはない。

 「我が部は二十分前行動だ。あと五分遅刻したら、メイド服の刑だったのになぁ」

 「待って待って!二十分前行動なんて初耳だし、メイド服の刑って何?そんな刑罰ないよ!」

 「せ、せせせせせせ先輩がメイド服ぅぅぅ!おおおおお男の娘、男の娘ですかぁぁぁぁぁぁ!」

 せせせせセーラー服もよかったけど、めめめめめメイド服ももももも、と興奮しきりの紗枝ちゃん。カメラ取りに帰らなくちゃと紗枝ちゃんが出て行こうとするので、その襟首を掴んで阻止した。

 「ちなみに僕は一時間前に来て一番乗りだったよ。おかげで準備も万全だ」

 「さ、悟兄ちゃん?なんでいきなりオレの手を握るんや?準備ってなんや?」

 不敵に微笑む悟さんに、露骨に嫌がるレリーラ。うん。今日も我が部は平穏だ。

 「さて、冗談はここまでとして揃ったところで始めるとしようか」

 悟さんがようやく部長らしいことを言って席に着いた。その隙に逃げ出しカノンの後に隠れるレリーラ。やっぱり留守番していた方がよかったんじゃないだろうか。

 「今日集まってもらったのは他でもない。八月末の同人誌即売会のことだが、我が『自由妄想同盟』は見事に落選した」

 悟さんが主催者から送られてきた落選通知を皆に見せた。人気の即売会なので申し込むサークルが多く、いつも抽選になっていたのだ。

 「あちゃー、ここのところずっと当選していたのにね」

 強運の持ち主を自称する夏姉が悔しそうに顔をしかめた。実際、夏姉が申込書を書き始めてから落選したことはないらしい。

 「ふむ。こればかりは運なので仕方あるまい。それでだ。僕は兄さんに話をつけて、我々の同人誌を兄さんのサークルに委託しようと思っている。それに異論はないかな?」

 悟さんのお兄さん(大手商社勤務)もド級のオタクで、同人誌サークルを主催している。そのサークルは当選したらしいので、作成した同人誌を委託して販売しようというのだ。勿論、全員(カノンとレリーラは意味が分かっていないだけだが)異論はなかった。

 「では、委託のことは兄さんに話をつけておこう。それで問題になってくるのは、我々はお願いする立場上、一冊しか委託することができない」

 「何を言うんですか、悟さん。いつも一冊しか作っていないじゃないですか?」

 「ふむ。いつもならそうなのだが、実は数日前、夏子君が実に興味深い提案をしてね。僕も実はその提案についてはとても心動かされている。それはカノン君と俊助君のコスプレ写真……」

 「はい!!悟さん!僕がばりばり書きますから、いつもの同人誌にしましょう!」

 僕は大きく手を上げ主張した。そういえば夏姉、前の即売会の時にそんなこと言っていたな。だが、いつもどおりが一番だ。ここで奇をてらう必要なんてない!

 「ばりばり書くって……。前回、原稿落とした人間に言われてもねぇ。説得力ないよ」

 「そうですよ。もう原稿なんて気にしないで、コスプレっちゃいましょう。一回やってしまったら、二回三回なんて朝飯前ですよ。やりましょうやりましょう」

 不服そうな夏姉に、コスプレ写真に並々ならぬやる気を見せる紗枝ちゃん。くそっ!相変わらず包囲網が厚いな。

 「カノン君はどうだ?もし君がコスプレ写真を売られ、人目に晒させるのが嫌ならこの企画は引っ込めよう」

 あれ?カノンにはそんなことを訊いて、僕には訊いてくれないの?僕の意見は完全無視なの?ま、まぁいい。カノンさえ反対すればこの企画は潰れる。僕はカノンに視線で訴えかけた。カノン、分かっているよな。

 「私は別にいいけど……。コスプレ好きだし、見られるのも恥ずかしくないし……」

 くそっ!カノンに期待した僕が馬鹿だった。

 「ふむ。これで賛成四、保留一か。それでは民主的に今度の即売会にはコスプレ写真集を……」

 「待った!保留ってなんですか?」

 「君は反対とは言っていないじゃないか。いつもの同人誌にすると言っただけだ。残念だね。君が強硬に反対していたら、この企画はなかったことにしようと思っていたのに」

 絶対に嘘だ!子どもみたいな屁理屈並べて……。悟さん、要するにあなたもコスプレ写真集やりたいんですね。

 「兄ちゃん。人生諦めが肝心や。ぷぷ。せいぜい女装せいや」

 笑いをかみ殺しながら言うレリーラ。ここ最近おちょくられるターゲットだったので、ここぞとばかりに憂さを晴らしてやがる。

 女装?そうだ!僕は女装させられることを恐れていたが、コスプレ=女装とは限らないじゃないか。男キャラのコスプレだってありだろう。よし、そのことを主張してやろう。

 「じゃじゃん!俊助が大好きな『メイドと執事のあれやこれ』の雪平なぎさのコスプレ衣装だよ」

 まるで僕の行動を予期していたかのように先手を打ってきた夏姉。部屋の隅に置いてある紙袋から『メイドと執事のあれやこれ』の劇中で雪平なぎさが着ているメイド服を取り出した。しかも、スカート丈が異常に短い夏仕様だ。先程のメイド服の刑といい、最初から僕に着せる気でいたんだな、夏姉。

