男の娘の危機
僕とタコ男爵に扮したリンドは、『ベイサイドメッセ』の敷地から出た。できるだけ遠く、それでいて『メイドと執事のあれやこれ』第二期のイベントに間に合うだけの距離。ちょうど『ベイサイドメッセ』の道路を挟んだ反対側に、空き地があった。湾岸開発に失敗したエリアには必ずある野球ができそうなぐらいの大きさの空き地だ。
「ふむ。海の見える空き地か。ストリートではないが、戦う場所には最適やな。ギャラリーもおるし」
リンドの言うとおり、会場からぞろぞろとギャラリーが数十名ついてきていた。オキバの時も思ったのだが、僕もオタクの端くれのつもりながら、本当にオタクという人種が分からない。あんなリアルなタコのコスプレを見て何とも思わないのか、こいつら。
「さぁ、始めようか!イッツ、ショータイムや!」
すっかりノリノリのリンド。くそっ、カノンの奴遅いな。はっきり言って僕は戦うことなんかできないぞ。計算ではここら辺りでカノンが登場するはずなのだが……。
「やるしかないか……」
僕は、夏姉のために買った『高次元戦士バルダムXXX』の限定プラモをレリーラに預けておいて正解だったと密かに自画自賛した。戦っているうちに壊れでもしたら、本当に僕の明日はなくなってしまう。
ほう、やる気やな、と嬉しそうなリンド。しかし、僕にやる気なんてあるはずもなく、どうやって時間を稼ぐかだけを考えていた。
拳と拳のぶつかり合いは真っ平だ。モキボを自分に使うこともできない。となれば、これしかない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
僕は腰を落とし、両手の拳を硬く握り締めた。気合を溜める。時間稼ぎの古典芸能だ。これでアニメ一話分は稼げるはず。
「くらえ!触手アタック!」
うわっ!気合を溜めている時に攻撃するのは反則だろ!僕は、横っ飛びして触手を避ける。
「やめろ!それは禁則事項だろう!」
「ふん。馬鹿者め!これは戦いや!わざわざ相手の気合が溜まるのを待つはずないやろ」
こいつ、妙なところで真面目になりやがって。折角の日本古来の伝統的秘儀が通用しないではないか。
「ほ~らほ~ら、逃げ惑え!触手に逃げ惑う少女というのも絵になるやないか」
「待て待て!僕は男だぞ!お前、さっき幼女と少年と言っていただろう!」
「知っているわ。そういうのを男の娘と言うんやろ?男でもそんな格好をしていたら女の子なんやろ?ちゃんと勉強したさ、何しろ軍師やからね」
勉強したのは分かったが、やはりこいつはどこか抜けている。しかも、根が真面目だけに勉強した内容を絶対的に信じていやがる。厄介だ。相手したくない。
「隙あり!」
「う、うわっ!」
一本の触手が伸び、僕の右足首に巻き付いてきた。そのまま力強く引っ張られ、僕は派手に転倒した。
「ふん。下はちゃんと男性用下着か?つまらん」
「何を考えているんだ!変態!」
僕は、慌てて捲れ上がったスカートの裾を直した。しかし、右足首には触手が巻きついたままだ。
「ほ~れほ~れ!」
今度は思い切って上空へ持ち上げられた。僕は逆さづり状態になり、スカートが完全に捲れてしまった。手で押さえても、後ろの捲れを直すことはできなかった。
「意外に綺麗な足だ!」
「ボクサーパンツもスパッツと思えば悪くない!」
ここぞとばかりにギャラリーの歓声が上がる。カ、カメラのシャッターを切らないで!
「ふーふふ!もっと恥ずかしいことをしてやろか?いかん、愛しきスイートハニーがおるのに、いけない快感に目覚めそうや!」
目覚めるな!絶対に目覚めるなよ!
「カ、カノン!さっさと助けに来いよ!」
僕はあらん限りの力を込めて叫んだ。
「シュンスケから離れなさいよ!」
僕の願いが通じた。
リンドの背後からドロップキックをかますカノン。僕はその雄姿を上空から見た……。
「うわぁぁぁぁ!」
ぶっ倒れるリンド。そして、奴の触手に捕まっていた僕は、そのまま地面に叩きつけられるところであった。
が、それを『スクールホイップ』のマリアさんに扮したカノンが受け止めた。
「大丈夫?シュンスケ」
「お、おう……」
所謂『お姫様だっこ』をされた状態なので、カノンの顔が近くにある。
「ば、馬鹿!早く助けに来いよ!危うく死ぬところだったじゃないか!」
僕は照れを隠すように悪態を吐く。カノンは怒って僕を放り出す……ことはなかった。
「ご、ごめん」
しかし、照れているのはカノンも同様だった。顔を赤らめながら、僕をそっと下ろしてくれた。な、なんか調子が狂うな。
「まぁ、いい。とにかく、こいつをやっちまうぞ」
「分かったわ!」
僕は、モキボを出現させ、カノンは、マリアさんコスプレに付随している模造刀を構えた。




