女神が家に来る!
そして土曜日。
本来、明王院高校は私立なので土曜日もちゃんと授業はあるのだが、テスト前に限り休みとなる。テスト勉強のためということなのだが、それは建前で先生達がテストの準備に追われて授業などやってられないだけなのだ。ちっ、折角新作のゲームが出るのによ、と凶悪な顔をして悪態を吐いていた年恵先生の顔が一瞬目に浮んだが、すぐに消えていった。
要するに、今日は惰眠を貪ってもいい土曜日なのだ。しかし、規則正しい生活を旨とする僕としては、休みであっても早寝早起き。昨晩は十時に寝て、今朝は六時に起きた。よし、洗濯をした後は、徹底的に掃除をするぞ。
「騒々しいわね。朝っぱらから何をしているのよ」
寝惚け眼を擦りながらカノンが起きてきた。
「ほら、カノンさんも早く着替えて手伝いなさい。家中隅なく綺麗にするんだ」
「カノンさんって、気持ちワル……」
肩をすくめるカノン。気持ち悪いだと……。まぁ、今日は機嫌がいいから許してやる。
「チグサが来るから気合入っているのは分かるけど、どこで勉強するのよ?」
「どこって、僕の部屋で……」
「シュンスケの部屋ね……。一度、見てみましょうよ」
何を言い出すんだ、カノン。僕の部屋はとても綺麗だぞ。そこまで言うのなら、見せてやろうじゃないか。
「ほら!綺麗なもんだろう!」
僕はドアを全開にする。整理整頓のできた綺麗な部屋じゃないか。美緒や夏姉の襲撃があるんだ。隠すべきものはちゃんと隠す。抜かりはない。
「確かに綺麗ね。整理整頓もできているわ。でも、あれは飾ったまま?」
カノンが指差したのは雪平なぎさのポスター。しかも、かなりきわどい絵柄。僕の今一番のお気に入りだ。
「チグサにあれを見せるの?」
……。ぐぬぬ。カノン、痛いところを突くな。千草さんは、僕が超絶オタクであることは知っているだろうが、オタクに免疫はないはずだ。オタクでは当たり前のこんなポスターも、免疫がない人が見れば卒倒するかもしれない。
「何かの拍子にこんなものが見つかるかもしれないわよ」
そう言ってクローゼットの台になった部分の裏から薄い本を剥ぎ取るカノン。そ、それはこの前の即売会で購入したお気に入り。カノン、いつの間に美緒や夏姉みたいなスキルを手に入れたんだ。
「それに……」
どすどすと荒々しい足音。
「兄ちゃん、おはよ~!早速やけど、腹減った。朝飯ぃ~!」
けつをぼりぼりと掻きながら、ふあぁと大きな欠伸をするレリーラ。そうだ、この幼女がいたんだ。まさか、幼女と同居しているのを知られるわけには……。
「幼女。今日は大切なお客様が来る。絶対に僕の部屋から出てくるなよ。ここでじっとしていろ」
「嫌じゃ!オレも遊ぶんじゃ!オレだけ仲間はずれすんなや」
幼女め、やはりそうきたか。あまりこの手を使いたくなかったが、やむを得ん。
「レリーラ。二者択一だ。今日一日僕の部屋で大人しくしておくか?悟お兄さんの家で一日過ごすか?好きな方を選べ」
ひっ、と悲鳴を上げるレリーラ。
「あの兄ちゃんはあかん!この前も学校に遊びに行った時、トイレについて来ようとするんや。オレ、見た目こんなんやけど、一人で用を足せる言うてんのに……」
がくがく震え出すレリーラ。す、すまん。妙なトラウマを思い出させてしまったか……。でも、今日ばかりは譲れんのだ。
「に、兄ちゃん。オレ、兄ちゃんの部屋でじっとしとる。だから、悟兄ちゃんは勘弁してくれ」
「分かった分かった。飯だけはちゃんと供給してやるから、大人しくな」
「うん、分かった。飯、頼むな」
僕はそっと部屋のドアを閉めた。これで幼女を封印することに成功した。
「よし、勉強会はリビングでやろう」
「臭いものには蓋ね……」
