幼女は現れる
「兄ちゃん、どこか連れて行けや」
幼女レリーラが我が家に居座った翌日。朝飯を食っていると、レリーラが徐に言い出した。朝飯まで準備して食わしてやっているのに、とことん厚かましい幼女である。
「無理茶を言うなよ。これを見て分からんのか?」
もはや怒る気力の失せた僕は、着ている制服を指差した。
「ん?そういえばカノンも似た服を着とるの。お揃いけ?ペアルックけ?」
そんなんじゃないわよ、と何故か僕の腕を殴るカノン。い、痛い。朝っぱらからこいつの暴力はきつい。
「学校だ、学校。僕達は学校へ行かなくちゃならんのだ」
「ほー。だったらオレも……」
「お前は留守番だ、幼女」
「……まだオレは何も言っとらんぞ」
「じゃあ留守番するんだな?」
「するか!オレも連れて行け!」
「断固断る!」
流石に見た目幼女を連れて行ったら学校での僕の立場はなくなる。ただでさえカノンやイルシーのせいで、とんでもない誤解に塗れているのに。
「ほほう。兄ちゃん……」
「泣き叫んで外に出るか?やってみろよ。もしそれで僕が逮捕されれば、誰が飯を作るんだ?え?」
「ぐっ……!」
言葉に詰まるレリーラ。昨日、レリーラの味方をしていたカノンも事の重大さに気がついたのか青白い顔をしている。ふふん。そうそう簡単にやり込められるものか。幼女の卑劣な罠に対抗するため、一晩考え抜いた成果だ。
「食いもんを盾に取るとは……。兄ちゃん、卑劣やわ!むっちゃ卑劣やわ!」
「何とでも言え、幼女。兵糧攻めに遭いたくなければ、素直に留守番していろ。昼飯のサンドイッチは、冷蔵庫の中だ」
「ごめんなさい、先輩。食べ物を人質にされた以上、私は逆らえないの」
カノンすら僕の掌中に落ちた以上、幼女など恐るるに足りなかった。食い物を力、恐るべし。
「じゃあな、幼女。しっかり留守番しておけよ」
「行ってきます、先輩」
僕とカノンは、悔しそうに歯を食いしばっているレリーラを残し、学校へと向かった。
「兄ちゃん……。オレをこけにして……。覚えとれよ」
「どうしたのよ?俊助。随分と顔色悪いじゃない?」
登校中、偶然という名の必然を装い僕とカノンに合流してきた美緒が顔を覗き込んできた。
「そう見えるか?」
「そうだね。今度元気になるマトリョーシカ人形をあげるよ。電気とネットに繋げばすぐに元気に……」
「いらん!そんなもん貰った余計に体調不良になるわ!」
美緒、それに秋穂。お前らまだ諦めていないのか……。
「ね、シュンスケ。あの子って……」
僕と美緒の間にずいっと体を割り込ませてきたカノンが、正面を指差した。漆原商店の三叉路のところで紗枝ちゃんと連れ立って歩く赤松千尋の姿があった。
僕に気がついた紗枝ちゃんが気まずそうに顔をしかめる。僕も覿面に顔をしかめる。そして赤松千尋も、憎悪のこもった瞳で顔をしかめた。
そして赤松千尋は、僕に向かってあっかんべーをして足早に去っていった。紗枝ちゃんが僕にぺこりと頭を下げて後を追いかけていった。
「大変嫌われているみたいね」
「ふん。好かれようとも思わんわ。あんな偽オタク」
寧ろこっちがあっかんべーをしてやりたいぐらいだ。なんならお尻ぺんぺんもくれてやる。
まったく一日の始まりから不愉快だ。あーあ、もう学校行く気なくなっ……うぎゃぁぁぁぁ!腕が腕が!
「俊助!誰なのよ、あの女子!」
美緒!どうして僕の腕の関節をきめているんだ。痛い!痛い!マジで痛い!
