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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その二、チェンジングマイライフ(悪い方向に)
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悪魔の襲撃

 「帰っちゃったみたいね」

 しばらくの沈黙の後、カノンがぽつりと言った。僕は、あぁとかうぅとか不明瞭な相槌を打った。

 「で、どうするのよ?」

 「僕に聞くな。お前こそ、どうするんだよ。自力で自分の世界には帰れないのかよ」

 「できたらとっくにしているわよ」

 寂しそうに肩を落とすカノン。性格は凶暴で貧乳だが、顔立ちは僕の好みに近い。しおらしい表情は、本当に可愛い。

 「ちょっと、何を見ているのよ……」

 僕の視線に気付いたカノンが、ぱっと顔を赤くした。すかさず、カノンの右拳が僕のボディに飛んできた。

 「ふ、二人っきりだからって、変なことをすれば殴るわよ!」

 「殴ってから、言うな……」

 僕は腹を抱え悶絶した。絶対変なことなんてしません。命がいくつあっても足りませんから。

 「で、実際にどうするんだ?お前、この世界で頼れる奴なんていないんだろ?」

 悶絶が収まると、僕は真面目に質問した。カノンも、真面目に考えなければならないことだと理解しているらしく、真剣な目で僕を見返してきた。

 「あるわけないじゃない……」

 「じゃあ、しばらくはここに置いてやる。不本意ながら、僕はお前の創造主らしいからな。生みの親として責任は取る」

 もうこうなっては仕方がない。このままカノンを見放すわけにもいかないし、イルシーが言っていた世界の是正のためにも、カノンが傍にいる方が得策であろう。

 「へ、変なことしないでしょうね……」

 カノンとしても、背に腹は代えられないはずだ。そんなことを言いながら、ちょっとだけ安堵の表情が読み取れた。

 「しないしない。貧乳はステータスだ、なんて言う奴もいるが、僕にはそんな趣味はない。大平原よりも、切り立った山脈のほうが……」

 「意味分かんないけど、馬鹿にされているのは確かみたいね。蹴ってもいい?」

 ベッドの上で立ち上がり、ファイティングポーズをとるカノン。

 ピンポ~ン。

 緊迫した場面に、えらく間の抜けたチャイム音がした。気をそがれたカノンが構えていた拳を下ろした。チャイムを押した奴、グッジョブだ。

 「何?今の音」

 「チャイムだよ。誰か来たんだ」

 宅配かな、と思って窓越しから玄関を見る。一気に血の気が引いた。慌ててカーテンを閉める。

 「ちょ、ちょっと!どうしたのよ」

 「あ、悪魔だ。悪魔の襲来だ……」

 僕は、身震いした。そういえばあの悪魔。時たま幼馴染気取りで、晩御飯を作りに来ただの、一緒に宿題をしようだのと押しかけてくるのだ。すっかり忘れていた。

 「悪魔?ひょっとして魔王の手先?」

 違う違う。ある意味、魔王の手先よりもたちが悪い。

 「打って出ましょう、シュンスケ」

 しれっと呼び捨てにされたが、今はそんなことはどうでもいい。あの悪魔が退散させることの方が先決だ。

 「静かにしていろ、カノン。あれはこっちの悪魔だ。だから、こっちの流儀で退治する」

 「なんだ。私の世界の悪魔じゃないのか」

 つまらなそうに口を噤むカノン。よしよし。そのまま黙っておいてくれ。

 『それだけじゃ、つまらない。だって素敵なファンタジー~♪』

 突如として机の上に置いてあった携帯電話が鳴り始めた。ちなみに着信音は、『執事とメイドのあれやこれ』のオープニングテーマ『恋してダンディー』である。

 「わっ!何!あの箱、歌いだした!」

 「黙ってろ!」

 興奮するカノンを押さえつけ、僕は携帯電話に手を伸ばす。着信画面を見ると『楠木美緒』の文字が。

 「無視だ。無視」

 僕は机の上に携帯電話を戻した。このまま美緒が諦めるか、留守番電話サービスに切り替わるのを待つしかない。

 「ねぇねぇ。あれってどういう原理なの?」

 携帯電話に興味津々のカノン。携帯電話を取ろうとするが、僕は手首を掴んで制した。

 「さ、触らないでよ!変なことしないって言ったのに!」

 「馬鹿!お前に精密機械はまだ早い!」

 掴まれた手首を振り払おうとするカノン。しかし、今回ばかりは僕も負けられない。カノンの手首を握る力が自然と強くなった。

 「イタッ!痛いわよ。見掛けによらず馬鹿力ね」

 「お前が言うな。大人しくしていたら、離してやるよ」

 大人しくするわよ、とカノンが言ったので、僕は手首を離した。しょんぼりとしながらも、視線は携帯電話に向かっていた。そんなに気になるのか?

