魔王退場
「なぁ、カノン。ちょっと相手してやるか。本人も自分が魔王だって言い張っているし」
「そうね。私も大人気なかったわ。それにこんな魔王なら、すぐにやっつけられそうだし・・・・・・」
仕方がないとばかりに大きくため息をつくカノン。デスターク・エビルフェイズは、嬉しそうにニヤッとしたが、すぐに悪ぶった顔に戻った。
「ふふふふ。よかろう。そこまで望むのなら、余の地獄の業火で焼き尽くしてやろう」
望んだのはそっちだろうに。自分の作り出した世界の連中ながら、流石にうんざりしてきた。
「カノン。とっととやっつけろ。魔法使わせてやるから」
「そうね。近接戦闘はもう厭きたわ」
僕はモキボを出す。カノンの炎で最後の一本を灰にしてしまえ。
「ぐふうううう。その余裕、いつまで続くかな?」
それは一瞬の出来事だった。デスターク・エビルフェイズの周囲に炎が大きく渦巻いた。その大きさはカノンの比ではなく、距離があるのに肌が焼けそうに熱かった。これには流石のカメラ小僧どもも叫びを声を上げて退散。ほ、本当に魔王っぽい。
「カノン……。やれるのか?あいつ、あれでも強そうだぞ」
「やるわよ。相手は強くても、私はやらないといけないのよ」
おっ、珍しく格好のいい台詞だ。これからカノンと魔王の熱い最終決戦が始まる……。
しかし、ここでカノンがデスターク・エビルフェイズを倒したとしたらどうなるのだろうか?
僕とカノンの使命は、何者かによって改変された世界を是正することにある。具体的に言えば、この世界に現れた魔物達をやっつけることだ。その意味ではデスターク・エビルフェイズを倒すべきなのだろう。だが、デスターク・エビルフェイズを倒すと物語が終わってしまうのではないだろうか。それはそれで歓迎すべき状況なのかもしれないが、なにやらすっきりとしない展開だ。
「どうしたのよ?ほら、早く」
カノンが魔法を使えるようしろと催促してきた。僕が生返事をしモキボに手をかけた。その時であった。
「こらぁぁぁぁぁっ!山田君!」
大地が割れんばかりの怒号が響いた。クレータの淵で腕を組み、厳しい眼差しでデスターク・エビルフェイズを見下ろしているサラリーマンがいた。きっちりと整えられた白髪に、これも上等そうなスーツ。威厳を示すためなのか、鼻の下に髭を生やしていた。これぞジャパニーズビジネスマンといった風貌であった。
「何をしておるんだね、こんな所で。かくし芸なんかしている場合じゃないぞ」
傾斜を滑りながらクレーターの底へ下りるサラリーマン。気をそがれたのか、デスターク・エビルフェイズの炎は消えていた。
「ほら、来たまえ。君のために取ってきた仕事なんだからね。先方さんもお待ちだ」
サラリーマンがデスターク・エビルフェイズの袖を取る。デスターク・エビルフェイズはきょとんとしていた。
「あ、あの?人違いでは?」
「馬鹿なことを言うな、山田君。同期入社で三十年。一緒にがんばってきた仲じゃないか。間違うはずがなかろう。今では部長と平社員という間柄になってしまったが、同期だからこそ今回の手柄は君に譲ろうと思ったんだぞ。君だって、いつまでも窓際は嫌だろう?」
「い、いや。本当に人違いだと思いますよ」
いつしか敬語になっているデスターク・エビルフェイズ。部長さん、完全に人違いなんだが、からむのが面倒臭くのでしばらく様子を見ることにしよう。
「まったく、この期に及んで尻込みするのかね?まぁ、確かに先方さんは業界でも有名な厳しい方だが、だからこそ契約を取れれば君の株が上がるというものだ。そうだろ?」
「だから、人違い……!」
「おっと、こんな時間だ。いかんいかん。さぁ、行くぞ。山田君」
部長さんがずるずるとデスターク・エビルフェイズを引っ張っていく。そのままクレーターの底から登ったのだから相当の腕力と脚力だ。
「いや、だから違うんですって、ブチョーさん。私は、魔王デスターク・エビルフェイズ……」
「はいはい、分かった分かった」
まるで牙を抜かれた狼のようになってしまったデスターク・エビルフェイズは、部長さんに引きずられたまま僕達の視界からフェードアウトしていった。
「帰るか、カノン」
「……、そうね」
僕は猛烈な虚無感に襲われながらも、日本のビジネスマンもまだまだ捨てたものじゃないと感心した。




