魔王降臨
魔王デスターク・エビルフェイズ。
破壊と絶望をもたらす諸悪の権化。
頭部には十本の角。大きな三つの目は、常に人々を恐怖に貶めるために見開いている。
巨大な体躯は、緑色の鱗に覆われており、あらゆる属性の魔法に対して高い防御属性を持っている。
四本の手と四本の足、そして無数の触手は絶えず蠢き、百人単位の兵士を凪ぎ散らすことができた。
まさに魔王に相応しき風貌。僕が思い描いたデスターク・エビルフェイズ。
『魔法少女マジカルカノン』の作中でも圧倒的力を発揮し、『白き魔法の杖』を手に入れたカノンも、とても敵わないと諦めそうになるほどの強さを見せ付ける……予定となっている。予定としたのは、まだそこまで僕が執筆していないからだ。カノンとデスターク・エビルフェイズの戦いがいよいよ始まる、という矢先にカノンが出現し、執筆作業どころではなくなってしまったのだ。
だからこそ僕は、突然の魔王出現に怯えながらも、どこかで期待していた。僕の思い描いた魔王像が一体どうなっているのか……。
「さぁ、カノン・プリミティブ・ファウよ。『白き魔法の杖』を大人しく渡せ」
渋い声だ。これは大御所声優若井則彦だ。ぜひ、ぶらぁぁぁぁぁとか言って欲しい。
「さぁ。余に渡すのだ」
カノンに向かって手を差し出す人影。ん?人影?
馬鹿な。魔王デスターク・エビルフェイズは異形も魔物。人間の姿などしていないのだ。
砂埃が完全に消えた。クレーターの中心に佇んでいたのは……。
「あ、あれ?」
魔王の姿などどこにもなかった。そこには通りすがりのサラリーマン風のおっさんがいるだけで、異形の魔物は見当たらなかった。どうになっているんだ。
「おい!カノン。魔王なんてどこにもいないじゃないか!」
「おかしいわね……。確かにあの声は魔王デスターク・エビルフェイズのものだったのに……」
カノンも困惑顔であった。
「あ、あの……。もしもし?」
通りすがりのおっさんが馴れ馴れしく声をかけてきた。おっさん、ここにいては危険だ。どうしてクレータの中にいたのか分からないが、すぐに立ち去る方がいい。
「まさか……消失魔法?姿を消して、私達を襲おうとしているんだわ」
恐怖で顔が引きつるカノン。それが本当だとすると、魔王デスターク・エビルフェイズは本気だ。
「おい!だから、ここだって!」
おっさん、随分といい声をしているな。まるで若井則彦みたいだ……って。
「「え?えぇぇぇぇぇぇぇっ!」」
僕とカノンは同時に驚きの声をあげた。
今時珍しい小さな丸眼鏡に、見事なまでの禿頭……もといスキンヘッド。しかし、頭頂部には高嶺の花のように一本だけ毛が生えていた。鼻の下にはこれまた今時珍しいちょび髭をつけていて、一見すると往年の有名コメディアンか、国民的アニメのばっかも~ん親父を彷彿とさせた。頭にネクタイを巻いて寿司折のひとつでも持たせてみたいぐらいだ。
それでいて着ているスーツはどうみても高級そうで、その不釣合いさが悲しいぐらいにアンバランスであった。こいつが魔王デスターク・エビルフェイズ?
「いやいや、これはありえん。いくら僕の『創界の言霊』が不完全であるとはいえ、これはありえない」
恐怖の象徴どころか、一歩間違えれば希代の爆笑王になってしまう。いくらなんでもこれはない。たちの悪い冗談だ。
「シュンスケ。私の気のせいだったかもしれない。デスターク・エビルフェイズなんていなかったわ」
うん。カノンが言うんだから間違いない。一応、最もデスターク・エビルフェイズを知っているだろうサリィの様子を確認すると、これ以上ない幸せそうな笑みを浮かべたまま失神していた。うん。やっぱりあれは別人だ。
「帰るか、カノン。なんだか僕は疲れたよ」
「そうね。私も疲れたわ。帰ったらお風呂沸かしてよ」
勿論沸かすさ。僕も疲れ果てたこの体を湯船に沈め、今日一日の汗と埃を落としたいんだ。
「お前ら、余をとことん無視しやがって……!余が魔王デスターク・エビルフェイズだって言ってんだろ!」
ぶらぁぁぁぁと叫ぶおっさん。おお!それっぽいけど、外見と釣り合ってないなぁ。
「仕方ないだろ!こっちの世界にきたらこんな風になっていたんだから!余自身も、もうちょっと何とかならなかったのかなぁと思っているよ。でもね、これでも恥を忍んでわざわざ出てきたんだ。せめてちゃんと相手してくれてもいいんじゃないかな!」
やや目を潤ませて切実に訴えるおっさん、いや、魔王デスターク・エビルフェイズ。なんかごめん。それ、たぶん僕のせいだ。




