妹のいる朝~朝食の攻防~
「兄さんいかがです?兄さんが大好きな茄子のお味噌汁。美味しいですか?」
「あ、ああ……」
僕の隣にぴったり寄り添い、給仕をしてくれる秋穂。テーブルの上には茄子の味噌汁とご飯、鯖の塩焼きにマカロニサラダ。いずれも僕の好物のメニューだ。トーストとフルーツだけといういつものメニューと比べれば、すごい分量だ。
「お代わりもありますから、たんと召し上がってください」
「朝から豪勢だな。あんまり無理するなよ、お前も昨日帰ってきたばかりで疲れているだろう?」
「いいえ、大丈夫ですわ。兄妹ですもの、ご遠慮なさらず」
「そ、そうか……。カノンとレリーラは、まだ寝ているのか?」
寝ているだろうな。休みの時は九時近く寝ているからな。
「さぁ、存じません。はっきり言ってどうでもいいです」
「どうでもいいってことはないだろう。一応、一緒に暮らしているんだから」
「私はそんなことを認めた記憶はありません。それよりも兄さん、あまり箸が進んでいませんね」
「食べているよ。自分のペースで食べさせてくれよ」
そうですか、と自らも箸を動かしはじめた秋穂。いざ二人きりになると、会話もなく淡々と食事が進んでいく。何か話をした方がいいのだろうか?でも、いいネタが思いつかない。下手にアメリカでの生活のことなどを聞くと、きっと執拗にアメリカへ来いと説き伏せてくるだろう。勿論、てこでも日本を動くつもりはないが、面倒臭いことになるのでそれは避けたかった。
「ご馳走様……」
あれこれ考えているうちに食べきってしまった。食器を重ね、キッチンへ持っていく。仕方ないのでカノンとレリーラの朝飯を用意しておいてやろう。
「あ、兄さん。洗物なら私がします」
「いいよ。カノンとレリーラの分の飯も用意してやらんとな」
「どうして兄さんがあの方達の食事を用意されているんですか?」
非難するようにじろりと睨んでくる秋穂。
「自分でもそう思わんでもないがな。でも、あいつらは異世界……じゃなかった、外国から来たんだから、その辺は大目に見てやらんとな」
「私も外国から来たんですが……」
「もともと日本人だろう。変な理屈をこねるな」
「兄さん、甘い……」
秋穂が箸を止め、ぼそっと呟いた。まぁ、甘いのかもしれないが、放っておくわけにもいかないからな。
「本当に兄さんは変わりましたね。アニメばかり見ていた兄さんがそうやって他人の面倒を見るようになるなんて」
まるで別人です、と付け足す秋穂。おいおい、昔の僕ってそんなにひどかったのか?まぁ、自覚がないわけではないが、社交性ゼロというわけではない。ちゃんと友と呼べる人達はいるぞ。少ないけど。
「一年半、月日は人を変えてしまう……。兄さんは、私が以前と比べて変わったと思いますか?」
なかなか難しい質問だ。外見も性格もそれほど変わっていないように思われる。でも、女性って髪を切ったとかそういう微妙な変化を指摘されると嬉しいんだっけ?
「髪、切った?」
「はぁ。残念です。昨日アメリカから帰ってきて一年半ぶりに再会したのに、散髪したかどうかなんて分かるはずないじゃないですか?そういう場合は、髪形変えたと聞くべきでしょう」
「髪型変えた?」
「変えていません。本当に残念です、兄さん」
食べ終わった食器を運んできた秋穂は、当然のように僕の頬にビンタを放ったのだった。
九時ごろになってカノンとレリーラが起きてきたので朝飯を食わせた。朝飯が準備されていたうえ、秋穂が用意していた材料を使って作ったのでいつもよりもやや豪勢な内容になってしまった。そのためカノンとレリーラは上機嫌だったが、秋穂は不機嫌そうだった。うむ。どこが変わったか、ちゃんと真剣に考えて答えるべきだったか……。
やや後悔しながらも、洗物、洗濯を一通り終える。さて、出掛ける準備をしないと。今日はクラブがあるのだ。
夏休み中ではあるが、クラブ活動はある。我が『動画及び動画遊戯研究会(通称動動研)』も不定期ながらも休み中に活動がある。特に八月の末には同人誌即売会もあるので、そのためのミーティングや準備もしなければならないのだ。
「おい、カノン!行くぞ」
当然部員であるカノンも参加しなければならない。カノンは我が部の貴重なコスプレ要員であり、この夏にはコスプレ写真集を出すのだと夏姉は息巻いている。当のカノンも、コスプレの快感に目覚めたのか乗り気だ。
「はいはい。ちょっと待ってよ」
同じく着替えたカノンがばたばたと部屋から出てきた。カノンも当然私服だ。
「兄さん、お出かけですか?」
二階から秋穂が下りてきた。険しい顔つきだ。
「部活だ部活。留守を頼むな。夕方までには帰ってくる」
「部活ってアニメがらみのあれですか?美緒さんから聞いています。まったく、兄さんの日常はアニメしかないんですか?」
「別にいいだろう。とにかく留守は頼むぞ」
「兄ちゃん!オレも連れてけや」
とてとてとレリーラが駆け寄ってきた。ここ最近、悟さんを警戒して部活についてくることはなかったのに。
「どういう風の吹き回しだ?」
「あの姉ちゃんを二人っきりにせんといてや!はっきり言うて怖い」
レリーラが耳元で囁く。わずかに声が震えているように聞こえる。
「でも、部活には悟さんがいるぞ」
「……構わん。あそこならまだ人目があるからまだましや」
それほど秋穂に恐怖を抱いているのか……。またしても幼女に天敵が増えたわけだが、流石に同情を禁じえなかった。
「分かった、ついて来い。但し、自分の身は自分で守れよ」
「話が分かるなぁ、兄ちゃん」
そやから兄ちゃんのこと好きや、とレリーラは嬉しそうに下駄箱から靴を取り出した。
「兄さん。私も行きます」
え?今、何て言いました?
「一人で留守番は寂しいですし、兄さんが普段どんな活動をしているか情報を収集してアメリカのお父さんとお母さんに報告しなければなりませんので」
僕の答えを待つまでもなく、二階へ戻る秋穂。きっと着替えてくるつもりなのだろう。こうなるともはや止めようもない。
「なんや!姉ちゃんも来るんか?」
真っ青に怯えるレリーラ。僕も幼女と同じ心境であった。