どうなることやら、とカノンは小さく嘆息した。カノン、何気にひどい一言だぞ。
そして昼過ぎになった。
掃除は完璧だし、レリーラに昼飯も食わした。勉強のために必要なものは全部持っておりてきた。準備万全だ。
「で?どうして私までここで勉強するのよ?」
リビングのテーブルには当然のようにカノンの勉強セットも並んでいる。カノンは、それが不満らしい。
「一緒に住んでいるのにいないなんて不自然だろう?」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
不服そうだが、ここは納得してもらうしかない。ここはカノンが必要なのだ。
そもそも千草さんが仲良くしたいのは残念ながら僕ではない。カノンなのだ。カノンが僕の家に住んでいるから、勉強会に参加したいと言ってきた。だから、カノンにはいてくれないと困るのだ。
「さて、そろそろかな……」
七月に入って今日も結構暑い。暑い中来てくださる千草さんのために麦茶が冷えているかどうか冷蔵庫を開けて確認していると、呼び鈴が鳴った。
「はいはいはいは~い」
ご到着された!僕は軽快なステップを踏みながら玄関へ行き、ドアを開けた。
「ちゃお~!俊助」
なんだ、美緒か。
「な、何よ。そのあからさまなガッカリ顔」
「お前が呼び鈴を押してまともに玄関から入ってくるとは思わなかったぞ。千草さんかと思った」
「千草さんならいるわよ」
肩越しに後ろを指差す美緒。ちょっと離れた所にちょっと恥ずかしそうな千草さんがいらっしゃった。
「どうも……。お邪魔します」
「千草さん!ようこそ我が家へ。狭い所ですが、どうぞどうぞ!」
僕は美緒を押しのけ、失礼がないように丁重に千草さんを家に招き入れた。
私の時と態度が違うじゃない、と不満を口にする美緒。お前はいつもいつも来ているからいいの。
「お邪魔します」
やや遠慮がちに玄関口にあがる千草さん。昨日買ったばかりのスリッパを履いていただく。
「さ、どうぞリビングに。今に冷たい麦茶をお入れしますので」
「あ、お構いなく……」
慎み深い千草さんに感心しながら、僕が先行してリビングに案内する。その後ろを仏頂面の美緒が続く。
「いらっっしゃい」
リビングに入ると、やはり仏頂面のカノンが腕を組んで立っていた。こ、こら。千草さんに対してなんて失礼な態度なんだ。
「さぁ、千草さん。どうぜソファーに座ってください。あ、麦茶は今入れいますので」
「は、はい……」
ありがとうございます、と続けてソファにー腰を下ろす千草さん。その隣にどかっとカノンが座った。あ、千草さんの隣は、僕が狙っていたのに……。
「まぁ、言い出したのが私なんだから、とやかく言わないけど」
食器棚から勝手にグラスを取り出し、勝手に冷蔵庫を開け麦茶を注ぐ美緒。こいつは、本当に慎みという古き良き日本語知らんのか。とやかく言いたいのは僕の方だ。
「本当にこの四人で勉強するの?」
「当たり前だ。シークレットゲストなどいないからな。嫌ならお前が帰れ」
「帰るわけないでしょう。私が勉強を見てもらうための勉強会なんだから」
そう言って麦茶を一気に飲み干す美緒。そして、僕が盆の上に並べたグラスに麦茶を注いだ。
「だったら文句を言うな」
「文句はないけど、本当にいいのかな、と思ってさ」
「歯切れが悪いな。お前らしくない」
私だって言いたくても言えないことぐらいあるわよ、麦茶をおかわりする美緒。
「来る途中に何かあったのか?」
「な~んにも。ま、今日の私は勉強マシーンになるからね。それ以外のことはできる限り関わらないようにするわ」
できるかぎりね、と美緒はグラス片手に千草さんとカノンがいるリビングへ移動した。
「何だよ、あいつ」
僕もお盆を手に、美緒の後に続いていった。