「美緒!訳分からんが、ギブだ!ギブ!」
「誰だっていっているのよ!」
「駄目だって!カノン!助けろ!」
「へー。そこで腕を取ると、綺麗に関節技がきまるのね」
僕のヘルプを無視して熱心に技の研究をするカノン。僕はギブアップするために、美緒の二の腕を激しくタップするしかなかった。
「そりゃー、俊助が悪いでしょうよ」
昼休み。昼食をとりながら、美緒に事のあらましを話すと、そう返された。って言うか、なんで違うクラスなのにいるんだ?こいつ。
「いいじゃん、いいじゃん。大勢でお弁当食べた方が美味しいよ。それに幼馴染なんだから」
僕の指摘に対し、また幼馴染を持ち出してくる美緒。何度も言うようだが、お前は幼馴染などではないし、幼馴染は朝っぱらから関節技をきめてくることはないぞ。
「ひょっとして、お前。自分のクラスに友達いないんじゃないだろうな?」
「そこは俊助と一緒にしないでよ。俊助なんて私がいないと、独りで寂しくお昼を食べることになるんでしょう」
「……。カ、カノンがいる」
僕は、隣でサンドイッチを頬張っているカノンを指差した。カノンは、僕と美緒の会話を聞いていなかったのか、きょとんとしていた。
「今のうちよ。カノンちゃん、人気あるから他にすぐ友達ができて、そっちいっちゃうかもよ」
的を得ているだけに反論できない僕。くそっ、美緒に口で負けるなんて。
「あ、あの……。私もご一緒してもいいでしょうか?」
そこへ現れたのは、赤地に花柄の可愛らしいお弁当袋を持った千草顕子さんだった。ち、千草さん!これは一体どういうことなんだ!
美緒も事態を把握できていないのか、箸で卵焼きを摘んだまま硬直していた。カノンは、無表情に咀嚼したサンドイッチをごくんと飲み込んだ。
「だ、駄目でしょうか?」
千草さんが柳眉を顰める。あ、いけない、いけない!
「だ、駄目なわけないですよ!ほらほら、どうぞどうぞ」
僕は、空いている椅子を運び、斜め前にセッティングした。真正面や隣にしなかったのは、近すぎると緊張して食べた物を吐き出してしまいそうになるからだ。
「じゃ、じゃあ。失礼して」
ぱっと表情が明るくなる千草さん。うん。千草さんにはその表情の方が似合ってますよ。
「あ、カノンさんは、サンドイッチなんですね」
「うん。美味しいわよ。私も少し協力して作ったんだ」
「ひとつ、いただけません?」
「いいわよ。その代わり、チグサのおにぎり、ひとつ頂戴よ」
千草さんとカノン。よく似た二人が仲睦まじい女子高生らしい会話をしている。うんうん、これは絵になるな。
「ちょっと。いつの間に千草さんと仲良くなっているのよ」
美緒が顔を近づけ、ひそひそと話しかけてきた。同時に僕の足を思いっきり踏んできた。
「痛っ!何をするんだよ!」
僕が大きな声を出すと、千草さんとカノンがこっちに顔を向けた。
「あははは、何でもないよ。二人で話を続けて」
作り笑顔で誤魔化そうとする美緒。千草さんとカノンは、不思議そうに首を傾げるも、元の話題に戻っていった。
「馬鹿!大声出すんじゃないわよ!」
「馬鹿はお前だ!いきなり人の足を踏みやがって。お前と違って僕の足はか細くて繊細なんだ」
仕方なく美緒に合わせて声を潜める。にも関わらず、美緒の奴は、僕の足を踏み続ける。
「そんなことよりも、さっきの質問に答えてよ。いつの間に千草さんと仲良くなっているのよ」
僕と千草さんが仲良くなったのだろうか?確かに僕とカノンの仲たがいや、魔王デスターク・エビルフェイズの襲撃などがあって、千草さんと積極的に話すことができた。以後、千草さんは何かと僕と接する機会が増えた。
しかし、それは僕というよりも、僕の傍にいるカノンが対象のような気がする。現に今も、千草さんが話しをしているのは僕ではなく、カノンだ。
僕がそのようなことを、足の痛みを堪えながら噛み砕いて美緒に伝えると、それもそうよね、と呟きながらようやく足をどけた。
「そーよね。俊助と千草さんって違和感ありすぎだもんね」
小声ながら失礼なことを口走る美緒。まぁ、自分でも若干図星と思っているので、反論できないのだが。
「ほっとけ」
傷ついたガラスのハートを慰めるように外の風景を眺めていると、校庭をちょこちょこと動く何かが見えた。
身の毛もよだつような悪寒を感じた僕は、窓から身を乗り出した。
「ちょっと、俊助。危ないよ」
美緒が警告してくれるが、構っていられなかった。その何かは、紛れもなくレリーラであった。
瞬間、完全に頭に血が上った僕は、昼ごはんのことも千草さんのことも忘れ、教室を飛び出していた。




