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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その十三、秋穂が出た!
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惨劇のはじまり

 鬱陶しい期末テストが終わると、学生達には光輝く未来が待っていた。

 夏休み。約一ヶ月に及ぶ毎日が日曜日状態の日々は、学生にとっては何ものにも変えがたい重要な時間である。

 『いいよな、お前らは。これから一日中ゲームできるんだからなぁ……』

 と名和年恵先生の駄目な大人発言は無視するとして、とにかく夏休みだ。一日の大半を好きなことに費やせる日々が始まったのだ。


 夏休み三日目。

 昨晩、というよりも日付的には今日になるのだが、午前三時近くまで深夜アニメを堪能していた僕は、ベッドの中で自然と目を覚ました。学校のある時なら、携帯電話のアラーム機能などという無粋な方法で強制的に起床しなければならないのだが、夏休みはそんな必要はない。人間らしく、自然に起きることができるのだ。

 その時計を見てみると、午前十一時半を少し過ぎたぐらい。おお、意外に早起きだ。

 ベッドから出た僕は、部屋の雨戸を開ける。う~ん。太陽の光が眩しい。

 ぴぴぴ。ここで携帯電話からメールの着信音。誰からだろう。まぁ、僕にメールを寄こしてくるのは、夏姉か悟さんか紗枝ちゃんの誰かだ。

 僕は携帯電話を開ける。画面には未読のメールがなんと七十二通!

 「は、はぁ!?」

 僕は送信主を確認する。いや、すでにこの未読メールの数でおおよそ見当はついているのだが……。

 「あ、秋穂……」

 送信は全部、妹である秋穂の携帯電話からだった。僕は血の気が引くのを感じた。でも、なんで携帯電話に?いつもはパソコンのメールアドレスに送ってくるのに……。

 そこで僕はある可能性に思い至った。秋穂がわざわざ携帯電話から送ってきたということは……。僕は、一番古い未読メールを恐る恐る開いた。

 『兄さん。今、関西空港に到着しました。帰国する旨のメールを何度も何度も何度も送っても、ちっともちっともちっとも返信してくれないので、てっきりサプライズのお出迎えがあると思っていたのですが残念です。でも、優しい兄さんのことですから、きっと空港のどこかで待っていてくれるものと信じています。このメールを見たらすぐに電話してください』

 秋穂……。帰ってきたのか……。そういえば、アメリカの学校って九月が新学年になるんだっけ?一時帰国するにはいいタイミングだ。僕は、パソコンメールのチェックを怠ったことを今更ながら後悔した。

 『空港を出ました。兄さんからの電話がなかったのが残念です。きっと空港駅で待っていてくれていますよね?期待しています』

 『結局、駅にもいませんでしたね。きっと電車に乗れば隣が兄さんというサプライズが用意されているんですね?期待しています』

 『隣は普通のおじさんでした。どうして兄さんではないのでしょうか?きっと途中の駅で兄さんが乗ってくるんですね?期待しています』

 『兄さんは乗ってきませんでしたね。もうすぐ終点です。きっとそこで兄さんが待っていることを期待しています』

 『兄さんやっぱりいませんね。これから在来線に乗り換えます。可愛い妹が帰ってきたのに、この仕打ちですか。がっかりです。ショックです。このショックをどう表現していいのか分かりません。兄さんにとっては、お気に入りのアニメDVD全巻が叩き割られるぐらいのショックでしょうか?帰ったらぜひ試してみたいと思います』

 手が震え、僕は携帯電話を落とした。これ以上、未読メールを読み進めるのが怖かったが、携帯電話を拾い、勇気を振り絞り、一番新しい未読メールを開いた。

 『今、駅に到着しました。そこで兄さんが待っていてくれていると最後の希望を持っていましたが、見事に裏切られましたね。もうこのショックを言い表すことができません。もう行動で表すしかありませんね。具体的には兄さんが持っているいかがわしい本をすべて焼き捨てるとか、兄さんを庭に埋め……あ、バスが来たので乗ります』

