お友達ですから
「ただいま~!」
買い物から帰ってきた僕は、とても上機嫌だった。
『マルヤス』からの帰りは、千草さんといろんな話で盛り上がり、様々な千草さんの情報をゲットすることができた。
父親が単身赴任中で母親と二人暮らしであること。その母も仕事があり、夕食はひとりで済ますことも多いこと。自分で料理をしようと思ってはみるものの、上手くできるかどうか臆してしまっていること。
そのような日常の何気ない話を聞くに及び、千草さんを身近に感じれるようになった。だから僕も思わず饒舌になり、随分といろんなことを喋ってしまった。時折、千草さんは笑ってくれたので、まずい話はしなかったに違いない。
「新田君。じゃあ、今日はいろいろと教えてくださいね」
スーパーの袋をキッチンの机に置いた千草さんが念を押すように言った。帰りの道中、料理を教えて欲しいと千草さんが言い出したのだ。
「勿論ですよ。今日はカレーライスですけど、意外に奥が深いですからね」
僕はスーパーの袋から材料を取り出しながら、絶対に美緒が作ったものよりも超絶美味いカレーを作ってみせると心に誓った。うん?美緒がいないぞ。それにカノンも。
「ちょっとそこを退きなさい!」
「駄目よ!ここから先は通すわけいかないのよ」
階段の方から聞こえる。美緒とカノンだ。
「な、何かしら?」
「千草さんは袋から材料を出しておいてください。ちょっと僕は用事が」
僕はダッシュで階段に向かう。案の定、階段の半ばあたりでカノンと美緒がにらみ合っていた。
「何をしてやがる!」
「俊助の部屋へ行こうとしたら、カノンちゃんが邪魔するのよ」
「今日ばかりは美緒をシュンスケの部屋に入れるわけにはいかないの!」
「待て!まず一人ずつ突っ込ませてくれ。まずは美緒。僕の部屋へ行くのをあたかも当然のように言うな。それにカノン。今日ばかりはってどういうことだ?今日以外は率先して美緒を僕の部屋に案内していたみたいじゃないか!」
僕の突込みを無視し、対峙する二人。やがて美緒が強引に階段を上ろうとしたので、カノンが体を大きく広げて阻止する。
「どいてカノンちゃん!ここまで熱心に阻止行動を取るとなると、ますます俊助の部屋をチェックして秋穂ちゃんに報告しないといけないの!」
「どかないわ!今日と今日は、シュンスケの名誉のためにも!」
手を伸ばし、カノンを排除しようとする美緒。カノンはその手を受け止める。両者は、お互いに両手の指を絡め、体を押し合う。
「美緒、諦めろ!カノンの方馬鹿力にかなうわけないだろう!」
しかも、カノンの方が階段の上にいる。立ち位置からしてカノンが有利なのは目に見えて明らかだった。
「あ、諦めるわけには……いかない……」
などと言いながら、完全に押されている美緒。お前、そこまでして僕の部屋をチェックしたいのか?
「どうしたんですか?」
そこへ騒ぎをききつけた千草さんがやってきた。僕の隣に並んで、いかにも不思議そうに美緒とカノンのやり取りを見上げている。
「こ、これは、階段相撲です。いや~、カノンと美緒の間で流行っていているんですよ。危ないからやめろって言っているんですけど……」
そんなわけないでしょう、と二人から同時に突込みが入る。
「千草さん!俊助の部屋に行って!こいつ、絶対何か隠している!」
「美緒!てめぇ、なんてこと言いやがるんだ」
よりにもよって千草さんにそんなことを頼むなよ。だが、あてがはずれたな、美緒。千草さんは、お前みたいに厚かましくないし、はしたなくないから、そんな真似するわけないだろう。
「わ、分かりました!」
ほら、千草さんは拒否……。え?今、何て?
「ち、千草さん」
ずいずいと階段を上る千草さん。嬉々とした表情を浮かべている。あれ、ひょっとしてこの状況を楽しんでいます?
「シュンスケ!何をしているのよ!チグサを止めなさい!」
両手をがっしりと美緒に握られているカノンは動けない。千草さんを阻止するのは僕しかいない。しかし……。
「ふふん、狙いどおり。俊助が千草さんに触れるわけない……」
美緒が不敵に呟く。ま、まさにそのとおりだ。千草さんを阻止するには、彼女の体のどこかに触れなければならない。しかしそんな真似、僕にできるはずがない。美緒はそれを見越して千草さんに頼んだのだ。さ、策士め。
「馬鹿シュンスケ!見られるわよ!」
「ほら!やっぱり何か隠している!」
カノンと美緒の罵声が響く中、千草さんが二階に到達してしまった。どれが僕の部屋か探しているようだ。
千草さんに触れるわけにはいかない。だが、僕の部屋を見られるわけにはいかない。オタクグッズもそうだが、今は幼女もいるのだ。もう迷って入られない。
「く、くそっ!」
僕は、ダッシュで階段を上る。千草さんを横を抜け、彼女の前に立ちふさがった。
「こ、これ以上はいかせません!」
「どいてください、新田君。私、お友達の部屋を見てみたいんです」
うわっ、ここでさっきのお友達宣言を持ち出してきたか……。自分で言ったことだけに、良い反論が思いつかなかった。
「ちょっと!お友達って何よ!」
「だ、駄目!シュンスケ!今日の美緒、凄い馬鹿力!」
美緒とカノンの声がじわじわと近づいてくる。カノンの力を持ってしても、美緒を阻止できないか……。
こうなっては千草さんに触れることもやむをえない。このまま美緒諸共押し返してやろう。いや、決して下心とかそういうのはないんだからね。
ここで一つ警戒しないといけないのは、このドタバタを気にして幼女が部屋から出てこないかどうかであった。ここは幼女の良識に期待するしかない。
「この部屋ですね?」
千草さんが僕の右側のドアを指差した。
「どうして分かったんですか?」
きっと幼女のことを気にしてドアを注視していた僕の視線を追ったのだろう。
「分かります。お友達ですから」
ぱっと千草さんが横に動いた。こうなったら腰に抱きついてでも止めてやる。決してやましい気持ちなんてない。千草さんの体って柔らかそうだな、とか思ってなんかいないんだからね。
しかし、千草さんの動きは意外にすばやく、僕は千草さんを取り逃がし、無常にも僕の部屋のドアは開かれてしまった。
見慣れたアニメグッズの数々の他に、ベッドで涎をたらしながら熟睡している幼女がいたのは言うまでもなかった。