 「ほらよ。見るだけだからな。ボタンとか触るなよ」

 着信音が止まったので、僕は携帯電話をカノンに渡した。カノンは嬉しそうに受け取った。

 するとすぐさま、また着信音が鳴り始めた。カーテンの隙間から覗き見ると、美緒がまだ玄関にいて携帯電話を耳に当てている。もうストーカーとして通報してもいいレベルだろ。

 僕はカノンに目配せをした。勿論、携帯電話を返せと合図したつもりなのだが、こともあろうかカノンは、通話ボタンを押しやがったのだ。

 「わ~!!馬鹿!」

 「だ、だって!綺麗に光っていたんだもん!」

 慌てふためき携帯電話を突き返すカノン。光っていたからって、カラスかお前は。

 『俊助~。いるんだ。開けてよ。ご飯作ってあげるから。さっきカーテンから覗いているのを見えたよ~』

 スピーカーから美緒の声が聞こえる。まずい。もう誤魔化しがきかない!

 「もう出てあげたら」

 微塵にも悪いとは思っていない様子のカノン。女の子じゃなければ本当に殴ってやりたいぐらいだ。

 『あれ?今、女の子の声が聞こえたけど……』

 「あ、開けるから!待ってろ!」

 僕は捲くし立てて喋ると、電話を切った。

 「ご、ごめん。あいつ、悪魔なんだっけ?女性だから油断していた」

 「もういい。こうなったら対決するしかない。カノン。お前は隠れていろ」

 「え?私も協力するわ。またシュンスケが魔法を使えるようにしてくれれば……」

 「違うんだ。カノン。あの悪魔は僕の宿敵なんだ。だから、僕一人で倒さないといけない。お前にも分かるはずだ。宿敵のレイシュビーとの決戦も、お前は一騎打ちを望んだだろ?」

 「そ、それもそうね」

 納得してくれたカノン。一騎打ちネタを入れておいてよかった。

 「お前はここでじっとしていろ。物音一つ立てるな。いいな」

 「うん。分かった。勝負に集中したいもんね」

 カノンが頑張れっと言わんばかりに親指を立てる。そういうのはいいから、本当にじっとしておいてくれよ。

 僕は1階に下り、玄関を開けた。そこには買い物袋を両手に持って仁王立ちする美緒がいた。

 「ひどいよ、俊助。居留守するなんて」

 「悪い悪い。アニメ見ていて……。さっきの女の子の声も、アニメの声だよ」

 ひどく言い訳がましい台詞だと思ったが、美緒は疑う様子もなく、さも当然のように靴を脱いで家にあがった。

 「またアニメ?いい年なんだから、いい加減にやめなさいよ」

 「嫌だ。アニメが見られないのなら出家する。それに僕が何を見ようが、お前には関係ない」

 「関係なくないもん」

 美緒は呟きながら迷うことなく台所に向かった。

 「秋穂ちゃん。心配しているよ」

 「お前、秋穂と連絡取り合っているのか?」

 「そうよ。メル友だよ」

 秋穂は僕の妹だ。両親に付いて行き、今は海外にいる。どういうわけか、秋穂は美緒と仲が良いらしく、ことあるごとに僕からアニメを取り上げようとする。

 「秋穂ちゃん。お兄ちゃんがメール返してくれないって愚痴っていたわよ」

 「返しているわ」

 秋穂は毎日、必ず最低一通は電子メールをよこしてくる。それに対して僕は、週に一回程度しか返していない。確かそんなことを恨みがましく書いてあるメールもあった。

 「俊助。そろそろアニメを卒業したら?もっと現実的な趣味を持とうよ。ほら、陸上部に入らない?」

 美緒はどういう了見か、自分が所属している陸上部に勧誘してくる。このことは以前に触れた。だが、断じて運動系の部活に入るつもりはない。

 「今更入ったところで、クラブの中で浮くだけだろ?嫌なんだよ、そういうの」

 「大丈夫だよ。幼馴染の私がいるし」

 「だから、お前は幼馴染じゃない!」

 そういういつもどおりの会話をしながらも、美緒はてきぱきと料理をしていく。アニメやゲームでは美緒のようなボーイッシュキャラは、料理が下手で、鍋を爆発させるというのがセオリーだ。

 しかし、美緒は料理が上手で、僕がなんだかんだ言いながらも美緒を家に入れているのは、この料理のうまさに惹かれているからだった。

 「ほらほら、今日はカレーだよ」

 つんとしたスパイシーな香りが鼻腔を突く。美味いんだよな、美緒のカレー。

 ドン!