 僕は携帯電話を投げ捨て、あわてて着替えを始めた。せめてバス停に迎えいかなければ、いかがわしい本を焼き捨てられる。庭に埋め、とか恐ろしい記述もあった気がしたが、今は無視だ。全速で秋穂を迎えにいかなければ。しかし、最新のメールが来たのは何分前だ?ひょっとしてら、そろそろバスが到着するかも……。

 ぴぴぴ。メールの着信音だ。僕は、思わずひっと小さく悲鳴を上げてしまった。怖々と内容を確認してみる。

 『バス停にすら迎えに来なかった兄さん。これからとぼとぼとひとりで寂しく家に帰りたいと思います。荷物が重たいので、途中まで迎えに来て欲しいのですが、きっと無理なんでしょうね。諦めます。悔しくて憤りますが、諦めます。諦めたくないのですが、諦めます。きっとマルヤスかノジマドラッグあたりで兄さんが待っていてくれると信じたいのですが、諦めます』

 ・・・・・・。要するにまだ諦めていないのね。よ、よし。被害を最低限に抑えるためにも迎えにいこう。

 どたどたと階段を駆け下ると、キッチンの方からカノンが顔を覗かせた。

 「うるさいわね。起きたんなら、昼ごはん作ってよ」

 不機嫌そうに要求するカノン。ちなみに、夏休みに限り、惰眠を貪りたい僕に代わってカノンが朝食係りになっている。尤も、果物を切って食パンを焼くだけなのだが。

 「馬鹿を言うな!人類滅亡の危機だぞ!そんな暇はない!」

 「人類滅亡?まさか、魔王デスターク・エビルフェイズが攻めてきたの?」

 目つきが変わるカノン。

 「違う違う。あんな奴が攻めてきたところで、猫一匹すら危機にならんぞ」

 「じゃあ、何よ?どんなやつが相手でも私、やっつけるわよ」

 カノンがシュッシュッ、とシャドーボクシングの真似をする。

 「無理だ無理。あの恐ろしさは、武力では解決できん。精神的にやられる、そんな類だ」

 「精神的……」

 ごくりとカノンが唾を飲み込む音が聞こえた。

 「そうだ。だから、お前はおとなしくしていろ」

 「待ってよ。やっぱり私も行く。シュンスケひとりでは戦えないでしょう」

 いや、戦うとか戦わないとかそういう問題ではない。諸手をあげて降参しにいくのだ。

 「駄目だ!来るな!」

 「いやよ!シュンスケをひとりにするわけにはいかない!」

 僕の腕を掴むカノン。くそっ、この馬鹿力に捕まったら、逃れるのは容易じゃない。

 「は、離せ!カノン」

 「離さないわよ!」

 僕は精一杯の力を振り絞ってカノンの手を振りほどこうとする。しかし、力でカノンに勝てるはずがなく、しかも空いた方の手で肩をつかまれてしまった。や、やばい。もうすぐ秋穂がこの家に辿り着くというのに……。

 「お、何や楽しそうやな!」

 そこへ二階から幼女登場。く、来るな!お前が来るとどんどんややこしくなる!

 「オレも混ぜてくれ!」

 階段の中ごろからジャンプし、僕とカノンに突っ込んでくるレリーラ。や、やめろ!

 「うわっ!」

 「きゃぁっ!」

 「ひゃっほーい!」

 幼女の突撃により三人諸共廊下に倒れこんだ。僕が一番下で、カノン、レリーラの順で折り重なる。カノンのわずかに膨らんだ胸の感触が……ち、違う、そんなことを考えている場合じゃない。このパターンはまずい。フラグだ。悪いフラグだ。ちょうどこの瞬間に秋穂が帰ってくる……。

 「ただいま、兄さん」

 案の定、開け放たれたドアの向こうに、青ざめた顔の秋穂が突っ立っていた。

 

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