輝く光~前編~
「魔王デスターク・エビルフェイズ!いるんでしょう!」
カノンが叫ぶ。しかし、反応はない。僕は千草さんの姿を探すが、あまりに暗くてフロア全体を見渡すことができなかった。
「本当にここだったのか?」
「間違いないわよ。ほら、何か聞こえる」
カノンが声を潜めた。僕も耳を澄まし、音という音を拾い集めるように耳を澄ました。ん?確かに男性っぽい声が聞こえてきた。
「は、はぁ。その件につきましては、もう一度弊社の渡会と一緒にお伺いしまして、ご説明をさせていただきます。え?言い訳なんて聞きたくない?いえいえ、そんなつもりではありません。確かに今回の落ち度は弊社にありました……。なので、謝罪をかねまして、一度状況の説明を……。は、はい?契約打ち切り!いえ、それだけはどうかご勘弁を……」
魔王と対決する緊張感が一気に失われるような台詞だった。しかし、この声は間違いなくその魔王さんだ。
カノンが僕の肘をつついてきた。言わずとも分かっているよ。魔法だろ、魔法。僕はモキボを出現させ、カノンに魔法が使えるように文字を打ち込んだ。
カノンの右手に炎が宿った。カノンがその右手を突き出すと、闇の向こうから携帯電話片手に平謝りしている魔王デスターク・エビルフェイズの姿が炎に照らされ浮んできたのだった。
「あっ!貴様ら!い、いえ、何でもありません。は、はい。それではまた明日、掛けなおしますので。それでは……」
携帯電話を背広の胸ポケットに仕舞うデスターク・エビルフェイズ。
「グフフフ。来たなカノン、小僧。待ちわびたぞ」
取り繕うように悪ぶる魔王。今更遅いんだよ。
「待っている間に得意先からクレームの電話でもきたのか?どこまでサラリーマンしているんだよ」
「ち、違うぞ。待っていたらいつの間にか電話が……。おのれ、この魔王の動揺を誘うとは……。やるな小僧」
こいつ、完全に言い訳するのを諦めたな。まぁ、僕もこれ以上突込みを入れるのは疲れた。
「千草さんはどこだ?カノンはここにいる。彼女は無関係って分かっただろ?さぁ、早く解放しろ」
「グフフ。そう簡単に解放すると思ってか?余は、悪の魔王だぞ。悪いんだぞ。戦いが終わるまで解放してやらない」
くそっ。ギャグキャラかと思っていたが、こういうところはしっかりとしているな。
「さぁ、カノン。『白き魔法の杖』を寄こせ」
「それ、サリィも言っていたけど、私、『白き魔法の杖』なんて手に入れてないわよ。持っていたら、この場で使っているわよ」
それもそうか、とすぐに納得する魔王デスターク・エビルフェイズ。
『白き魔法の杖』。それは『魔法少女マジカルカノン』では魔王を倒すための重要アイテムだ。僕の書いた小説の中ではカノンは手にいれて、魔王の居城まで乗り込んでいた。
しかし、実際(?)のカノンは、まだ手に入れていない。そりゃそうだ。魔法の使えないカノンが、魔法が必要な大賢者の試練をクリアできるはずがない。大賢者の試練をクリアしないと、『白き魔法の杖』は手に入らないのだ。
だが、どういうわけか、サリィも魔王デスターク・エビルフェイズも、カノンが『白き魔法の杖』を持っていると言い張る。これはどういうことなのだろうか?嘘の情報を教えている奴でもいるのだろうか?