 二階から床を踏み音が聞こえた。スパイシーな香りに緊張が緩んでいた僕は、その音が何なのかすぐには理解できなかった。

 「あれ?上に誰かいるの?」

 天井を見上げる美緒。その時になって僕は、事の重大さに気がついた。

 「だ、誰もいないぞ!」

 この時の僕は明らかに動揺していた。声が上ずり、異常なまでの発汗をしていた。それでも自分のことを冷静だと思っていたのだから、かなり動揺していたのだろう。

 案の定、流石に訝しげに僕に視線をくれる美緒。

 「誰かいるんでしょう?」

 「いないぞ。あれだ。家鳴りだ。妖怪家鳴り」

 「もうちょっとマシな嘘をつくと思ったんだけど、とことん二次元な発想なのね」

 美緒がカレーを煮込んでいた鍋の火を止めた。

 「何をするつもりだ」

 「何って、見に行くのよ。俊助の部屋を」

 「ふ、ふざけるな!どういう権利があってそんなことする!」

 「秋穂ちゃん経由で、ご両親にも言われているのよ。俊助が不純異性交遊していないかチェックしておいてって」

 美緒の奴、両親にも取り入っていたのか。恐ろしい悪魔だ。

 しかし、僕の部屋は、この世に残された最後の聖域。度々我が家に侵略してくる秋穂の魔の手から守り続けているユートピアである。それにカノンもいる。これは断固阻止せねば。

 「へ、部屋は汚いから駄目だ!」

 「じゃあ掃除してあげる」

 「部屋には悪霊が……」

 「大丈夫。私、そういうの信じていないから」

 ああ言えばこう言う。美緒も一歩も引きそうになかった。

 この間も、カノンが床を踏み鳴らす音は消えない。

 「と、兎に角、待っていろよ!」

 僕は猛ダッシュで二階へあがった。部屋に飛び込み鍵を閉める。

 「おい!何をしている」

 「いい匂いがする。食べ物でしょう?お腹減った!」

 カノンが腹をすかせた小学生のような要求をしてきた。居候のくせに飯の要求だと?こいつ、状況が分かっているのか。

 「後でちゃんと食わしてやる。それよりも大人しくしていろ」

 「……。分かった」

 納得はしていないようすだったが、居候という身分を弁えているのだろう。渋々といった感じで了承した。

 「俊助!誰かいるんでしょう?開けてよ」

 一件落着していなかった。美緒がすでに部屋の前で来ていて、がちゃがちゃとドアノブを回してくる。まずい。もう中に入る気満々だ。

 「か、隠れろ!」

 僕はクローゼットを指差し、小声でカノンに指示した。カノンは戸惑いの表情を見せたものの、大人しくクローゼットの中に隠れた。

 「俊助!」

 「わ、分かった!今開ける」

 僕は観念して鍵を開けた。ついに僕の聖域が侵される時がしてしまった。

 「ふ~ん。相変わらず綺麗にしているじゃない。何が汚いよ」

 「整理整頓が好きなんだよ……。っておい!相変わらずって、どういう意味だ」

 「こっそり入って写真を撮ったりしていたのよ、秋穂ちゃんに頼まれて。ちゃんと綺麗にしているか、変な女連れ込んでいないか確認したいって」

 すでに僕の聖域は、知らぬ間に侵されていたらしい。それにしても秋穂の奴、どれだけ兄を信用していないんだ。

 「ほれ。誰もいないだろ?さぁ、さっさとカレー食おうぜ。腹が減ったよ」

 美緒は何も応えず、部屋の中を見渡す。名探偵が犯罪の証拠を探しているような鋭く真剣な眼差しである。

 「また、こんなポスターを貼って……」

 美緒がまず気付いたのは、ベッドの脇に貼ってある『メイドと執事のあれやこれ』の雪平なぎさの特大ポスターである。着崩れしたメイド服姿のなぎさが、扇情的な視線を送っている。こんな状況でも興奮してくるお気に入りのポスターだ。

 「またDVDも増えているし」

 美緒のターゲットがDVDの詰まった棚に移った。生活費を削って購入している大切なコレクション達だ。しかも、今はいい目くらましになってくれている。

 「あとは、エッチな本か……」

 「ちょっと待って!なんだ、僕の部屋をチェックする項目でも決まっているのか!」

 僕の抗議などお構いなしにベッドの下を覗き込む美緒。馬鹿め。今時そんなところにエロ本を隠している奴なんているはずない。

 「ない……」

 「そんなものあるはずないじゃないか。ささ、カレー食おうぜ、カレー」

 「それもそうね。私もお腹減っちゃった」

 おお、諦めてくれた。心の中でガッツポーズをしていると、

 「と、見せかけて。クローゼット!」

 美緒は、短距離ランナーらしい瞬発力で、部屋を出ようとする動作から一転、クローゼットの前まで跳躍した。突然の行動だったので、僕はまるで動くことができなかった。

 美緒が開けたクローゼットの中にカノンがいたことは言うまでもなかった。 

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