戦う乙女達~カノン、俊助編~
「来たなぁ!カノン・プリミティブ・ファウ!さぁ、勝負せいや!」
僕の足に絡み付いていた触手を引っ込めたリンド。相変わらず見た目はタコ人間で、どうにも緊迫感にかけていた。
「で?どうするの?」
カノンが耳打ちする。
「今日はその格好に相応しい魔法だ。剣を構えたままでいろ」
僕はモキボをタイプする。
【カノンの構える剣に炎が宿った。これぞ火炎の魔法剣だ】
エンターキーを押すと、カノンが構えていた模造刀が炎に包まれた。
「やだ!何これ?かっこいい……」
「剣と魔法の融合だ。さぁ、あのタコを丸焼きにしてやれ!」
「おう!」
カノンが炎の剣を構え、リンドに向かって走り出した。もともと格闘志向の強いカノンであったし、しかも今は騎士風の格好をしている。怖いぐらいによく似合っていた。
「来たな!その力、試させてもらうで!」
リンドがタコ触手をカノン目掛けて伸ばしてくる。しかし、相手が何であれ、今カノンを襲おうとしているのは所詮タコの足である。
カノンは炎の剣をなぎ払い、タコ足を切り落としていく。ちょうどタコ足が焼けた香ばしい匂いがした。
「く、くそ!これでも喰らえや!」
ぶっと墨を吐くタコ男リンド。真っ向から突っ込もうとしていたカノンは、墨の直撃を受けた。模造刀に纏った炎が消えることはなかったが、カノンは全身真っ黒になってしまった。
「カノン!大丈夫か!」
「大丈夫……。でも、折角のマリアさんの衣装が台無し……」
落ち込んだように声のトーンが沈むカノン。ようやく手に入れたマリアさんの衣装を汚され落胆しているのだろう。無理もない……。
「……。よくも、よくもよくもよくも!」
いや、もはや落胆を通り越し、カノンは怒りに打ち震えていた。炎の剣を地面に突き刺し、拳を握り締めた。
「よくもぉ!折角のマリアさんのコスプレを!」
今度は拳に炎が宿った。カノンの怒りそのもののように、激しく揺らめいている。心のなしか周囲の気温も上昇している気がした。
「弁償しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ばっと跳躍したカノン。目にも留まらぬスピードでリンドの距離を詰め、炎の拳でタコの頭部をアイアンクローしていた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!熱いぃぃぃぃぃ!」
リンドの魂の悲鳴が響く。しかし、カノンはアイアンクローをやめない。寧ろ、炎がどんどん大きくなっていく。
「ちぃぃぃっ!脱出だ!」
タコの頭部を脱ぎ捨て、転がり逃げるリンド。タコは焼きダコを通り過ぎ、完全に灰になっていた。
「ヒィィィトエンドォォォォッ!」
カノンがぐっと拳を握り締めると、どういうわけかタコの頭部が爆発した。うん。いろいろと問題のある必殺技だが、かっこいいぞ。
「く、くそぉぉ!覚えてとけや!」
生まれたての子馬のような弱弱しさで立ち上がったリンドが、悲しくなるぐらいのお約束の台詞を吐いて逃走した。僕とカノンも、ギャラリーから沸き起こる拍手に追い立てられるように逃げ出していた。
「よくやったあな、カノン。助かったぞ」
人目のない所で落ち着くと、僕は改めてカノンを見た。全身真っ黒け。ひどい有様だ。
「うん。でも、折角貰ったのに……。夏姉に叱られちゃう」
完全にしょげているカノン。勝利の余韻もなく、肩を落としていた。その気持ち、分からんでもない。初めて着た服をいきなり汚すと悲しくなるもんな。
「仕方ない、試してみるか……」
僕はモキボを出現させた。
【カノンの汚れが消え、衣装も元通りになった】
ポンとエンターキを押す。するとみるみるうちに墨が消えていき、元の状態に戻っていった。
「うわっ、凄い!こんな使い方ができるんだ!」
自分の体を隅々まで観察するカノン。うん、我ながら天才的な使い方だ。
「ありがとう、シュンスケ」
「助けてくれた礼だ。気にするな」
気恥ずかしくなって目を逸らした瞬間、ふと街頭の時計が目に入った。午後三時半をちょっとだけ過ぎていた。
「ま、まずい!イベントが始まっている!」
「イベント?ああ、そうね」
「僕は行ってくる!お前は幼女を探して、ブースに戻っておけ」
「ちょっとシュンスケ!待ってよ!」
カノンが呼び止めようとするのも聞かず、僕は一心不乱に駆け出していた。




