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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その八、黄金の週間
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くすんだ黄金郷

 「あ~あ。俊助、ゴールデンウィークなしだね」

 夏姉から言われて、僕はひたすら何度も目をぱちくりとさせた。

 ははは。何を言っているんだ、夏姉は。ゴールデンウィークは、アニメ見てアニメ見て、ギャルゲーして、アニメ見てアニメ見て、小説書いて、ギャルゲーをするつもりなのだ。それが『ない』だなんて、考えられないぞ。

 「これこれ、現実逃避するんじゃないの。俊助が悪いんだからね」

 夏姉は、部室のパイプ椅子にどかりと座り、机の上をとんとんと叩く。

 「本来ならね、ここに俊助の原稿があるわけよ。でも、ここにあるのは、私のジオラマ写真と紗枝ちゃんのイラストと悟の論文だけ。その意味、分かっているよね」

 「……」

 「ゴールデンウィーク前に原稿をあげてチェックし、明けると同時に印刷所に持ち込まないと間に合わないの。分かっているでしょう」

 「はい……、分かっています……」

 「だったら、ゴールデンウィークなしの意味、分かるよね?」

 「分かります!すいませんでした!」

 僕は思いっきり頭を下げた。本当にすいません。僕が悪いんです。

 僕が所属する『動画及び動画遊戯研究会』略して『動々研』では、サークル名『自由妄想同盟』として定期的に同人誌を発行、各地で行われる即売会に出展しているのだ。

 五月の下旬に近隣で行われる大きな即売会にも参加すべく、同人誌を作成することになっていた。ビジュアル班として夏姉が『高次元戦士バルダム』のジオラマ写真を、紗枝ちゃんが『宇宙英雄戦記』のイラストを作成。活字班として、悟さんが『セーラー服(ブレザーを含む)における絶対領域の考察~アニメスクールホイップ私論~』というよく分からない論文を執筆。そして僕が何がしかのアニメ作品のパロディ小説を書く予定だったのだが、カノンがらみの騒動があってまるで手につけていたなかったのだ。

 その締め切りが今日。それぞれが完成した原稿を持ち寄り、チェックをすることになっていた。ちなみに僕は、今日が締め切りだという事実さえすっかりと忘れていたのだ。

 「そんなに忙しかったわけじゃないでしょう?どうせ自分が趣味で書いている小説は進んでいるくせに」

 夏姉、残念ながら恐ろしく忙しかったし、趣味で書いている小説も全然進んでいません。

 「とにかく、今年のゴールデンウィークは三日しかない。二日で書いて、三日目の朝に全員にメールで配信。その日のうちに感想とか修正箇所を返信するから、直して翌日持ってくる。悟も紗枝チャンもそれでいいよね?」

 「構わない。僕もちょうど自分の原稿に加筆修正を加えたかったところだ」

 メイちゃん抱き枕を愛でながら鷹揚に言う悟さん。

 「は、はい。私も色々と描き足したいので……。ああ、同人誌に載せられるかどうか分かりませんが……」

 僕のことをちらちら見ながら、ハン元帥のへたれ攻めもいいかも、などと口走る紗枝ちゃん。よし、そのイラストができあがった際には、ハードディスクごと破壊してあげるよ。

 「よし。じゃあ、カノンちゃん」

 それまで部室内にある同人誌(全年齢対象)を読みふけっていたカノンが、夏姉に名前を呼ばれて顔をあげた。

 「何?」

 「一緒に住んでいるんだから、ちょうどいい。俊助がサボらないか、しっかり監視するんだ。任務を全うしたあかつきには、マリアさんの衣装をプレゼントしよう」

 「本当!?」

 明らかに僕の監視に乗る気ではなかったカノンが、一転して喜色満面の笑顔になった。

 「勿論だとも。うちの兄貴は、コスプレ衣装を作るのが上手いぞ。そこらのコスプレショップの商品なんて比べ物にならないぞよ」

 そういうば、夏姉のお兄さん(医学生)も、ド級のオタクで、しかもコスプレ好き。コスプレ衣装の製作者としては、ちょっと名の知れた存在であった。

 「任せて頂戴、ナツネエ!一日二十四時間、おやすみからおはようまで、シュンスケをびっちり監視するわ!」

 夏姉に向かって敬礼をするカノン。おやすみとおはようが逆だろ、というささやかな突込みを入れたかったが、一日中監視?視姦プレイ?などと呟く紗枝ちゃんを黙らす方が先だった。僕は、無言で紗枝ちゃんの頭頂部に拳を当てぐりぐりと回す。

 「痛い、痛いですぅ」

 「夏姉!カノンはどうするんだよ!あいつだって、うちのメンバーなら、何かしなくちゃいけないだろ?」

 やぶれかぶれとはまさしく今の僕のことを言うのだろう。ついこの間クラブに入り、オタクであるかどうか怪しいカノンに同人誌の原稿作成など無理も同然なのだが、僕だけがゴールデンウィークを失い、あまつさえカノンに監視させるのは我慢ならなかった。

 「大丈夫だよ。カノンちゃんにもちゃんとお仕事を用意している。うふふ。でも、それは即売会同日の話だから、ゴールデンウィークは関係ないのだ」

 夏姉……。カノンにコスプレさせて、即売会の売り子にする気だな。まぁ、確かにカノンなら客の目を引くだろうが、納得しがたかった。

 「何々?私の仕事って?」

 マリアさんのコスプレ衣装を貰えると知ったカノンは、上機嫌で積極的だった。何か仕事をすれば、さらなるご褒美が貰えると思っているのだろうか。おめでたい奴。夏姉は、そんなに甘くはない。

 「それは当時のお楽しみだね。とにかく、カノンちゃんは、俊助を監視してくれればいいよ。今は、それでいい」

 今は、それでいい。『高次元戦士バルダム』のガラミティー大佐の名台詞じゃないか。夏姉が時折挿んでくる台詞だが、僕としてはちっともよくない。

 「夏姉ぇ……」

 「情けない声だすでないよ。そもそもは俊助が悪いんでしょう?それなら、私が監視しに出向いてあげようか?」

 そ、それはとてつもなく嫌だ。夏姉のことだから、まっさきに僕が部屋に隠し持っているエロエロな同人誌を捜し当て、音読するという嫌がらせをするに違いない。それならカノンの方が数百倍ましだ。

 「ぐぬぬぬ……」

 「リアルで、ぐぬぬぬって言う人を始めて見たよ。その様子じゃ、観念したみたいだね。もし、ゴールデンウィークを堪能したいのなら、一刻も早く書き上げることだね。じゃあ、カノンちゃん、頼んだよ」

 イエッサー、と元気よく返事するカノン。

 僕は諦めるよりなかった。きっと僕の目の前にあるのは、くすんだ黄金郷なんだ。

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