「まぁよいわ。ここでカノンを倒し、後顧の憂いを絶つ!」
「やれるものならやってみなさいよ!『白き魔法の杖』なんてなくったって、倒してみせるんだから!」
この二人は、あまり細かな矛盾点など気にしないらしい。脳みそ筋肉というのは、こいつらのことを言うのだろう。
「どりゃぁぁぁぁっ!」
カノンが炎をまとった拳を構え、一直線に魔王へと向かう。
「ぶらぁぁぁっ!小娘がぁぁぁぁぁっ!」
魔王デスターク・エビルフェイズが前かがみになって力をこめる。上等なそうな背広、カッターシャツが膨張する筋肉に圧迫され、びりびりに破れた。どうして普通に脱がないんだ、と思っていると、デスターク・エビルフェイズの背中が隆起し、五本の触手がうねうねと波打ちながら出現した。不気味に赤みががった滑り気のある触手。こういうところは魔王っぽいんだよな。
「でぇぇぇぇぇぃ!」
五本の触手が同時にカノンに向かって伸びる。カノンは、パンチとキックで触手を払いのけていくが、それで精一杯で反撃をする余裕はなさそうだった。
「カノン!」
「は、早く!チグサさんを捜しなさいよ!」
「お、おう!」
僕は地面を蹴った。
「させるかぁぁぁぁ!」
デスターク・エビルフェイズの触手が一本、僕に向かってきた。
「シュンスケ!」
カノンは、触手を一本掴み取り、腕と脇腹の間に挟んだ。そして、ジャイアントスイングの要領で、振り回そうとした。
「な、何だと!ぐわっ!」
振り回されるまではいかなかったが、デスターク・エビルフェイズはバランスを崩した。それで僕は触手攻撃を免れた。ありがたいが、魔法で戦えよ、お前ら。
「すまん。カノン」
僕は再び駆け出した。しかし、照明がないため、カノンの周りから離れると急に暗くなる。千草さんの姿はおろか、周囲に状況すら皆目分からなかった。
途方にくれる思いでいると、きゃっと短い悲鳴が聞こえた。カノンだ。振り向いてみると、カノンの両手、両足がデスターク・エビルフェイズの触手によって拘束されていた。
「フフフ。愚かな小娘め。さて、どうしてくれようか……」
残った触手がカノンの太ももから上変身へと嘗め回すように這い上がっていく。
「く、くそっ!離しなさいよ!」
気丈に抵抗しようとするものの、カノンには怯えの色が見て取れた。
なんだ、このエロゲー的な展開は?もうちょっと見ていくか?
じゃなかった!この光景は、僕が書いた『魔法少女マジカルカノン』のカノン対デスターク・エビルフェイズの序盤に似ている。このままだとカノンの丘陵がぽろりとなってしまう!
僕は迷うことなくカノンの方へ戻った。千草さんの安否も気になるが、今はカノンを助ける方が先だ。
「隙だらけじゃぁ!」
僕は、完全無防備になっていたデスターク・エビルフェイズの背中に跳び蹴りを食らわした。
「ぶげらぁぁぁぁぁっ!」
デスターク・エビルフェイズが前のめりに倒れた。自然とカノンの拘束が解けた。僕は、起き上がろうとしたデスターク・エビルフェイズを踏みつけ、カノンの元に駆けつけた。
「大丈夫か?カノン」
僕は、カノンを抱え起こした。
「ば、馬鹿!何をしているのよ!私を助けている暇があったら、チグサさんを捜しなさいよ!馬鹿!」
「馬鹿馬鹿言うな!千草さんは後でも間に合う。お前の方がやばかっただろうが!」
「だ、大丈夫よ、あんな攻撃ぐらい……。でも、ありがとう」
怒った後で、消え去りそうな声で礼を言うカノン。素直じゃない奴。でも、いかにもカノンらしい。
「礼を後だ。まず、あいつをやっつけないとな」
「勿論よ!」
腕をぶんぶんと振り回すカノン。気合充分だ。今のカノンなら、『白き魔法の杖』なんてなくてもデスターク・エビルフェイズを倒せそうだ。
「やりやがったな、小僧!カノン諸共、葬ってやる!」
デスターク・エビルフェイズが立ち上がる。触手を引っ込め、代わりに右手に炎、左手に氷柱を出現させた。
「二属性の魔法だと?」
僕は思わず唸ってしまった。おかしい。僕の考えた魔王デスターク・エビルフェイズは、炎の魔法しか使わない。そもそも二つの属性の魔法が使えるなどという設定は、敵味方問わず採用していないぞ。
「ぐふふ。二属性だけではない。風も土も雷も、そして闇の属性も余は支配している。魔王の魔王たる所以ぞ。怖いか?怖かろう。今更謝っても、許してやんないもんね」
こんな奴に許しを請うつもりなど毛頭ない。しかし、何故こうも僕の考えた設定と悉く異なる?まるで別の物語みたいじゃないか。
「だったら、もうなんでもありだろう!」
僕はモキボを出現させた。こうなったらやけだ。こっちも設定にないことを打ち込んでやる。




