見失った何か
「あ~いいな。野矢ちゃんは……。絶対、僕がラノベ作家デビューしたあかつきには、野矢ちゃんにキャラを演じてもらうんだ」
最終回の名シーン。涙ながらに主人公に愛の告白をする雪平なぎさ。野矢ちゃん渾身の名演技と、超絶美しい作画が涙を誘う。これを見て泣かない奴は、きっと人間じゃない。
「いや~。面白かった……。これは原作よりも、アニメ化の勝利だよな」
僕は、プレイヤーからDVDを取り出す。僕の作品も、いずれはこういう感じでDVDになるんだなぁ……。
「って!何、最後まで見ているんだ!」
確か、『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』と『メイドと執事のあれやこれ』のどっちかのパロディ小説を書こうか悩んでいて、参考までに『メイドと執事のあれやこれ』のDVDを見始めたのだ。記憶では第九話から見始めたから、最終話である第十三話まで全五話、約二時間近くは時間を浪費してしまった。
「うわぁぁぁ!馬鹿馬鹿っ!僕の馬鹿!」
僕はすかさず時計を見る。デジタルの数字は十一時五十五分を示していた。大丈夫だ。まだ、ゴールデンウィークは始まっていない。あと五分でネタを考えるんだ。
「どうしたの?シュンスケ?」
部屋の外から遠慮がちなカノンの声が聞こえた。僕の絶叫を聞かれてしまったらしい。
「な、なんでもないぞ。いいネタができあがって嬉しくなっただけだ」
「そうなの?馬鹿とか聞こえていたけど?」
くそっ。いい耳しているな、こいつ。
「どうして今までこんなに素晴らしいネタを思いつかなかったんだ、僕って馬鹿だなぁ、と言いたかったんだ。ほら、もう遅いからお前は寝ろ」
「そうする……」
足音が遠ざかっていく。眠そうな声だったから、すぐに寝てくれるだろう。
「危ない、危ない。夏姉に密告されたら、えらい事になる」
夏姉のことだ。罰ゲームとしてネットで話題の『ガラミティー大佐応援歌』を大声で熱唱しろとか言い出すだろう。本当に危ないところだ。
「もうこうなったら『メイドと執事のあれやこれ』でいくか……」
僕は、すでに起動されているパソコンの前に座った。すでに大方の構想ができている。流石は将来ラノベの大家となる僕だ。本当に五分で考えてしまった。凄いぞ、僕。
「その前に……」
僕はインターネットを開き、SNSをチェックした。ふむふむ。皆の衆は元気にしているなか。あっ、ミサキさんはゴールデンウィークずっとご出勤なんだ。メイドさんも大変だなぁ。
「そういえば、全然メールをチェックしていなかったな」
一通り登録しているSNSに目を通し、コメントを書き込んだ僕は、メールソフトを立ち上げた。カノンの一件でドタバタしていて、一週間以上チェックできていなかった。まぁ、何がしかの広告ばかりだと思うのだが……。
「って!何だよ、これ!」
未読メールが百数十件!しかも、その九割九分はアメリカに住む妹秋穂からのものだった。
「うわぁぁ……。忘れていた……」
秋穂は粘着質だ。少しメールを返さないでいると、執拗に返信はまだかまだかと立て続けにメールを送りつけてくるのだ。一部拾い読みしてみると、
『兄さん、今、何をしていますか?日本時間で四月二十五日以来、兄さんのメールが来ていません。兄さんが悪い女に誑かされていないか、アニメに夢中になって引きこもりになっていないか心配です。返事下さい』
その二時間後。
『兄さん、返信まだですか?』
その一時間後。
『兄さん、何をしているんですか?返信まだですか?やっぱりアニメですか?アニメ見ていて、返信できなんですか?』
その一日後。
『兄さん、やっぱり返信ないんですね。妹のメールに返信できないほど忙しいのですか?やっぱりアニメですか?アニメなんて、この世からなくなってしまえばいいのに……』
やや飛ばして三日後。
『もう電話しようかしら。でも、国際電話は高いから、お母さんに控えなさいって言われているから諦めます。あ、ネット回線で電話ってできるんでしたよね?あれはタダだし、カメラがあれば動画でお喋りできるんですよね?私がパソコンとかに強ければ、すぐに実行に移せるのに……。今度日本に帰った時に真剣に検討したいと思います』
やや飛ばして一日後。
『やっぱり兄さんの部屋に監視カメラをつけるべきだと思うんです。ネット経由でアメリカでも見られるんですよね?今度日本に帰った時に真剣に検討したいと思います』
ほぼこういう調子である。監視カメラは勘弁してくれ。
僕は、とりあえず秋穂にメールを返信した。なかなかメールをできなかったことを詫び、適当な近況報告を付け加えておいた。これでひとまず安心だろう。
さて、いよいよ取り掛かるか。僕は、テキストファイルを開けた。
半時ほど経過しただろうか。順調に筆が進んでいると、『ゆーがっとめーるだよ』という野矢ちゃんの声がパソコンのスピーカーから聞こえた。メール受信の合図だ。
「いやいや。いくらなんでも早すぎるだろ」
僕は、恐怖に顔を引きつらせながら、メールソフトを改めて立ち上げる……。秋穂からだった。
『兄さんからの久々の返信、本当に嬉しいです。でも、今まで返信できなかった理由が書かれていなかったのが残念です。言いたくないんですか?その辺のところは、どれだけ兄さんが忙しかったか、美緒さんから聞きたいと思います。それはそうと、お父さんの知り合いの娘さんが兄さんの学校に留学していると書かれていましたが、どうして知らせてくれないんですか?美緒さんも知らせてくれたなかったので、全然知りませんでした。しかも、兄さんとひとつ屋根の下暮らしているなんて……。確認のためお父さんに聞いてみると『そういえばそうだったな。まぁ、俊助は二次元にしか興味ないから大丈夫だろう』とか平然と言うのです。信じられません。年若い男女がひとつ屋根の下で暮らすなんて考えられません。いくら兄さんが二次元にしか興味なくても、相手が兄さんを襲うかもしれません。耐えられません。今すぐ日本に飛んで帰りたいぐらいです。もうこうなったら監視カメラを導入するしかありません。美緒さんにお願いしてみようと思います』
うわぁぁぁぁ……。近況報告としてさらっとカノンのことに触れてみたのだが、藪を突いて蛇を出してしまったらしい。
「このメール。見なかったことにしよう」
僕は、秋穂からの長文メールを削除した。うん。また反応しなければ、わんさかメールが来るだろうが、もう全部削除してやる。
僕は執筆活動に戻った。でも、どうしてだろう。胸の鼓動がなかなか収まらないぞ。早く書き上げないといけないのに……。




