早く書け!見失わないうちに
こうなってしまった以上は腹をくくるしかない。僕も男だ。やってやるだけだ。
僕は気持ちを切り替えて、頭の中で計画を立てる。
ゴールデンウィークは三日間。そのうち最低でも一日は完全に遊ぶ時間が欲しい。
そうすると、二日目の午前中には原稿を夏姉達に送信しなければならない。そこからさらに逆算すれば、執筆活動に与えられた猶予はわずか一日。厳しいと言わざるを得ない。
僕に与えられたノルマは、二百字詰め原稿用紙に換算して約十五枚。ネタさえあれば一日で書き上げられるぎりぎりのラインだが、今回に関しては、そのネタすらない。一から考えなければならないのだ。過去の経験上、ネタの構想を含め、十五枚あまりの原稿を書くのは、無謀でしかない。
しかし、やらねばならないのだ。全てはゴールデンウィークという黄金郷に辿り着くために。そのために犠牲が生じても、致し方ないことなのだ。
「ネタの構想を今晩中にやる。だから、今日の晩飯はこれだけしか用意できん」
楽しい夕食の時間。僕とカノンが向かい合った卓上には、二つのカップラーメン。それのみだ。
「えー、これだけぇ?」
カノンは、明らかに不服そうだった。こいつ、こっちの世界に来た当初は、カップラーメンだけでも美味い美味いと食っていたのに、贅沢になりやがって。
「カノン。お前は、夏姉から僕の監視を命じられたんだろ?もし、僕が原稿を落としたら、任務は失敗。よって、マリアさんの衣装が貰えなくなるぞ。それでもいいのか?」
カノンは、重大なことに気が付いたように目を見開いた。
「それは困る!」
「だろ?だったら、大人しくこれで我慢しろ」
「う、うん。我慢するわ」
口ではそう言いながら、完全には納得していない様子のカノン。しかし、最終的には諦めたようにカップラーメンを啜り始めた。
「さて……」
あっさりとした夕食を済ませた僕は、部屋に閉じこもった。ひとまず、久しぶりにパソコンの電源を入れる。パソコンが起動するまでの間、僕は腕を組んで熟考する。
どのアニメをネタにすべきか?まずそれを決めなければならない。
僕の好み的には、やはり『メイドと執事のあれやこれ』だろう。しかし、一般的な受けを狙うのなら『スクールホイップ』も捨てがたい。硬派に攻めるなら『高次元戦士バルダム』もありだ。あ、でも『高次元戦士バルダム』は、夏姉のお気に入りだから、チェックが厳しそうだな。
「う~ん……。どうもピンとこないなぁ」
僕は手元にあったアニメ雑誌を手に取る。表紙は『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』だった。
「これもありか……」
現在進行形で放送しているアニメならネタとしても新しい。人気も出てきているだけに、注目度もあがるだろう。
そういえば、月曜日に撮っておいた『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』見ていなかったな。どれ、参考までに見てみるか。あくまでも参考のためだ。参考のため。
僕はパソコンの前を離れ、テレビの前に陣取る。DVDレコーダーのリモコンに手をかけた瞬間、僕は背後から視線を感じた。
カノンが、ドアの隙間からじっとこっちを見ていた。
「うわあああああっ!」
僕は、本気でびっくりした。某猟奇ミステリーアニメを思い出してしまった。ごめんねごめんね、とか連呼しないだろうな。
「シュンスケ。ちゃんと執筆しないさいよ!」
「びっくりするだろ!」
「びっくりする前に執筆!」
「ちょっと参考のためにアニメを見ようとしていただけだ。見終わったら書き始める」
「本当?」
疑わしそうにじいぃっと覗き見るカノン。そんなに僕は信用されていないのか?
「本当だ、本当。さぁ、インスピレーションの邪魔になるから一人にしてくれ。お前は、下でテレビでも見ていろ」
「分かったわ。頑張りなさいよ」
ドアを閉めるカノン。僕はすかさず鍵をかける。
「まったく……」
カノンに言われるまでもなく、ゴールデンウィークを堪能するためにも、早々に執筆しなければならない。僕だって気が逸っている。しかし、ここはあえてアニメを見る。これも良質な小説を書くためだ。
改めてリモコンを手にし、再生ボタンを押す。『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』がスタートする。
この回では、弁天さまのライバルであるアマノウズメことウズメが出てくる。ウズメが色仕掛けで主人公に迫り、弁天さまがやきもきするという内容だった。ウズメの声は、田井中理恵子さんだ。田井中さんは、こういう色っぽい役もはまっているよな。
そういえば、田井中さんといえば、『スクールホイップ』のマリアさんだし、『メイドと執事のあれやこれ』の真田瑞穂でもある。結構僕が好きなアニメに出ているな。
「う~ん。やっぱり、『メイドと執事のあれやこれ』も捨てがたいな」
作品への愛という点で言えば、『メイドと執事のあれやこれ』になる。これならさくさく書けるような気がする。
「悩むなぁ。弁天さまの後でちょっと見て考えるか……」
僕は、棚に並べられている『メイドと執事のあれやこれ』のDVDに手を伸ばした。