 「嬉しかろう嬉しかろう。これで俊助もなぎさちゃんと一心同体」

 「先輩のメイド服!あ、鼻血が……」

 「シュンスケなら似合うんじゃない。料理も掃除もお手の物なんだから」

 こいつら、もう僕に着せる気満々だな。だが、そうは問屋は卸さないぞ。

 「夏姉!コスプレなら、男キャラのコスプレもあるでしょう!ほら、ガラミティー大佐とかホムラ・サイとか……」

 「はぁ?てめぇ、ガラミティー大佐なめとんのか?俊助に大佐は千年早いわ」

 いきなり怖い顔に変わり、殺意の篭った視線を突き刺してくる夏姉。ご、ごめんなさい。ガラミティー大佐が絡むと本当に容赦ないなこの人。

 「ほ、ほら。ハン元帥の軍服とか似合うだろう?紗枝ちゃんもよく言っているじゃないか……」

 「そうですね……。じゃあ、カノン先輩には皇帝ローゼンメイデンのコスプレをしてもらって、こう二人がベッドでくんずほぐれつ……」

 「そんなことできるか!」

 「そうよ!できるわけないでしょう!」

 流石にカノンも反対。それじゃあハン元帥は駄目です、とむれる紗枝ちゃん。

 「無駄な抵抗はやめるんだね。何なら強引にひん剥いちゃうよ。ガラミティー大佐の恨みは恐ろしいよ」

 ついに実力行使に出ようとする夏姉。この人が本気で襲ってきたら、間違いなく力でねじ伏せられる。

 「せ、先輩がレ……」

 はいはい、紗枝ちゃん。そこから先は本当にまずいから自己規制ね。

 「き、着ればいいんでしょう!着れば!」

 僕は夏姉からメイド服をひったくる。もう諦めるしかない。これ以上拒否し続けると、本当に十八歳お断りの事態になりかねない。男としてここは僕が犠牲にならないといけないのだ。

 部室の隅にはコスプレ衣装を着替えるためのカーテンつきのコーナーがわざわざ設けられてある。僕は、メイド服を抱えてそこへ移動する。

 「せ、先輩、良ければ手伝いますよ。女性の服って着慣れていないでしょうから……」

 「いらない!」

 僕はカーテンを強く締めた。


 「馬鹿ね。今着る必要なんてないのに……」

 「兄ちゃん、ほんまアホやな……」


 数分後。慣れないメイド服に着替えた僕は、カーテンの外に出た。歓声と拍手が起こる。う、うう……。ちっとも嬉しくない。

 「何よ、嫌がっておきながら結構似合っているじゃない……」

 「兄ちゃん、ぷぷ。見直したわ。これはこれで一芸や。ぷぷぷ」

 「はわわわ。清楚なメイド服……。でも、その下にはいきり立った己自身が……」

 「う~ん。本当に男にしてはけしからんほど綺麗な足をしているな。俊助って本当は女の子なんじゃない?」

 四者四様の意見を述べる女性陣。悟さんは、興味ないらしくパソコンに向かっている。ま、興味を持ってもらっても困るんだが……。

 「どれどれ、折角だから恒例行事といこうか。そのスカートの下は何を穿いているのかね?」

 僕に近づきスカートの裾を掴む夏姉。

 「ふ、普通のボクサーパンツですよ」

 「え~メイド服にボクサーパンツ?どれ、本当かどうか確かめないと」

 力任せにスカートをたくし上げようとする。丈が短い分、すぐに危険領域が露になってしまう。

 「や、やめてくださいよぉ!夏姉ぇ!」

 「へっへっへっ。嫌よ嫌よも好きなうちってか?ほれほれ、脱いでみな」

 あろうことか上半身のシャツまで脱がしにかかる夏姉。や、やめてぇぇ!

 「はわわっ。せ、先輩が脱がされていく……。ハン元帥は嫌がりながらも徐々に脱がされていくにつれ、下半身は興奮し……」

 駄目だ。軌道修正しようとしても、このメンバーが揃うと、どうしても十八歳お断り状態になってしまう。ど、どうしよう。僕の貞操の危機が……。

 「兄さん!!」

 そこへ乱入してきた秋穂。救世主が来た、と思った瞬間、秋穂は額に手を当て倒れてしまった。

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